- 2012/10/30 掲載
注目が集まった国産メインフレームからの3つのマイグレーション成功事例
日立ビルシステム事例~脱ホスト成功のカギは段階的な移行と部門の協力、そして画面デザインを変えなかったこと

IT推進本部 情報システム部 部長
渡辺 順氏
日立ビルシステムは、エレベータやエスカレータ、自動ドア、空調や電気設備など、ビル設備に必要な機器の製造・販売・保守などを行っている企業である。全国に350ヶ所のサービス拠点を持ち、中国やシンガポールなどの海外にも拠点を構えている。
同社にはじめてIT部門ができたのは1969年にさかのぼる。当時は日立社製メインフレームによるバッチ処理が中心だった。その後、メインフレームのオンライン化、統合ネットワークなどの時代を経て、2000年に入ってから基幹システムの「脱ホスト」が本格化したと、渡辺氏は次のように説明した。
「弊社の脱ホストの動きは、大きく3つの時期に分けられます。第一期は2000年から2004年にかけてで、ERPパッケージによるシステムの刷新を行いました。しかし、業務とのギャップが大きく、ERPパッケージを導入できたのは一部のシステムにとどまりました。第二期は2005年からで、これまでの反省を踏まえ、業務の全体最適化を目的にシステムを一から作り直すことを目指しました。しかし、想定以上の工数・工期がかかり、再びプロジェクトは失敗に終わりました」(渡辺氏)
二度の失敗を経て、第三期のプロジェクトは2008年からスタート。ただし、メインフレームを取り巻く環境は、以前とは大きく変化していたという。
「技術者の高齢化によりシステムの維持・開発要員の確保が困難になり、ソフトウェアのサポート切れも発生したため、早急に脱ホストを行う必要に迫られることになったのです」(渡辺氏)
こうした事情から、第三期のプロジェクトでは、システムの全体最適を一時中断し、ホストシステムの移行を最優先する方針が立てられた。
移行にあたっては、ツールを使用したリホスト方式を採用。パイロットプロジェクトとして、東京システムハウスのMMSを利用したところ、プログラム変換、画面デザインの再現性、階層型DBの移行、性能などで高い評価を得られたため、2009年3月、正式にMMSの採用を決定。1万本以上のプログラムの本格的なマイグレーションプロジェクトがスタートした。
移行は3つのフェーズに分けて実施。フェーズ1と2で全体の15%を移行し、そこで得られた知見を残りのフェーズ3に活かした。その結果、予定よりも短い期間で移行に成功。最終的に、2012年1月、脱ホストを完了させた。成功のポイントと今後について、渡辺氏は次のように語ってセッションを締めくくった。
「移行成功のポイントは、フェーズを分けて段階的に移行したこと、部門の協力があったこと、そして画面デザインを変えることなくそのまま移行したことです。今後は、フェーズ2で実現できなかったシステムの全体最適化、データ構造の見直し、インターフェイスの操作性向上に取り組みたいと思います」(渡辺氏)
ジェーピー情報センター事例~紙卸商システムの仮想化とマイグレーション、および親会社の基幹システムのマイグレーションに成功

データセンター部
ソリューション開発課 副部長
田中徳見氏
ジェーピー情報センターは、日本紙パルプ商事の100%子会社で、日本紙パルプ商事の情報システム開発・運用、および紙業界向けのシステム販売を行っている紙パルプ業界専門のシステムベンダーである。
同社がマイグレーションの対象にしたのは、「紙卸商システム」と呼ばれる紙の卸業者向けシステムである。1970年からオフコンを使用してシステム販売を開始し、2000年からPCサーバに切り替えたが、いくつかの課題を抱えていたと、田中氏は次のように説明した。
「オフコンに比べるとPCサーバは非常に不安定で、エラーが発生しても原因が特定できないという問題がありました。その結果、当社のスタッフが全国を飛び回って顧客サポートにあたることとなり、出張費等でTCOが増大し、運用保守サポートが限界を迎えたのです」(田中氏)
こうした課題を解決するため、同社は紙卸商システムの仮想化とマイグレーションに着手。2004年~2006年にかけてはVMwareによる仮想化を実施。システムの安定化、TCOの削減、新規導入の期間短縮などの成果を上げた。続く2007年からはACUCOBOLによるマイグレーションを行い、紙卸商システムのクラウド化を実現した。
プロジェクトの成功を受けて、次に同社は、親会社である日本紙パルプ商事が、NEC社製メインフレームで運用している基幹システムのマイグレーションに取り組んだ。その背景には、ITやネットワークの技術革新、グローバル組織・業務への対応、営業・業務部門からの要求、内部統制・リスク管理からの要求があった。
マイグレーションにあたっては、東京システムハウスのMMSを採用。当初はメーカー系オープンCOBOLの使用を計画していたが、製品選定の自由度、仮想化への対応、コスト等の観点から、MMSの方がメリットが大きいと判断したという。
プロジェクトは2009年にスタート。オープン系サーバの仮想化を2010年度中に行い、マイグレーションも順次実施。2011年2月に経理系、2011年11月には営業系のシステムを完了し、7,000本のプログラムが新しいシステムで稼働を開始した。プロジェクトを振り返って、大規模な基幹システムのマイグレーションを成功させるポイントを、田中氏は次のように述べた。
「第一は100%の自動変換を求めないことです。必ず手作業で修正する部分が出ますので、少しでも早く作業に着手することが重要です。第二は、データベースをチューニングする時間を確保することです。単純変換での読込・更新では十分なレスポンスは出ません。第三は、通信や端末環境などのインフラは別部隊で進めることです」(田中氏)
セッション最後では、COBOL資産の活用事例として、紙卸商システムのフル・オープンソース化について言及。OpenCOBOLを利用したオープンソース化のメリット、東京システムハウスとの連携、コミュニティ活性化の取り組み等について説明し、最後に海外展開を含めたシステムのロードマップを披露してセッションを終了した。
栄研化学事例~メインフレームの製造中止、部員の高齢化等の課題解決のためメインフレームから完全撤退を決断

情報システム部
及川将弥氏
1939年設立の栄研化学は、臨床検査試薬、食品・環境検査試薬の製造販売、医療機器・装置の販売、さらに同社が特許を持つLAMP法を使用した遺伝子検査関連製品の製造・販売を行っている企業である。
メインフレームを導入したのは1970年代からだが、2000年以降、メインフレームのオープン化を徐々に進め、2012年の時点では、受発注、在庫管理、売上管理を行う販売管理システムのみがメインフレームに残っている状態だった。しかし、さらなるオープン化を進め、メインフレームからの完全撤退を迫られることになったと、及川氏は次のように説明した。
「現在使用している富士通社製メインフレームの製造中止、部員の高齢化・減少にともなうプログラムの社内開発・メンテナンスの限界、ハードウェアや開発言語の将来性への懸念などから、残っていた販売管理システムについてもオープン化を進め、メインフレームから完全撤退せざるをえない状況になりました」(及川氏)
そこで同社は、新システムの稼働目標を2014年に設定し、調査を開始。リプレイス、マイグレーション、ERPパッケージの3つの手法についてメリット/デメリットを検討した。その結果、最もメリットの大きかったマイグレーションを選択。続けて、東京システムハウスを含む2社によるマイグレーション提案を比較検討し、最終的に東京システムハウスのMMS提案を採用した。その理由について、及川氏は次のように説明した。
「2つの案を検討した結果、開発言語やミドルウェアの自由度、既存オープンシステムとの連携、マルチベンダー化、技術者確保の容易性などで、東京システムハウスの提案の方が圧倒的にメリットが大きいと判断しました」(及川氏)

「プロトタイプの結果については、オンライン処理のレスポンスも問題なく、月内には分析・設計フェーズも完了する見込みです。この後、変換フェーズ、テストフェーズ、移行フェーズを経て、2014年の8月を目標に、東京システムハウスさんと協力しながらプロジェクトを推進していきたいと思います」(及川氏)
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