• 2024/11/26 掲載

生成AIはコンテンツビジネスを「殺す」のか? 「職能価値低下」の末路(2/3)

稲田豊史のコンテンツビジネス疑問氷解

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Yahoo!ニュースの閲覧に「予算」を割く人はいない

 先ほどの「100点」と「75点」の話に戻る。ここで、エンタテインメントコンテンツにおいて人間の作る「100点」を「目の覚めるテーマ、非常に斬新な切り口、ムダがなく美しい展開、かつ深く没頭できるもの」。生成AIの作る「75点」を「過去のヒット作の諸要素が体よく切り貼りされており、特に斬新さはないが、破綻なくまとまっていて、そこそこの満足度を得られるもの」と定義してみよう。

 現状、生身のクリエイターと付き合いのあるエンタテインメント企業やその関連企業は、発注先を生成AIに一斉置き換えするようなことはしないだろう。少なくとも今までは、相応の発注予算をもとにしたビジネスを回せていたわけであるし、「75点」ではなく「100点」を目指すことに意味や価値を見いだせる人たちが会社を回している(可能性が高い)からだ。

 しかし、もともとそのような業務を行っていなかった異業種企業に、必ずしもそのような感覚や価値観はない。はなから「生成AIで75点の成果物が得られればいい」と考えているなら、テキストやイラストや動画が業務上必要になったとしても、予算には組み込まない。我々がYahoo!ニュースやWikipediaの閲覧行為を「予算化」しないのと一緒だ。そこに悪気はない。コスパを考えて「使えるものを使っている」だけだ。

多くの「普通の人」は生成AIを受け入れている?

 もう1つ、むしろ受け手の側が「どこかで見たことのある無難な75点」を積極的に求める側面にも留意する必要がある。

「人間って、まったく見たことのない映画とか小説はわりと拒絶して、全体の何割かはどこかで見たことのあるものを求めますし、そこに安心感を抱きます。僕が脚本を書くときも、すべてを見たことのない要素の組み合わせにはしません。多くの人に馴染みのある要素を必ず複数入れ込みます。そうしないと共感が生まれません。新しい企画って、何もかもすべてが新しいわけではなく、既存のアイデアの組み合わせの結果なんですよ」(小林氏)

 小沢氏は別の観点からこう指摘する。

「Webのエッセイ系マンガの中には、ストーリー漫画をやってる人間からしたら、一見、え、それでいいの? というものもあります(笑)。でも、実際その作品のビューは伸びているし、いいねもたくさんつく。あまり描き込まず、さらっとした線で、時代に沿った題材がスピーディーに描かれているものにニーズがあるのは確かですし、慣れてきたらそっちのほうも面白くなってきたりするじゃないですか。そこは優劣じゃなく幅が広がった部分です」(小沢氏)

 さらに小林氏が感じるのは、「視聴者の多くが作り手の名前など気にしていない」ということだ。同氏が教鞭をとっている日本大学芸術学部の映像学科ですら、脚本家や監督の名前を意識しないで作品を観る学生が増えているという。

「自分の好きな作品はあっても、好きな脚本家や監督で作品を追いかける学生が昔に比べて減りました。一般の観客にとっては、なおのことそうでしょう。だから、ある映像作品が『実はAIで作ってました』とあとで暴露されても、多くの人は『へえ』で終わってしまうと思います(笑)」(小林氏)

 Xなどでは「反・生成AI」勢のポストが時おり気を吐く。特定のイラストの「生成AI使用疑惑」を指摘し、糾弾するのだ。さしずめ「天然出汁が大事、味の素はダメ」の理屈か。とはいえ、動画にしろイラストにしろ、「企業が広告に生成AIを使う事例も増えましたし、大半の普通の人は、特に気にせず受け入れているのでは」と小沢氏。大筋で、小林氏と見解が一致している。

 生成AIがコンテンツ市場へさらに入り込む環境は、すでに整っている。

参加プレイヤーが増え、多様性が増す

 経済が回るかどうかは別として、クリエイティブ分野における生成AIの普及が確実にもたらすことがある。作品数の激増だ。その道のプロでなくとも、つまり創作技術を修練した者でなくとも、生成AIによってゼロイチで長文やイラストや楽曲や動画、そして脚本や漫画についても(水準に達していないものであれ)作ることが可能になるし、すでになりかけている。

 小沢氏はこのことをポジティブに捉えている。

「僕、子供のころに作文が書けなかったんですよ。1行書いては消し、1行書いては消し……で一向に書き上げられなかった。でもワープロが登場して、文字列のコピペや移動が簡単にできるようになったことで、ようやく文章が書けるようになりました。

 生成AIもワープロと同じですよ。今まで絵を描きたい欲はあっても、どうしても絵を描くための訓練が苦手だった人が、生成AIを使うことですごい絵の才能を発揮するかもしれない。楽器を弾けない人、楽譜が読めない人が、すごい曲を作るかもしれない。今まで生まれ得なかった作品が、生成AIによって生み出される可能性が出てきた」(小沢氏)

 写真と同じだ。かつて写真は、高価な機材を揃えられる財力のある者にしか取り組めない芸術だった。ところがデジカメが登場してフィルム代と現像代が不要になり、高性能カメラを備えたスマホが登場して補正などのアシスト機能が充実すると、写真を撮るという行為に参加できるプレイヤーの数が激増した。それにより、従来のプロカメラマンが発想しなかった写真の撮り方や写真によるコミュニケーションが無数に生み出され、写真文化の多様性は増した。

 小沢氏の言う「今までだったら生まれ得なかった作品」の出現によって、あらゆるエンタテインメントジャンルで作品の物量が増えるだけでなく、作品の多様性も増す。量的にも質的にも市場が大きくなる。 【次ページ】新しい方法で到達するための新しいツール
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