- 2020/12/15 掲載
焦点:コロナ禍・EU離脱で「二重苦」、英シティの再起の道は
[ロンドン 9日 ロイター] - フィンテック分野の起業家であるルイス・リュー氏にとって、この地球上にロンドンより素晴らしい都市はありえなかった。
中国生まれ、ニューヨーク育ちで、アイゲン・テクノロジーズの共同創業者にしてCEOを務めるリュー氏にとって、「スクエア・マイル」(ロンドンの金融街シティの別称)で企業を立ち上げることは年来の夢だった。欧州金融界の伝統ある中心地で、アイゲンのような企業に不可欠なグローバル人材が集まる場所である。
だが、イングランド銀行の間近にオフィスを開設して1年も経たないうちに、ようやく実現したリュー氏の夢は危機を迎えた。
シティ街は、17世紀のロンドン大火、ペスト大流行その他、数世紀にわたる激動を生き延びてきた。だが今回は、その将来を脅かす二重の打撃に直面している。
<シティからの頭脳流出に不安>
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、世界の主要都市のほとんどで人命・経済に損失を与えているが、ロンドンの場合はもう1つ、他都市には見られない運命が待ち構えている。1月1日、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)である。
「私がロンドンに来たのは、ここが真にグローバルな場所だからだ。ブレグジットによって、私が抱いていた将来のバラ色の夢は確かに少し傷を負った」とリュー氏は語る。彼の会社は、ゴールドマンサックスとシンガポールの政府系ファンド、テマセクから出資を受けている。
「中期的にはシティは大丈夫だと思っているが、長期的には何とも言えない」とリュー氏は言い、シティからの頭脳流出によって、歴史の浅い自分の会社の成長が危うくなるのではないかという不安を漏らす。
パンデミック(感染の世界的な大流行)に襲われる以前から、パリとミラノがすでに人材引き抜きを狙って好待遇を提示しつつあり、それに対してロンドンは世界有数の金融センターとしての地位を守ることができるかどうかシミュレーションを重ねていた。
ブレグジットに伴う人材流出、いわゆる「ブレグソダス(Brexodus)」は予想よりも小規模だったものの、今度はシティそのものの存続をめぐる戦いに直面している。COVID-19のまん延が生んだ新たなリモートワーク文化のために、ロンドンの高層ビルは閑散としており、賑やかだったオフィス街は壊滅状態だ。
1191年以来、この金融街を統括してきたシティ・オブ・ロンドン自治体のトップであるキャサリン・マクギネス氏は、「シティについての懸念は高まっている。人々が訪れなくなることによるダメージだ」と語る。
<EUへのアクセス縮小は必至>
グーグル・モビリティ・レポートによれば、2回めのロックダウン(都市封鎖)が終了したばかりの12月4日でも、オフィスを訪れる人数は54%減少、シティ内の公共交通機関の利用者数はコロナ前の水準の17%に留まっている。
さらに、英国オフィス協議会(BCO)が9月に行った調査では、英国労働者のほぼ半数が今後半年間の働き方について、オフィス出社・在宅勤務を使い分ける予定だとしている。
英国・EU双方の交渉担当者は、ブレグジット後の貿易協定を何とかまとめようとギリギリの努力を続けている。だが金融サービス担当の欧州委員は、たとえ協定が成立したとしても、シティはEUに対する従来どおりのアクセスを得られないだろうと警告している。
パンデミックにより英国経済が過去300年間で最も深刻な打撃を受けているなかで、最大の稼ぎ頭である金融サービス産業に混乱が生じるとすれば、これ以上ないほど最悪のタイミングだ。金融サービスは年間1300億ポンド(1730億ドル、約18兆円)の価値を生み出しており、2019年の納税額は760億ポンドに達する。
イングランド銀行は、EUに対する金融サービス輸出のうち、3分の1にあたる100億ポンドがブレグジットのために失われると試算している。1月以降、EUへのアクセスが限定されるとすれば、さらに100億ポンドが失われるリスクが生じる。
シティでは、こうした状況に適応し、競争が激化するなかでEUに代わる国際市場を見つけなければというプレッシャーが高まっている。
元欧州議会議員で現在は英国貴族院議員のシャロン・ボウルズ氏は、「国際市場という面では、シティがこれからも繁栄するという十分な根拠を可能な限り示すのがシティの責任だ」と話す。
<「ロンドンならすべてが揃う」>
一方で、将来に向けて楽観的なビジョンを語る声もある。
香港株式市場に上場するCCランドは、シティに立地する52階建てのリーデンホール・ビルディングを保有している。同社で英国内における開発事業を指揮するアダム・ゴールディン氏は、優良企業にとってのロンドンの魅力はブレグジット後にも変わらないと述べ、企業に有利な雇用法制、世界トップクラスの教育システム、歴史と文化を理由に挙げる。
とはいえ、2回のロックダウンを経て、欧州でも有数の長時間通勤という苦行を経てオフィスに戻ってくるようビル所有者が入居企業のスタッフを説得するには、さらに大きな努力が必要になるだろう。
ゴールディン氏は、「ベッドから這い出てノートパソコンの電源を入れれば仕事を始められるという(在宅勤務の)目新しさはもはや薄れてきている。しかし、わざわざオフィスに出社するなら何かメリットが欲しいという思いは、これまで以上に強まるだろう」という。
不動産コンサルタントのナイト・フランクによれば、シティにおける第3四半期のオフィス稼働率は前年同期比で68%低下しており、シティ幹部らは賃貸先企業を金融企業だけでなく、テクノロジー、メディア、法律事務所まで多角化する戦略を強化する取り組みを急ぎはじめているという。
ゴールディン氏によれば、CCランドはシティで2番目に背の高い超高層ビルを2017年6月に11億5000万ポンドで購入して以来、入居企業向けにまるで5つ星ホテルのようなサービスを多数導入してきたという。
リーデンホール・ビルディングは満室状態で、賃貸対象の45フロアのうち、6フロアはITサービス、イベント運営、建築・デザイン、エネルギー流通など、金融以外のセクターのテナントに貸し出されている。平均リース期間は約10年を残している。
このビルで働く人々は、ビル内で、教育プログラムやメンタルヘルスのワークショップ、フィットネスのためのブートキャンプ、社交イベントに参加することができる。
「社員がロンドンにいたいと思うなら、企業もロンドンに残らざるをえない」とゴールディン氏は言う。「選択肢とされる欧州の他都市では、都市中枢に求められる特性を提供していない。ロンドンならすべてが揃う。ダメなのは天気くらいだ」
<EUから世界へ拡大も>
ロンドンがブレグジットとCOVID-19という二重の脅威をやり過ごすことができれば、引き続き繁栄が約束される。
マクギネス氏は、「人々が何を望んでいるのかを注意深く見極め、将来のニーズに見合うようにルールを策定していく必要がある」と語る。「ロンドンは今後も金融・専門サービスの中心地であり続けると確信している」
また当局は、ロンドンの市場をテクノロジー企業やEU以外の各国企業にとってさらに魅力的なものにするよう、法令の改正を進めている。
英国はすでに日本と締結した通商協定で、国際的な銀行にとっての煩雑な手続を削減し、金融機関が取引データを現地に保管する義務をなくすための規制協力を申し合わせている。スイスとの間では、金融サービス面での連携を深めるために規則の相互承認を行うと発表している。
英国のジョン・グレン金融サービス担当相は、新たな金融サービス法案により、現代的で柔軟性に富み、信頼性の高い規制システムが誕生すると述べている。
ジョナサン・ヒル元欧州委員(金融サービス担当)は、最大の顧客であるEUに対する無制限のアクセスを失った後も、長年のライバルであるニューヨーク証券取引所との競争を続けられるよう、浮動株指数化及びデュアルクラス株式に目配りしつつ、ロンドン証券取引所の上場規則見直しを開始している。
米金融大手シティバンクの英国事業を率いるジェームス・バードリック氏はロイターに対し、「英国の金融サービスは長年にわたり、高い水準と信頼性、イノベーション、思慮深いリーダーシップという点で評価されてきた」と語った。「これが続く限り、私たちがさらに国際事業を拡大できない理由はない」
<伝統と最先端が共存する街>
金融センターとしてのロンドンの魅力によって成り立っている関連産業も、やはり改革の必要に迫られている。
超高層ビル「タワー42」の最上階に位置し、ミシュランで1つ星を獲得しているレストランであるシティソーシャルは、これまでより形式張らずに利用しやすい価格で取引先と会食したいと望む新しいタイプの顧客に対応するため、メニューを刷新した。
シティソーシャルのティム・スミス総支配人は、「柔軟な働き方と肩の凝らない服装が増えるなかで、シティは以前よりカジュアルになっている」と語り、同レストランが併設するバー「ソーシャル24」のサービス料収入が30%増えたことを挙げた。バーは時間に追われる常連客の拠点として2倍に拡張されている。
バーで提供される3品コースのセットメニューでは、カレイのグリル、ホワイトオニオンのリゾットが中心で、価格は21ポンド。これに対してレストランの方で提供されるのは、アラカルトで料理を選べる最も安い3品コースでも50ポンド以上かかる。
これまでのところ、シティは懸念されていたほどの雇用を失っていない。EYが提供する指標「ブレグジット・トラッカー」による10月の数値では、2016年の国民投票以降、ロンドンからEU諸国に流出した金融関連の雇用は8000人以下となっている。
当初は、小さな数字としてはEU離脱から1年以内に約3万人、大きな数字では2025年までに最大7万5000人といった試算が見られた。
冒頭で紹介したリュー氏が心配するのは、ロンドンの金融界が持つ、伝統と最先端が共存する独特の雰囲気が今後さらに失われてしまうのではないか、という点だ。
パンデミック前、リュー氏が好んでいたのは、仕事を終えた金曜夜のお約束として、きちんとスーツを着たバンカーとカジュアルなスウェットシャツ姿のフィンテック企業のスタッフが肩を並べ、競い合うようにバーテンダーに声をかけている光景だった。
「私たちの仕事は、かつてはHSBCのバックオフィスで行われていた業務だ。これはとても象徴的で、シティの銀行や伝統ある企業が、私たちのような企業に場所を空けてくれている」と彼は言う。
「私たちはシティという組織のなかに溶け込んでいった。ロックダウンが終っても、同じことが言えるように心から願っている」
(翻訳:エァクレーレン)
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