- 2005/12/26 掲載
【戦略的マーケティング/第1回】顧客志向を実現する3つのキーワード(4/4)
(キーワード3)
学習されるニーズへの注目
顧客ニーズが階層をなしており、表層的なものから深層的なものまであることは知られている。最も表層的なニーズは顧客の言葉によって明示される「語られるニーズ」であり、耳を傾ければ聞くことのできるニーズの把握は決して難しくはない。具体的に言葉で明示されていなくても、語られた言葉の中から容易に推測できるニーズもある。この種のニーズは「真のニーズ」と呼ぶことができる。問題なのは、顧客は語ることができず、企業も簡単に把握することができない深層的なニーズである。
このニーズは、「学習されるニーズ」と呼ぶことができる。顧客は語ることができないが、その種のニーズを全く有していないというわけではない。新たな製品やサービスの市場導入を通じて、顧客は経験を重ねていく。やがて、当該新製品や当該新サービスに対して、ニーズを有していることを自覚するようになる。
マーケティング調査では、調査項目を見直したり、尋ね方を工夫したりして深層的なニーズのくみ取りが試みられてきた。今日では、手法そのものを高度化させるなどの対応がとられている。例えば、文化人類学的方法を参考にして観察を取り入れたり、脳神経科学を参考にして大脳皮質波を読みとったりするなどの手法である(Zaltman 2003)。こうした手法が導入されることにより、アンケート調査やインタビュー調査では見えなかった顧客の実像をかなり浮かび上がらせられるようになっている。
90年代の初頭、レンタカー会社である米国エイビス(以下:エイビス)のブランド・ロイヤルティは、ハーツ、ナショナルに続く業界第3位で、顧客満足度も下降傾向にあった。そこで同社は、顧客の腕時計や洋服に小型カメラを付けてもらい、自動車を借りるときの行動、声の抑揚、言葉遣いを観察し、心理学者や文化人類学者などから構成されるチームで分析した。結果は驚くべき内容だった。サービスの速度や自動車のきれいさなどよりも、旅行に伴うストレスや不安を取り除くことのほうが重要であると分かったからだ。
エイビスは、近隣にある空港の出発ゲートの場所やフライトの状況を掲示するビデオモニターを設置したり、パソコンやFAXを使えるビジネスセンターを開設したりした。もちろん、スタッフの対応も見直した。その結果、98年までに顧客満足とブランド・ロイヤルティにおいて業界第1位となり、従業員定着率も9%上昇した。同社のマジーニー副社長は、「これまで何年もかけて改善してきた分野は、顧客にとって重要ではなく、われわれが想像もしなかった新しい取り組みが強みになった」と述べている。
顧客志向が重要であることに異を唱える人はいないだろう。だが、顧客志向が適切に実践されているかというと、見直すべき点は少なくなさそうである。“掛け声”だけが先行し、実体が追いついていないのは顧客志向に限ったことではない。イノベーションの推進、ターゲットの絞り込み、さらにはマーケティングそのものも“掛け声”で終わりやすい。
分かってはいるが、実務のなかに落とし込むことができていない。理解することと実践することとは、異なる。顧客志向のような重要なコンセプトやポリシーが、理解の段階にとどまることなく実践されるためには、今回述べたような仕組みや工夫が必要である。顧客満足や顧客志向で優れた成果をあげている企業では、単にコンセプトやポリシーを声高にうたうだけではなく、そうした仕組みや工夫が組織の中に埋め込まれているのである。
##参考文献
Howard, John A. and Jagdish N. Sheth (1969),The Theory of Buyer Behavior
, John Wiley & Sons. Kotler, Philip (2003),Marketing Insights from A to Z: 80 Concepts Every Manager Needs to Know
, John Wiley & Sons(恩藏直人監訳、大川修二訳『コトラーのマーケティング・コンセプト』東洋経済新報社、2003年). Slywotzky, Adrian J. and David J. Morrison (1997),The Profit Zone
, Times Books(恩藏直人、石塚浩訳『プロフィット・ゾーン経営戦略』ダイヤモンド社、1999年). Womack, James P. and Daniel T. Jones (2005),"Lean Consumption,"Harvard Business Review
,March, pp.58-68. Zaltman, Gerald (2003), How Customers Think, Harvard Business Shool Press(藤川佳則、阿久津聡訳『心脳マーケティング』ダイヤモンド社、2005年).
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