- 2025/04/14 掲載
アングル:ドル建て資産ヘッジ本格化か、「米国不信」で相場不安定化
[シンガポール 11日 ロイター] - 世界貿易の構図を一変させようとするトランプ米大統領の計画によってドルの値動きが不安定化し、多額のドル建て資産を抱える投資家たちが過去数十年で初めて、ボラティリティーに対するヘッジ手段を本格的に模索し始める可能性が出てきた。
これまで長年にわたってドルへの信頼は微塵も揺るがなかったので、米国市場に投資された33兆ドルの外国資金のうち、変動幅拡大からポジションを守るヘッジ措置が講じられているのはごく一部に過ぎない。
しかし歴史的にどの資産よりも安全な資金避難先とされてきたドルと米国債の立場が、トランプ氏の「相互関税」に起因する市場混乱の最大の犠牲者となって大きく揺らぎ、事態は変わった可能性がある。
11日までの週は米国内外の投資家が現金などに資金を逃避させた影響で、米国債利回りは急上昇(価格は急落)。ドルはユーロ、円、スイスフランをはじめほぼ全ての通貨に対して急速に値を下げ、主要通貨に対するドル指数は過去2年近くで初めて、100の節目を割り込んだ。
イーストスプリング・インベストメンツのビス・ナヤル最高投資責任者は「米国は数十年間、確実性と安定性、中央銀行の独立性、法の支配を提供してきた。(だが)移民など米国例外主義をけん引してきた要素はかなり多くが消え去り、関税は増税と同一視されそうだ。そして米国には弱いドルの方が助かると感じる政権が登場した。これらはヘッジをしていない投資家にとって良い組み合わせではない」と指摘した。
米国市場は、その経済力以上にドルへの信頼が成り立っていたおかげで存在感を維持してきた。米国の国内総生産(GDP)が世界全体に占める比率は約26%だが、世界の株式投資の3分の1余りが米国株に流入しているのだ。
昨年末時点で外国人投資家がドル建てで保有していた株式と債券の総額は33兆ドル。うち14兆6000億ドルが債券で、残りが株式だった。
通常、高い利回りを得られる株式の投資家はヘッジをしない。しかしリターンが1桁か2桁台前半にとどまる債券投資家は、ヘッジなしの場合に通貨変動幅拡大で痛手を被りやすくなる。
荒っぽいドルの値動きが続けば、デリバティブを駆使して自国通貨に対してドルを売るか、単純に米国市場から資金を引き揚げる形でのヘッジを迫られるかもしれない。
エグザンテ・データのアナリストチームは、投資家のヘッジ比率が1ポイント上昇すれば、最大で3200億ドル規模のドル売りにつながってもおかしくないと試算する。
現在のヘッジ比率の低さを考えれば、ドル安が止まらなければヘッジ比率が10-15ポイント切り上がるというのが複数のアナリストの見方で、これは数兆ドル規模のドル売りに相当する。
<注目される日本勢>
日本の公的年金積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や生命保険各社は、世界屈指の米国資産投資家だ。日本のドル建て市場投資額は23年末時点で約2兆ドルだった。
これらの投資家にとって、過去3カ月で10%、4月だけでも6%弱という円高ドル安の進行は、最終的な円換算の資産額目減りにつながる以上、弊害が出てくる。
日本の生保各社はこれまでじりじりとヘッジ比率を引き下げてきたし、年金基金はほぼヘッジをしていない。
野村証券のアナリストチームは、生保各社が保有する約60兆円(4196億4000万ドル)の外貨建て資産のうちヘッジ済みは30%にとどまると見積もっているが、日銀が利下げすればヘッジ比率が上昇すると想定。「日本の投資家が米経済への懸念を強めれば、われわれが現在予想するより資金環流と通貨ヘッジをより積極的に進め、円相場は1ドル=135円近辺まで円高ドル安が進んでもおかしくない」という。
野村証券の市場戦略リサーチ部長、池田雄之輔氏は、日本の個人投資家の行動も為替レートを動かす要因で、毎月およそ1兆円が投資されていると試算。同氏によると、これらの投資家は一貫して米国株ファンドを買っているがヘッジはしておらず、もし彼らが同時に動けば大幅な円高をもたらす潜在力があるとみられるという。
エグザンテ・データのアナリスト、シェカール・ハリ・クマール氏による暫定的な推計によると、外貨建て試算約7000億ドル相当を持つGPIFがヘッジ比率を10ポイント引き上げれば、およそ700億ドルの円買いにつながるという。
クマール氏は「円高が継続し、GPIFがヘッジ比率を高めると、日本の投資家によるヘッジ取引のフローは1000億-2500億ドル規模になる可能性がある」と話す。
日本以外でも英国、オーストラリア、スイス、カナダなどの大手年金基金や、世界的な生保も米国債の大口投資家だ。
欧州ではドルと米国債の値下がり加速に伴って、金融監督当局が域内の銀行に外貨建て資産保有状況を調査する事態になった。
事情に詳しい関係者によると、欧州中央銀行(ECB)や各国の規制監督当局が銀行の米国債保有に関して問い合わせを行ったもよう。今まで全く問題視されなかった資産の価値への疑念や、米国の政策の影響波及を巡る懸念がいかに広がっているかが浮き彫りになった。
エグザンテの試算を見ると、23年時点で年金基金や政府系ファンド(SWF)のヘッジ比率は各国で大きな違いがあったことが分かる。日本と韓国は比率がほぼゼロ、オーストラリアとオランダは40%前後、スウェーデンとスイスは約65%だった。
今後、オーストラリアでヘッジ比率が10ポイント上がるとすれば、年金基金とSWFによるドル売りは最大580億ドルに上るとみられている。
ウェストパックの通貨戦略責任者を務めるリチャード・フラヌロビッチ氏は、オーストラリアが昨年第4・四半期に6560億豪ドル(4070億5000万米ドル)相当の外国株を買い越したが、ヘッジ比率は下がっていたと分析する。
全体的にヘッジ比率が1ポイント高まれば、87億豪ドル相当のヘッジ需要が生じ、豪ドルにとって大きな追い風になる、というのが同氏の見立てだ。
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