『平成幸福論ノート』著者 田中理恵子氏インタビュー
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「つながりの再編」に向けて
――日本は「社会問題先進国」であり、「どこにも先例がない」と書いていらっしゃいますが、海外でもこのような問題は顕在化していく可能性は高いと思われますか?
田中氏■はい、そうなるでしょう。まず東アジア圏では、今後少子高齢化が日本以上のスピードで進行していく見通しです。また、若年雇用の問題もますます深刻化するでしょう。中国や韓国でもニートが問題視されてきていますね。また、引きこもりの問題も、当初は日本の事例ばかりがあげられていましたが、現在ヨーロッパでも顕在化してきています。
日本は20世紀に最も経済成長した国ですが、これは「冷戦構造」と「アメリカの核の傘の下での庇護」という特殊事情において、「最適化」に成功したということでもあります。ある意味では、「戦後世界」に最も上手く適応した国ともいえます。それゆえ、冷戦構造の瓦解と共に、これまでの方法論が役立たなくなったともいえるのですが。一時代に最適化した国であったため、時代の変化によりその問題が極端に顕在化したともいえます。ですから、日本は社会問題からの「復興モデル」も示したいところですね。
――ご自身の体験も踏まえつつ、日本の多くの問題に対して「つながりの再編」の重要性をおっしゃっています。その「つながりの再編」における現状の課題や問題点をお教えいただけますか。
田中氏■「つながり」つまり、地域社会などでの良好な人間関係は、極めて重要なテーマです。これらがあまりにもないがしろにされている現状に対し、その重要性を述べてきました。ただ一方で、震災以降あまりにも安易に「つながり」や「団結」が論じられる点にも、違和感を覚えています。というのも旧来の伝統的社会の紐帯は、相対的に弱い立場の人たちを抑圧する構図も含み持っていたからです。今これを、問題点を顧みることなく単純に「復活」しようというと、いきおい女性や若年者、それに何より子どもたちの意見や立場をないがしろにする危険性も含み持ってしまう。
たとえば、原発事故による避難なども、放射性物質の感受性の高い子どもや妊産婦などの意見を最優先すべきですが、現状では地域社会の論理に縛られてなかなか思うように移動できないというような声も耳にします。また、女性は実質的に地域社会の主要な担い手ですが、その「声」は公の場には届きにくい。このため、たとえば復興計画などの際には、積極的にその声が拾われなければならないはずなのに、なかなか聞こえてこない。この点についても『平成幸福論ノート』で検討しましたが、やはり現状を見ていると予想通りの展開で、非常に危機意識を覚えます。
――今後のお仕事のご予定や現在関心を寄せられているテーマについて教えていただけますか。
田中氏■『平成幸福論ノート』は男性の問題を中心に書いたので、再び女性の問題を、今度は男性向けにも分かりやすく書こうと思っています。現在準備しているのは「昭和妻」というテーマです。これは、既婚・未婚を問わず、「高度成長期的専業主婦志向をもつ女性」を意味します。とりわけ若年層を中心に女性の専業主婦志向が高まるなど「保守化」傾向が言われるのはなぜか、という。『平成幸福論ノート』の男性問題と合わせ鏡のような内容になる予定ですが、女性自身が囚われている「幸福像」の問題ということでは、日本版「シンデレラ・コンプレックス」のような基調で、さらに既婚女性が鍵を握る「マイホーム」「お受験」などの消費市場分析も行っております。
詩のほうでは、『現代詩手帖』に連載していた「FULL L(ふるえる)」を詩集にまとめたいですね。文字がなくなった世界で、かつて「移動文字」とよばれていた通信手段が「移動遺跡」として発掘され、それが詩になっていくという設定で書いている作品です。そこでは情報技術と生命工学が完全に融合し、言語とコミュニケーション、および生活の志向性を完全に覆ってしまっており、過去の技術の「管理」のためだけに、かろうじて人間が生かされています。完成させたいですね。いや、させます! 8月には、ダンスとポエトリー・リーディングのコラボレーション・イベントも出演予定です。秋からは子どもさんたち対象の、詩のワークショップも準備中です。それからまったく異なる分野ですが、版元の事情や今度の震災で全面的に書き換えになってしまった「ローカル鉄道本」を、完成させたいです。いや、鉄子の名にかけて完成させます!そればっかりですいません(笑)。直近の仕事としては、今度7月から東京新聞で4週間に1本ですがコラムの連載も始まります。あとは個人的には、3歳の息子の完全なるオムツはずれを目指しています。いや、させます! まだ失敗するときも多くて困っているのですが……そんなところです。刊行物やイベントなどにご興味のある方は、
自分のブログにて適宜告知させていただきますので、ご高覧いただけましたら幸いです。
●田中理恵子(たなか・りえこ)
1970年神奈川県生まれ。詩人・社会学者。主な筆名は水無田気流。早稲田大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。現在、東京工業大学世界文明センター・フェロー(非常勤講師兼研究員)、桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部非常勤講師、日本大学経済学部非常勤講師。2003年、第41回現代詩手帖賞受賞。2006年、『音速平和』(思潮社)で第11回中原中也賞受賞。2008年、『Z境(ぜっきょう)』(思潮社)で第49回晩翠賞受賞。他の著書に、『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『無頼化する女たち』(新書y)などがある。
サイト:
intermezzo
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