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本や雑誌を作りたい人ではなく、何かメッセージを伝えたい人を集める
――「.review」についての構想はいつからあったのでしょうか?
西田氏■ 実はそれほど昔の話ではありません。2009年の夏に、僕は知人の、いろいろな大学院生や学部生を20人ほど集めて「現代のコミュニティ研究会」という勉強会をはじめました。かつては各所で行われていた、さまざまな背景を持った学生が出会う勉強会や勉強サークルですが、最近では減っているようです。就職活動の早期化などとも関係あるのではないでしょうか。
同世代が同世代の独自の文脈で出会う勉強会がないことによる弊害の1つは、上の世代の対立構造や既存の文脈が再生産されがちだということです。これは大学院生やこれから研究者になろうとしている人たちにとっては、あまり歓迎すべき事態ではありません。研究者にせよ、書き手にせよ、イノベーションや新発見、新しい書き物の創造を目指しているはずなので、最初から自由闊達に交流すべきでしょう。
僕自身は、長い間社会学者の宮台真司先生に私淑してきましたが、そこはいろいろな大学から、さまざまな背景の人が集まってくるゼミでした。そのような僕のバックグラウンドも、「.review」の構想を考える上で多分に影響しているといえます。
――そこでゼミ長だったのが、社会学者の鈴木謙介 さんだったんですね。
西田氏■ そうです。僕は鈴木謙介さんの背中を見て育ちました(笑)。また、2008年に鈴木謙介さん主宰で、彼の周囲の若い書き手や編集者たちが集まって「情報社会理論研究会」という勉強会が1年間行われたりもしました。「現代のコミュニティ研究会」をはじめるにあたっては、この研究会の影響も受けているといえますね。今度は自分がやってみようということです。
ところで、「現代のコミュニティ研究会」は、コミュニティについて考えながら、コミュニティを形成していくというコンセプトで始めました。「コミュニティ」というテーマは、情報科学から建築、人文系までかなり広範な分野で扱われているので、多くの学生が参加できるテーマなのです。ほとんど誰でも参加できると言っていいかもしれない。大体、毎回4時間程度、輪読とディスカッションを行って、そののち飲みに行くというのが定番コースです。
そして、2週間に1回くらいの頻度で数カ月ほど、しばらく勉強会を続けていると、今度はアウトプットを作りたくなる。でも、勉強会に定番の同人誌をただ作る、ということはやりたくなかった。では、何をやれば一番新しいだろうか? と考えてみたわけです。
僕らには知名度もないので、何かを評価することはできません。そうではなく、みんなが何か形式を整えることをエンパワーメント、お手伝いすることならできるんじゃないかと考えました。ちょうど、インターネットを介して、広く参加してくれる人たちとコラボレーションしてプロジェクトを遂行する「クラウドソーシング」や集合知に僕自身の関心が向いており、修士時代前半のオンラインストアについて研究していたという背景があるからです。そうして「.review」ははじまりました。
今のコアメンバーは、一橋大学で哲学を専攻している博士課程の院生の塚越健司君、淵田仁君、同じく一橋大学の学部生の小野塚亮君と天野彬君、僕の5人が編集スタッフを務めていて、ロゴなどのデザインを担当しているのがSFC2年の荒牧悠さんです。しかし、コアスタッフもさることながら、アブストラクトや原稿を送ってくださる方、TwitterでRTをしてくださる方、また、コラボレーションさせていただいている方々のお力添えなしにはありえないプロジェクトです。
――「.review」を立ち上げるときに、念頭に置いたメディアがあるそうですが?
西田氏■ 批評家・東浩紀さんらによる雑誌『思想地図』、批評家の宇野常寛さん率いる「第2次惑星開発委員会」が編集している同人誌『PLANETS』、社会学者の芹沢一也さん、批評家の荻上チキさんらによるメールマガジンや書籍を刊行するプロジェクト
「シノドス」 、それと鈴木謙介さんがパーソナリティを務めるTBSラジオの『文化系トークラジオLife』などを挙げることができます。
いずれも僕がデビューさせていただいたり、もしくは仕事をいただいたり、お世話になってきた媒体で、いずれも人文・社会学の分野で新しい書き手やアクターを発掘している媒体でもあります。さらに、形態は違えど「自分たちの読みたい媒体は自分たちで作る」という明確な意志をもって立ち上げられているところも共通点だといえるでしょう。
――いずれも企画や内容だけでなく、収益構造や流通など、既存のものとは違う色彩を帯びた媒体です。西田さんは本や雑誌という形にはこだわりはないのですか?
西田氏■ 僕は利便性の観点以外に、本や雑誌という形態への思い入れはありません。というのも、僕は本や雑誌というメディアを作りたいというわけではなく、地域活性化や非営利組織論をはじめとする研究内容や政策提言を伝えていきたいからです。書籍は利便性という点で大きなアドバンテージを持っています。僕は新しいガジェット好きですので、米Amazonが始めた電子書籍Kindleが、日本で購入できるようになってすぐ購入しました。
インターフェイス的にはKindleにまったく違和感はないのですが、利便性という点では本にはまだアドバンテージがある。Kindleでは具体的なタームがわかっていればその語を検索することができます。しかし、タームは覚えていないが、なんとなく前半3分の1あたりに重要なことが書いてあったというような場合、素早くページをめくっていったりきたりすることが難しく、そのような用途ではまだ紙の書籍のほうが圧倒的に便利です。このようにメディアの形態には、用途に応じて向き不向きがあります。ですので、僕が「.review」を介して、やりたいことは、メッセージの伝達に適したさまざまなメディア形態の可能性を模索してみたいということなのです。
――ということは、「.review」は“本を出したい人”、“雑誌を作りたい人”を集めているのではないわけですね。
西田氏■ そうです。繰り返しになりますが、“何か情報発信したい人”に集まってほしいのです。実際「.review」は地方都市に住んでいる書き手や、海外に留学している書き手の方にも喜んでいただいています。出版の世界では、書き手の発掘や書き手と編集者が交流する際にも首都圏的なネットワークが大きな力を持っています。ですので、通常、地方や海外に住んでいると、このネットワークに参入することが難しい。自分でブログを立ち上げて原稿を発表することもできますが、やはり個人の力には限界があります。
余談ですが、僕はブログブームは飽和してしまったと思っています。ブログもこれだけ数が多くなってしまうと、編集者も新しい書き手を見つけにくくなってしまいます。また、ブログでも大きなPVを持つ一部の有力ブロガーがブログの世界の権威になってしまっている。若くてまだなんでもない書き手が何か自分のブログに書いてもすぐに目立つことは難しいでしょう。
僕はこれまで分不相応な仕事も含めて、いろいろと商業媒体でのお仕事をいただいてきました。これは、ひとえに運がよかった。「.review」で新しい書き手を増やしていって、うまくマネタイズできるようになっていけば、将来的には書き手の方にも還元していきたいと思っています。そのことで、新しいパイが増えていくのならば、僕が現状、ほんの小さな書き手としての自分の地位を死守しようとするよりずっと意味があることだろうと思うのです。
また、このネット時代、読み手と書き手の区別はもはやほとんど存在しません。読み手は書き手で、書き手は読み手なんです。書き手の人に読み手になってもらい、また、書き手の人に読み手になってもらえばいい。そして、僕は「寄生虫モデル」と読んでいますが、書き手の人が自分の原稿の告知をするついでに、「.review」を広めてもらえればそれで僕らはいいわけです。そのプロセスの中で、インターネットを介して書き手やウォッチャーの方々にどんどん企画を提案してもらい、原稿を書いてもらって、それを集積した「.review」が書き手と読み手をつなぐ“新しい知のハブ”になっていけばいいと考えています。
――しかし、そんなふうに新しい書き手を発掘する仕事は、従来は編集者の仕事だったわけですが、西田さんは編集者志望というわけではないんですよね?
西田氏■ はい、一応研究者の端くれです(笑)。現在は慶應義塾大学政策・メディア研究科の助教で、博士号の取得も目指しています。専門はいわゆる「地域活性化」で、企業とNPO、自治体の連携に注目しています。また、神奈川県で自治体や商工会議所での事業立案や、まちづくりに関するワークショップの講師といった実践も行ってます。随時仕事の依頼も募集しております(笑)。
実は地域活性化という専門と、「.review」を作り上げていくことの間に、僕の中ではあまり違いはありません。抽象的にいえば、僕の専門は、地域、つまりオフラインにおけるコミュニティを作っていくことですが、「.review」はオンライン上でのコミュニティ作りです。あと付けの議論ですが、結果的にはやっていることは同じで、どちらもエンワパワーメント、参加者の取り組みの後押しをすることなのです。それは例えば、リアルな場での盛り上がりを、オンラインへ持ち込み、そこでさらに盛り上げ、それをまたリアルな場に返していくということでもあります。当然、そのまた逆もあるでしょう。いまや、ネットが当たり前のように日常生活に組み込まれたことによって、両者の間の断絶はなくなりつつあるといえます。
――地域活性化についての実践も、「.review」での活動も、西田さんの中ではつながっているわけですね。
西田氏■ その通りです。地域活性化の現場においても、既得権益が硬直化していて、若い人、もしくは新規参入者が目立ちにくい、活躍しにくいという現状があります。出版業界と同じですね。
とはいえ、繰り返しになりますが「誰が悪い」という話をしても問題解決にはつながりません。僕は「責任論から政策論へ」といっていますが、地域においても出版においても、いや、あらゆる分野でこのようなシフトが必要です。誰が悪い、何が悪いという責任論を語るだけではなく、どうすれば解決するのかを具体的に考えてソリューションを仕掛けて問題解決に近づけていこうという問題意識です。そして、その問題解決のためのソリューションですが、最も早いのは自分たち自身の手で作っていくことです。
もし、自分たちだけでできなければ、既存のプロジェクトとお互いメリットがある形で、コラボレーションすればいいでしょう。正面切って敵対すれば、相手にはこちらを援助するメリットがありません。しかし、相手にもこちらにもちゃんとメリットがあるように仕組みを考えれば、協力できる可能性があります。
「.review」に関しても、ただ、雑誌を作る、本を作る、ポッドキャストをする、などと言ってしてしまうと、既存のメディアとバッティングしてしまいます。僕たちは、既存のメディアを駆逐したいわけではなく、お互いにメリットがあることがしたいのです。
例えば、2010年3月15日から4月11日まで、ジュンク堂池袋店さんで「.review」のフェアを行うことになっています。Twitterがきっかけでこのような機会をいただくことができたのですが、やはりお互いにメリットになるようなことをやっていきたいと考えています。このフェアには、実は、ほかにも、前述のTBSラジオの『文化系トークラジオ Life』の皆さまや、表象文化論学会共感覚パネル2009の皆さまの選書、ブックサロンオメガさんというブックサロンにここで配布するフリーペーパーを持っていくと割引が受けられるといった多数いるステイクホルダー(利害関係者)全員にメリットがあるようなコラボレーションを考えています。ほかにも、3月25日のプレイベントを皮切りに、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIさんとは、原則毎月第4木曜日の20時から、僕がホストとなる「コミュニティ」をキーワードにする連続トークイベントを一年間行うことになりました。
このように、僕らが既存メディアをどう使うかだけではなく、既存メディアの方々にも「.review」をどう利用してもらえるかということを考えていただきたいですね。繰り返しになりますが、雑誌を作ることなどが目的ではなく、僕らは何でもやりますよ、ということです。これから、ぜひ「.review」に注目して下さい!
取材・構成(
大山くまお )
●西田亮介(にしだ・りょうすけ)
1983年京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、同政策・メディア研究科修士課程修了。同博士課程在籍中。
専門は地方自治体、企業、非営利組織などの連携による地域活性化の分析と実践。 『現代用語の基礎知識2010』、『中央公論』、『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。
専門の地域活性化や非営利組織論からメディア論、教育論も扱う論客として各メディアで活躍する一方で、「.review」のプロジェクトでも注目を集めている。
ブログ:
Tip.Blog
サイト:
project「.review」
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