「消臭力」CMの仕掛け人・鹿毛康司氏が実践する「心」をつかむ方法
- ありがとうございます!
- いいね!した記事一覧をみる
体系化されたマーケティングと、体系化できないクリエイティブ
ポルトガルの少年ミゲルくんが「ショーシューリキー」と熱唱する「消臭力」のテレビCM。2011年に発表したこのCMは大きな話題を呼び、覚えている人も多いだろう。その後も同CMシリーズは、西川 貴教氏を起用するなどして今も注目される。これらのCMを手がけたのが鹿毛氏だ。広告宣伝費を多くかけるわけでもなく、CM好感度ランキングに何度もランクインするクリエイティブを提供し続けられる秘密は、「お客さまの心」への理解にあると鹿毛氏は語る。
「今、デジタルトランスフォーメーション(DX)などがさかんに言われていますが、デジタルにできること、できないことがあります。デジタルではデータ分析ができるし、体系化されたマーケティングの手法もあります。しかし、『人間の脳』の解明は苦手です。私は、CMづくりというクリエイティブな仕事に関わるようになって、マーケティングに欠けているものが『心』だと分かったのです」(鹿毛氏)
そして、人は経済合理性だけでは行動しておらず、5%の顕在意識と95%の無意識で消費行動しているとし、その95%にアプローチする手法の説明を始めた。
データやアンケートでは、人の心をとらえるのは難しい
マーケティングの世界では、消費者が購買意欲に至る核心のことをインサイトという。95%の無意識にアプローチするということは、このインサイトを見つけることだ。鹿毛氏はあるワークショップで、「買い物をするときには、必ずそれが必要か否か、金額、品質を明確に吟味してきた」と主張する女性に出会ったという。
「誰しも無意識に商品を選んでいると伝えたが、彼女は『いいえ、私は合理的に選びたい』と否定しました。そこで、私は1週間だけあれこれ気にせず買い物することを提案しました。1週間後に感想を聞くと『すごく楽しかった』と彼女は言ったのです。理屈ではなく、好きと思って買うショッピングは楽しいはず。と同時に、それまで彼女の中に『合理的な選択をしなければ不安』というインサイトがあり、本人もそれに気づいたのです」(鹿毛氏)
Webサイトのアクセスログ分析やアンケート調査、ユーザーインタビューなどで消費者の行動や意識を理解しようとしても、人の無意識、深層心理をつかむのは難しい。毎日暴飲暴食をしているような人でも、アンケート調査では「やや健康に気をつけている」と書くことがあるし、4日前の昼に何を食べたか覚えている人は少ない。“自分の心のままに動くこと”を徹底している人はおらず、心と行動との間には必ずギャップがある。
「先日、私を育ててくれた母親が90歳で亡くなりました。そのときの、言葉では言い表せないような、なんだか胸にぽっかり穴が開いたような、そんな心のありようは、僕だけのものでないはずです。会社の同期が出世すればジェラシーを感じます。そんな気持ちは戦国時代や弥生時代よりも、もっと前からあった。テクノロジーによって意識や行動は変わったかもしれないけれど、人の心は変わってないのです。そして、心は自分のものですらないと意識しなければなりません」(鹿毛氏)
データやアンケートでは計り知れない人の心をどうとらえるのか。鹿毛氏は、マーケターやビジネスパーソンであることを忘れ、自分の心の中を見ることが重要だという。古来より人間が本能として持つ強さや悲しさ、コンプレックスを見つめるのだ。まとめると、「自分の行動を観察し、感情や意識に潜む心を見つけ、そして心の蓋を開ける」となる。その具体的な手法は、著書『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP刊)に詳しい。
コロナ禍にも関わらず、生徒数が前月比217%増
鹿毛氏は、そのケーススタディとして最近手がけた東北の学習塾「ベスト個別学院」のマーケティング策を紹介した。コロナ禍による学校の休校で、2020年2月を100%とした場合の生徒数は、3月が63%、4月が42%と、下降の一途をたどっていた。そこで考えられる生徒の心情は、「友達に会いたい」「家の中での生活に飽きた」「イライラする」といったものだ。これらのニーズに対して鹿毛氏が導き出したメッセージは、「塾に来てください、一緒に勉強しませんか?」ではなく、「でも、大丈夫。」であった。
「僕は過去を振り返り、中学校・高校頃の自分に会いにいきました。そこで思い出したのは、誰も助けてくれない社会への失望でした。今の中学生も同じ状況ではないでしょうか。そこで、『大丈夫だよ』と言ってあげたいと思ったのです」(鹿毛氏)
自分の心に問い、感情を揺さぶるメッセージを考案した鹿毛氏は、さらにチラシやWebサイトを使って予習・復習のやり方やオンライン授業、受験対策、夏期講習など、ニーズに応える機能面も訴求した。潜在的な心のツボと、顕在化したニーズへの両者をミックスしたマーケティング活動を行ったのだ。すると2020年5月には生徒数は158%、そして6月には 93%と、高い水準を示した。
ところが学校が再開された秋には、また68%まで下がってしまう。その時、生徒のニーズは、「学習のスピードが早くてついていけない」だった。ニーズにそのまま応えるなら、「塾で勉強して弱点を補強しよう」というメッセージになる。しかし、鹿毛氏はまた自身の心を見つめ、「一緒に計画立てようか?」のほうが心に触れるであろうと考えた。その結果、翌月の生徒数は217%まで急上昇した。
インターネットで共感を拡散していく、横のコミュニケーション
鹿毛氏の手がけるCMは、人々の心を動かす力がある。2020年3月に撮影した次の「消臭力」のCMでは、コロナ禍での自粛の不安を共感しながら、ユーモアで人を和ませるものになっている。2011年3月、東日本大震災で日本全体が弱っているとき、鹿毛氏はTwitterに流れる「がんばろう」のメッセージを見ていた。そして少年の日を振り返り、辛い状況でも笑顔を絶やさなかった母親の顔を思い浮かべ、みんながまた笑いのある日常に戻れるよう、あるCMの企画を思いつく。
そうしてできあがったのが、冒頭で紹介したポルトガルの少年、ミゲルくんのCMだ。鹿毛氏はTwitterの反応によって、自身のCMが笑顔を届けたことを確認した。なお、このCMが話題になり、それまでシェア2位だった「消臭力」は、この年からトップに立った。
鹿毛氏は、「縦のコミュニケーションの終焉」を忘れてはいけないと語る。以前はマスコミの影響力が強く、情報は一方通行でも伝わった時代があったが、現在は、「縦から横」になった。エステーでは、Twitterなどで同社を応援するファンの組織「エステー特命宣伝部」を展開している。これは、エステーのCMなどに対してオンラインでの応援を促す活動だ。宣伝部員たちは、CM動画など提供される素材を使い、自身の意見を発信できる。エステーの社員数をはるかに超えるファンたちの活動が話題を呼び、ネットニュースになり、多方面へと広がっていく。
こうした活動によって、2019年に展開した「消臭力」の新CMキャンペーンはTwitterのトレンドに入り、動画は10万回再生、1840万のインプレッションを獲得。同等の成果をテレビなどマスメディアでの広告費に換算すると、1億3000万円は確実だという。ファンとのコミュニケーションによるマーケティングについて鹿毛氏は次のように述べた。
「エステーという企業と仲間たちとの横のつながりから、『消臭力』を盛り上げようという気持ちが起きている。本当に素晴らしいことです。特命宣伝部員のみなさんは宝であり、この方たちのおかげで私はマーケティングに携わっていられる──そのありがたさを忘れてはならないと思っています」(鹿毛氏)