アクセンチュア戦略統括に聞く“コロナ後”の世界、見落とし厳禁の「12の予兆」とは
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感染症は常に歴史のパラメータとして存在
人類発展の歴史は感染症との戦いの歴史であり、感染症は常に歴史のパラメータ(変数)として存在してきた。たとえば、1340~1350年代に流行したペスト(黒死病)は、ヨーロッパの人口の3分の1を死亡させただけでなく、階級社会を大きく変化させるパラメータとなった。農奴に依存した荘園制の崩壊が加速し、農奴解放によって領主から商工業者へと権力がシフト、商工業者を統括する国王の権力が増し絶対王政になった後、王政を牽制するため国民が立ち上がり、民主主義が台頭した。
また、16世紀末に流行した天然痘は、西半球の先住民の90%を死亡させたとの説もあり、スペイン軍による1519年のアステカ帝国、1532年のインカ帝国の征服に影響を与えるなど、帝国覇権の交代を促した。
社会インフラが整備された事例としては、1817~1923年に発生したコレラがある。コレラの流行源は一般家庭向けの給水ポンプであると判明し、パリでは「公衆衛生法」が成立。欧州各国で下水設備の整備が一斉に進んだ。このように、パンデミックを歴史的に見ると、感染症によってダイナミックな社会変動が起こり、それによって社会がパラダイムシフトを起こしていることがわかる。
では、新型コロナウイルスによるパンデミックでは、社会や業界にどのような変化を巻き起こすのだろうか。さらに、ポストコロナ時代のパラダイムシフトに備え、企業はどのような行動を取るべきなのだろうか。
スペイン風邪やSARSがもたらしたパラダイムシフト
過去には、パンデミックによって社会や経済、環境が一変し、それに伴い新たなニーズや産業を生み出すパラダイムシフトも引き起こされた。新型コロナは、今後の業界にどのようなインパクトをもたらし、それに対して企業はどのような戦略で臨めばよいのか。この問いに対して「業界を横断して起こっている個人の価値観や企業・社会の変化に着目しながら、その予兆を把握していくことが重要です」と説くのが、アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 インダストリーコンサルティンググループ日本統括 マネジング・ディレクターの中村健太郎氏だ。
「まずは暗中模索の中で新型コロナへの対症療法的な対応が進んでいき、多くの変化を強いられながら、新たなスタンダード(New Standard)が形作られていきます。結果として、コロナ危機前よりも高い水準を満たした新たな生活・働き方については、ポストコロナ時代にもその変化が定着していくことになるでしょう。そうした中で、企業はその変化の予兆を捉え、アクションプランを戦略的に実行していくことが求められます。短期的な対応ではなく、中期的なパラダイム変化を意識した対応こそが重要なのです」(中村氏)
ポストコロナ時代へ企業が考えるべきアクションプラン
予兆を捉えるうえで参考になるのは、パンデミックがもたらすパラダイムシフトの事例だ。近年の例では、1918~1919年に流行したスペイン風邪や、2002~2003年に流行したSARSがある。これらのパンデミックが与えた社会変動について中村氏は以下のように語る。「スペイン風邪によって、疫病に対する政府の対応が、従来の個別治療から集団に対する公衆衛生・疫病戦略へと変容しました。大量の事象を捉えるために統計学が発展し、それが現代のアナリティクス技術につながっています。また、SARSによって外出自粛や中国への渡航自粛が起きたことでECや物流が発展しました。SARS発生の翌年には中国のEC利用率は前年比20%で増加し、従来の陸運から空運による速達事業へ物流が拡張しました。新型コロナにおいても同様に、パラダイムシフトの予兆が見られます」
負のインパクトが先行した中国での「勝ち組」業種とは
新型コロナは経済的な側面から大きなインパクトをもたらしている。消費・インバウンド需要の減退やグローバルサプライチェーンの弱体化など、実体経済は世界規模で危機的な状況に陥った。株式市場へのインパクトも過去のパンデミックと比べても大きく、その下げ幅はリーマンショックにも匹敵し、主要国の2020年初来の騰落率もマイナスだった。さらに、感染症対策の一環として実施された都市封鎖やソーシャルディタンス政策に伴い、企業活動も停滞してしまった。
日本国内における新型コロナのインパクトについて中村氏は、「業種や業態別に見ると、主にオンライン化が難しいとされる消費者向けの対面業務の業態に継続的な負のインパクトが見られます。具体的には、不動産、小売(百貨店)、金融などです。また、法人向け事業は回復傾向にあるものの、輸出割合が高い輸送機械などは回復が遅い傾向が見られます」と話す。
日本の主要産業の1つである自動車業界では、最大25%程度の売上減少のインパクトがあり、ベースシナリオで見ても回復まで2年強~4年程度の期間が見込まれている。一方で「勝ち組」企業も現れ始めていると中村氏は言う。
「巣籠もり消費が広がる中国市場では、オンライン型サービスのユーザー規模が急伸した企業が多数存在しています。EC、エンターテインメント、サービスという3つの業種が特徴的で、それぞれにおいて著名な事業者がDAU(Daily Active Users)を増やしています」
コロナ禍で個人、企業、行政にもたらされる4つの変化
中村氏は、新型コロナが社会・業界にもたらす変化を、「個人」「企業」「行政」という3つの側面で整理する。まず、個人については「購買習慣」「サービス体験」「関係構築」「健康/衛生意識」という4つの変化があるという。たとえば、購買習慣では、オンライン購買体験の二極化が進み、時間・労力をかけないサブスクリプション型と、体験のエンタメ化を図るライブコマース型が台頭している。
また、サービス体験では、物理的な施設利用を前提としていたサービスのバーチャル化が進んだ。この結果、ユーザーデータの収集や状態捕捉などを通じて、オフラインよりも個別化されたサービス提供が可能となり、ユーザー体験が向上しているという。
次に、企業については「働き方」「チャネル・営業」「SCM(サプライチェーンマネジメント)」「R&D(研究開発)・イノベーション」の4つの領域での変化が大きい。働き方は、リモートを前提とした勤務形態や業務プロセスへの転換が進み、それに関連して従業員のスキル要件や評価基準、さらには帰属意識といった従業員と企業の関係の再定義が求められるようになった。
また、チャネル・営業は、顧客のリモート・オンラインへの許容度が高まり、単純なリモート化に止まらず、データ活用による顧客理解・ニーズの把握やオンラインならではの顧客体験の創出が求められるようになった。営業活動をオンライン化することで、時間・コストの節約だけでなく、ビジネスマッチングから商談までにいたる成功率の向上が期待できる。
SCMについては、新型コロナによって生産拠点の国内回帰や国内完結の動きが顕在化し、グローバル拠点での生産を前提に最適化されていた従来のサプライチェーンを組み替える必要が出てきた。この組み替えによるコストを回収するために、今後企業は生産・物流のプロセスの自動化を考えなければならない。
R&D・イノベーションの分野ではデータドリブンの動きが活発化するだろう。今までは、社内のデータが有効活用されていなかったが、社内データと外部データの融合が進み、高品質な素材開発が可能になる。また、その研究プロセスに自動化やマテリアルズインフォマティクス(材料情報学)を組み合わせることで、実験サイクルの短縮や開発生産量の増加などが実現し、R&D・イノベーションの分野のDXが進むだろう。
行政では「規制」「公共サービス」「国民との接点」「地方・都市の関係性」という4つの領域で変化が生じている。将来的には、規制の改正はもちろん、公共サービスのオンライン化や自動化が進んだり、リモートワークの普及によって地方への移住ハードルが下がったりと、さまざまな変化が予想されている。
“起こった未来”を把握するための「12の予兆例」
そのうえで中村氏は、ピーター・ドラッガーの『創造する経営者』に触れながら、次のように予測の難しさを説明した。「ドラッガーは『今日の行動の基礎に、予測を据えてもムダである。望みうることは、すでに発生したことの未来における影響を見通すこと。すでに起こった未来は、体系的に見つけることができる』と述べています。つまり“起こった未来”を把握することが重要です」
新型コロナで顕在化した、個人の価値観の変化や企業・社会の変化に着目し、アクセンチュアでは今後の取り組みの参考になる「12の予兆例」を提示している。
アクションプランを成功に導く方法は何か。
中村氏は「たとえば、輸送・物流については、無人物流前夜のヒト・ロボ協働配送(ハーフデジタル/アナデジ)、地元購買やギグワーカー増加(帰属意識の縮小)などを検討することです。同時に需要予測のリアルタイム化、自動運転車、無人ドローン配送などの技術を活用した高精度な需要予測により、散在する小さな拠点に最適な在庫を持つ『ローカルマトリックス運輸網』を構築することが考えられます」と説明する。
パンデミックによるパラダイムシフトは、企業にとっての新たな事業機会でもある。12の予兆例や歴史的な教訓、テクノロジーの進展に注意を払いながら、取り組みを進めたいところだ。