“2025年の崖”で深刻化するIT人材不足、「プロジェクトマネジメント人材育成」の極意とは
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迫る「2025年の壁」、“ITマネジメント人材育成”が急務であるワケ
昨年、経済産業省から発表された「DXレポート」は、IT業界に少なからぬインパクトを与えた。このDXレポートが衝撃をもって受け入れられたのは、DXを達成しなければ、最大12兆円の経済損失が2025年以降に毎年発生するという試算だった。現在、約8割の企業が老朽化したシステムを抱え、それがDX推進の足かせになっている。このまま企業がレガシーシステムを引きずると、メンテナンスコストだけでなく、システムトラブルも起き、さらなる機会損失も含めて12兆円では済まない損失のリスクが潜んでいる。
かつて日本のお家芸であった「カイゼン」が裏目に出て、システム改修が困難になっているケースもある。それを標準パッケージで使えるようにしたり、既存システムをクラウド化したり、基幹系のSAP R/3をSAP HANAへ移行するなど、問題も山済みになっている。
こうした問題を解決するために、多くのプロジェクトが立ち上がったとしても、そもそもユーザー企業にはIT人材が不足している。いまユーザー企業のIT人材は圧倒的に少なく、その7割がIT企業側に集中しているという状況だ。
あと5年間で、ベンダー依存のマネジメントから脱却し、内部で対応できるプロジェクトマネージャー(以下、PM)を育てる必要に迫られている。
では、この「2025年の壁」に備えるべく、ユーザー企業は一体どのようにしてリーダーとなるPMを育成していけば良いのだろうか?
PMが持つべき「タレントトライアングル」と「PMCDF」とは?
どの企業もPMを育成したいと熱望している。ただし、具体的に求められる人材には、「課題解決型」と「価値想像型」の2パターンが必要だ。課題解決型とは、レガシーシステムなどのように課題が明確なものに対応できる人材だ。一方の価値創造型とは、課題や仕様が明確でない中で、新しい仕事や価値を生み出せる人材のタイプを指す。
DXでは後者が重要になる。求められるスキルは、IT技術だけでなく、マネジメント力そのものだ。自発的に動く力、俯瞰(ふかん)する能力、問題解決の能力などが求められているわけだ。
「このマネジメント能力に必要なスキルとして"タレントトライアングル"があります。PMに求められるコンピテンシーとして、テクニカル・プロジェクトマネジメント、リーダーシップ、戦略的およびビジネスのマネジメントという3つ大きな指針が挙げられます」と語るのは、TISにおいてPM教育を担当している利根章氏だ。
テクニカル・プロジェクトマネジメントは進捗(しんちょく)や品質などの管理が中心になる。リーダーシップについてはヒューマンスキルが重要だ。またプロジェクトマネジメントは経営と結び付くため、戦略的・ビジネス的な視点も大切になってくる。
もう1つPMが持つべきスキルに「PMCDF」(Project Manager Competency Development Framework)があり、コミュニケーション能力、指導力、マネジメント能力(チームビルディング)、認識能力、効果性、プロ意識の6つが定義されている。これらを考慮しつつ、人材育成の教育プロセスを作っていくわけだ。
DX時代だからこそ、PMが知っておきたい「4つのポイント」
前出の課題を踏まえながら、利根氏はDX時代にPMが知っておきたい「4つのポイント」についても解説した。まずは「戦略およびビジネスに関する知識」だ。1950年代から知られる「カッツモデル」という理論で、マネジメントレベルが上がるにつれ、必要なスキルが変化するという考え方がある。最初はテクニカルスキルが重要だが、そこからヒューマンスキル、最終的に戦略的思考など、コンセプチュアルなスキルが求められる。
2つ目は「アジャイルへの対応」である。以前までは「ウォータフォール型か、またはアジャイル型か」という二元論で語られることが多かったが、いまやアジャイルは当たり前。PMとしても両方に対応できなくてはいけない時代になっているのだ。
「プロジェクトの特性によって、本番リリースが1回で終わる場合と、何回も行う場合で使い分ける必要があります。つまり先が見える予測型ならばウォータフォール型の開発、要件が不確定な状況で定期的なリリースが可能ならばアジャイル型の開発になります。これらを組み合わせていくことがポイントです」(利根氏)
3つ目の「ヒューマンスキル」も大切だ。AIによって、PMのテクニカルなタスクの80%が奪われるという話もあるが、リーダーシップに代表されるヒューマンスキルは、まだまだAIに奪われることはないだろう。
4つ目は「多様性・グローバル化への対応」である。最近では社員にシニアや外国人も増加し続けている。そこで、どうやって彼ら彼女らをまとめて、チーム全体を率いていくかというスキルも求められる。
実践スキルを定着させるには? PM育成に必要な教育メソッド
これらのスキルはPMにとって不可欠なものだが、たとえ研修を受けて知識が得られても、経験を踏んで実践的なスキルとして応用できなければ、本当の意味で定着しない。メンタリングやコーチング、1on1などの個人面談も組み合わせ、PM育成の基本モデルを回していくことが肝要である。ほかにも研修の組み立て方として「PBL(Problem Based-Learning)」という教育方法もある。PM育成では、実践の場でマネジメントを学べる機会が多いので、プロジェクトで課題解決に取り組むことが望ましい。ただし、これはファシリテーターの力量も必要になるので難しいところもある。
「そこでPBLの難点を補うために、プロジェクトの事例や短いショートケースをベースに、仮想的なプロジェクトを経験してもらうことで、各自のスキルの定着を図る"ケースメソッド/ショートケース"も効果的です」(利根氏)
もう1つは「リカレント教育」だ。いまはAIなどの新技術がどんどん普及している。その一方で、人生100年時代と言われるように、就労期間も長くなりつつある。そこで生涯のどこかで大きな学び直しが必要になってきた。最新情報の習得や、まったく別の分野への挑戦、ヒューマンスキルの向上なども対象になるだろう。
社内教育や研修体制を作り上げるプロセス
最後に利根氏は、TISが培ってきたPM人材育成アプローチと、他社への支援メニューについて触れた。PMを育成するための社内教育や研修体制を立ち上げる際には、まずPMの能力とレベルを定義し、具体的にどんな人材が必要なのかを検討する。たとえばTISでは「素養人材」「準戦力人材」「即戦力人材」「中核人材」「高度人材」という5段階に人物像を定めたそうだ。
そのうえで、各対象のマッチする研修設計を行って、教育体制を整えていくという流れだ。現場でのアセスメントを行い、スキル診断により見える化し、eラーニングから1on1まで、さらに有識者セミナーなども社内で実施しながら、スキルアップにつなげ、PMを育成していく。
もちろん研修は1回で終わるものではない。何度も繰り返し、さらに現場のプロジェクトを同時に推進したり、その知見をフィードバックする。アジャイル試行を取り入れて、実践的なものにしていく必要がある。このような経験の蓄積から、個人と組織が育成のPDCAを回せる体制が作られていくのだ。