埼玉県と浜松市はAWSで何を実現した? スマホアプリやAIスピーカーによる取り組み詳解
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防災や働き方改革など、自治体のクラウド活用が進む
そもそも「デジタル・ガバメント実行計画」とは政府の電子行政に関する施策であり、政府・地方・民間すべての手続きの電子化を目指したものだ。この計画に伴い、行政サービスのデジタル化とオープンデータの利活用が求められている。アマゾン ウェブ サービスジャパン パブリックセクター技術本部 部長 豊原啓治氏は、この「デジタル・ガバメント実行計画」を踏まえた各自治体の動きとAWSの対応について、次のように述べる。
「各自治体では、住民接点を増やすことを目的に、防災・安全、データ分析、働き方改革などの領域で、クラウドの利用が進んでいます。AWSも165を超えるサービスを提供し、各自治体のシステムと閉域で接続する仕組みを準備しています。さらに、LGWAN(総合行政ネットワーク)を通してデータ登録できるソリューションもそろいつつあります。これにより、ETL処理や匿名化、機械学習など、さまざまな情報処理が可能となりました。新しい市民サービスを作り出すプラットフォームとして、AWSを活用していただけるようになります」(豊原氏)
こうした取り組みの事例として豊原氏は、「北九州市の行政文書目録公開システムの実証実験」を紹介した。
同システムはLGWAN端末からLGWANを経由し、地域IoT連携クラウドを通して、AWSにPDF文書を転送する。その際、AI OCRやRPAを活用して文書の属性情報を自動抽出し、AWSのデータベースに登録する。実証実験段階ではあるが、さまざまな自治体で、同様のクラウド活用が始まっているという。
埼玉県が「ポケットブックまいたま」アプリを開発したワケ
そんな中、いち早くAWS活用に踏み切ったのが埼玉県だ。同県はAWSを使って、住民接点の向上を目的とする公式スマートフォン(スマホ)アプリの開発・提供を始めた。背景には、スマホの急激な普及がある。総務省の情報通信白書(平成30年版)によると、国内におけるスマホの普及率は2017年度時点で70%を超えており、仮にこれを埼玉県の人口に当てはめると約400万台以上が県民に利用されていることになる。埼玉県 総務部税務課 税務システム担当 副課長(現職) 石川 貴規氏はこう説明する。
「自治体にとって、行政情報を住民に届けることは重要な取り組みです。50代以上には『彩の国だより』という広報誌が広く読まれていますが、若い世代への認知度は低いのが実態です。そこで、インターネットの利用割合が高い若い世代に向けて、Webを活用した接点作りが重要だと判断したのです」(石川氏)
こうして開発されたのが、「ポケットブックまいたま」という県公式アプリだ。2016年1月から正式運用を開始し、安心・安全、イベント、観光情報、割引サービスなど、県民ニーズの高い情報を発信している。ただし、当初は利用者数が伸びなかったという。
「Webビューが主体だったためサーバとのやり取りがひんぱんに発生し、パフォーマンスに課題がありました。また、記事(コンテンツ)作成を広報担当者だけで行っていたので、配信できるコンテンツ数にも限界がありました」(石川氏)
AWSと国内クラウドのハイブリッドクラウドでシステムを構成
そこで、2018年3月に全面リニューアルを実施。スマホ版ネイティブアプリに変更した上で、配信コンテンツのジャンルを増やして、各業務の担当者が、コンテンツを直接投入できる体制を作った。さらに、施設やイベントで活用できるサブアプリを用意し、「ポケットブックまいたま」のプラットフォーム化も実現したという。このポケットブックまいたまをインフラとして支えているのが、AWSだ。ただし、システムはAWS単独ではなく、国内のクラウドと組み合わせたマルチクラウド環境で実現されている。
「もともと埼玉県では『埼玉県情報システム統合基盤』という名称で、業務用システムの基盤を国内クラウドで運用していました。これは完全にクローズドなプライベートクラウドであり、個人情報などはすべてこちらに置いています。一方のAWS側ではアプリのメニューやフロントエンドの機能を提供する仕組みにしました」(石川氏)
埼玉県では、国内クラウドとAWSのハイブリッドクラウドで構成されるシステム全体を「県民サービスプラットフォーム」と呼んでいる。オンプレミスのシステムもまだ多く、徐々にクラウドへ移行しているところだ。今後の展開について、石川氏は次のように説明する。
「現在は庁内情報システムの最適化が主な目的ですが、将来的には、県内市町村とプラットフォームを共同利用することなども視野に入れています。今回、AWSを活用してその高い実力を実感できました。AWSによるマルチクラウド化の推進は、今後も魅力的な選択肢の一つになると思います」(石川氏)
なお、ポケットブックまいたまは、2019年の3月にダウンロード数が従来の約5万から30万超と、一気に跳ね上がった。「アクセスが爆発的に増えても、AWSはまったくトラブルがありませんでした。使い始めて約1年半になりますが、これまで障害が起きたことは一度もありません」と、石川氏は最後にAWSの高い安定性を強調しセッションを終了した。
AIスピーカーで行政情報を提供する浜松市の試み
静岡県浜松市は2019年2月に「浜松市情報化基本方針」を策定した。そこでは、情報化の施策においてクラウドの利活用を第一候補とする「クラウドファースト」の方針が打ち出されている。この方針の下、2019年3月に実施されたのが「AIスピーカーを活用した行政案内」の実証実験だ。この実証実験の背景には、少子高齢化がある。特に浜松市は、市の面積が全国2位と広く、中山間部や過疎地域、都市部などさまざまな地域が混在し、区役所などの行政サービスの提供拠点は各地域に点在している。今後高齢化が進むと、各拠点に足を運ぶのが困難になることが予想される。
また、共働き世帯が増える中、行政機関の窓口が閉まっている平日の夜や休日にも、必要な情報を簡単に入手したいというニーズも高まっている。浜松市役所 総務部 秘書課 政策補佐官付 瀧本 陽一氏は、次のように説明する。
「AIスピーカーを導入すれば、“0.5次の窓口”として活用できると考えました。1次は職員が直接対応する窓口で、0.5次はそれを補完する窓口という意味です。実験では83人の市民の方々にご参加いただき、窓口への問い合わせの多い住民票の取得やパスポートの申請方法、オープンデータとして公開している休日の当番医の情報などを、音声で確認する実験を行いました」(瀧本氏)
利用されたAIスピーカーは、AI音声アシスタント「Amazon Alexa」が搭載されたスクリーン付きのAmazon Echo Spotだ。たとえば、音声で「アレクサ、休日当番医を教えて」と話しかけると、「ご希望の診察日は?」とAlexaが返答。診察日を伝えると、Alexaが診察科を聞いてきて、最終的に該当する当番医の情報を案内するという流れになる。情報は「音声」「画面表示」「メール送信」「印刷」の4種類で提供されるようになっている。
AWSを通じてオープンデータにアクセスして音声で案内
このために開発されたAIスピーカーの仕組みはシンプルだ。まず、同市は「浜松市」という独自のAlexaスキル(プログラム)を開発した。そのスキルでAWSのクラウドを経由し「休日当番医のオープンデータ」にアクセス。そこから得た情報を音声で案内する仕組みを構築した。AWSのサービスでは「Amazon EC2」と「AWS Lambda」を利用している。
実験に参加した市民の反応もおおむね良好だ。「子供が熱を出しているとき、手を離さないでよいので助かる」「視覚障害を持つ方に便利」「PCと違って文字入力しなくてよい」といった意見が寄せられ、防災情報やゴミ・リサイクル、行事・イベントなどでの活用に期待する声もあった。一方、「音声認識の精度向上が必要」「反応が遅い」といった指摘があったという。
「音声案内は思ったよりも抵抗感が少なく、今後の利用意向も高いことがわかりました。ただし、案内する情報は、短いやり取りで完結し、定期的に必要とされるものが適していると思います。また、職員による対応がすべて音声案内に代替されるわけではなく、職員では対応しきれない夜間や休日などを補完するという視点も重要です」(瀧本氏)
浜松市では、今後も市民への行政情報案内、市民からの問い合わせを補完するツールとして、AIスピーカーを活用していく考えだ。また、案内のベースとなる情報を共通化し、オープンデータを基にWebやAIスピーカー、チャットボットなどの複数のチャネルで行政案内を行う「情報提供サービス基盤」の構想も披露した。
その実現は浜松市だけの努力では難しい。瀧本氏は最後に、「浜松市は、よく国土縮図型都市と表現されますが、この国が抱えている多様な課題を浜松市は抱えていて、だからこそ、チャンスがあると思っています。ぜひさまざまな企業からの提案をお待ちしています」と民間企業の協力を呼びかけて、瀧本氏はセッションを終了した。