「掲げて終わり」のパーパス経営、加藤雅則氏が指摘する「経営者の責任」とは?
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本稿ではDAY1のファシリテーター・スピーカーを務める加藤 雅則さんをお招きし、「両利きの経営」の本質、パーパス経営との関係性について伺いました。
■「再考:両利きの経営」収益軸と成長軸の両立に、どう向き合うのか?
アクション・デザイン 代表取締役 エグゼクティブ・コーチ、組織コンサルタント / IESE(イエセ)客員教授 加藤 雅則氏が、「SmartHR Agenda #4 ~パーパスを実践する企業の挑戦 人手不足時代を乗り越える~」(2024年2月7日、14日、オンライン開催)に登壇。テーマは、「「再考:両利きの経営」収益軸と成長軸の両立に、どう向き合うのか?」。
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「SmartHR Agenda #4 ~パーパスを実践する企業の挑戦 人手不足時代を乗り越える~」
2つの軸が要となる「両利きの経営」。成果達成を阻む誤解とは?
加藤さん:まず、2019年に書籍『両利きの経営(著:チャールズ・A.オライリー、マイケル・L.タッシュマン)』が刊行してからの約4年間で、経営者を中心にコンセプトは浸透したように思います。実際に多くの上場企業や大企業の中期経営計画にも、両利きの経営的なエッセンスが取り入れられています。
その一方で、戦略実行にあたって色々な弊害が出はじめています。私自身そういった事例に遭遇しますし、ともに議論させてもらう機会が昨年頃から急速に増えてきています。
加藤さん:現在は「両利きの経営をどのように実践するか?」というフェーズに変化しています。両利きの経営が「知の探索、知の進化」というキャッチコピーで広がったものの、オライリー教授、タッシュマン教授は"知"という単語は一言も言っていないのです。"知"(ナレッジ)と捉えたことによって、さまざまなな弊害が出ています。
たとえば、「独立した探索部門をつくりましたが、うまく機能しません」「担当者を決めたのものの、今一つ動きが鈍いです」といった表面的な形だけの両利き論です。また、「自分の業務時間の2~3割を探索に割きましょう」といった個人レベルの学習論と混同されているケースもあります。
両利きの経営は、「既存事業をよりよく磨き上げていく・深掘りをする組織活動」と「新事業の機会探索をする組織活動」という両輪によって事業が進化すると考えられており、着目すべきは"組織活動"です。異なる組織活動の両立が重要なのです。
最新の経営学の言葉で表現するなら、「ケイパビリティ・組織能力」です。そのため、"知"という原著にはない概念ではなくて、組織活動やケイパビリティとして捉えると、両利きの経営が実践しやすいと思います。
──従業員個人に求めるのではなくて、組織活動にフォーカスすべきということですね。円滑な組織活動には何が求められますか?
加藤さん:先述の組織活動を実現するためには、組織システムが求められます。かんたんに表すと、"社内環境"です。
そのため「新たな組織の箱をつくりました」「従業員をその責任者に指名しました」だけでは、組織は動かないのです。たとえばサッカー日本代表であれば、「自分たちはどういうプレースタイルを追求するのか? そのためにどんな攻撃システムを採用するのか?」を考えますよね。システムそのものを整えないと、新しい活動ができないのです。そのため、新施策に取り組む際に古いやり方でやってしまい、失敗するという悪循環に陥るケースが多いように感じています。
組織システムの新陳代謝で時代の変化に適応する
加藤さん:国内市場の縮小やテクノロジーの進化、不安定な為替変動において、「どのように適応し、生き残っていくのか?」を考えなければいけません。経営者だけではなく、従業員も「自分の会社は大丈夫なのか? 日本は大丈夫なのか?」という漠然とした不安を抱えています。
──不安定な時勢において、組織には何が求められますか?
加藤さん:企業には新陳代謝が必要であり、環境に適応する企業が生き残ります。両利きの経営の根底にあるのが、組織進化論です。言い換えれば「なぜ大企業が衰退してしまったのか?」という問題意識が、オライリー教授の40年間に及ぶ研究の根底にあるのです。
──新陳代謝・進化論という企業の生存戦略。事業だけではなく、組織にも変化が求められるのでしょうか?
加藤さん:そうですね。組織システムについて、コングルエンス・モデル(適合モデル)に沿って説明すると次の4要素が必要です。
・KSF(成功の鍵):組織として何が得意であるべきか
・組織カルチャー(仕事のやり方・姿勢):KSFをどういった行動スタイルを実践するか
・人材(知識・経験・スキル):どういった人材が担い手になるか
・公式の組織(組織体制・評価・手順):どういった仕組みで支えるのか
この組み合わせ・相互作用を組織アライメントと呼びますが、組織システム全体を経営者自ら再設計しないといけないのです。作用し合う構造的なシステムなので、人やカルチャーだけを変えるというのは無理なのです。
パーパスと作用し合う両利きの経営 自社から抽出される本質の言葉
加藤さん:パーパス経営も広く浸透しており、各社のパーパスも打ち出されている現状は、非常によい流れだと思います。パーパスは存在目的や存在意義と訳しますが、タッシュマン教授、オライリー教授はパーパスは用いずに「自社のアイデンティティ」と呼称します。まず、「自分たちは何者なのか?」の軸がないと、両利き経営は実現不可能としています。
両利きの経営は、「異なる組織活動の両立」が基本コンセプトです。自分たちは何者なのか?という企業の軸足、あるいは強みを拡張していく考え方です。突拍子もない領域への参入が目的ではないのです。
「自社のアイデンティティ」として、私が関わらせてもらったAGCの事例をお伝えします。世界最大のガラスメーカーですが、もう一度創業の原点に立ち返り、次に至りました。
「自分たちはそもそも世の中に必要な素材をつくっている会社だ。116年前の創業当時はガラスがなかったからガラスをつくっただけであって、現在の世の中に必要な素材とは?を考える。素材の会社というのが、自分たちのアイデンティティだ」
加藤さん:AGCは自分たちの工夫で自然に両利きの経営に辿り着き、実践されており、私たちの研究としても非常に興味深かかったです。
また、「変えてはいけないもの」もあります。「時代に合わせて積極的に変えていくもの」とのバランスを取っていくのが経営の妙です。これらはDAY1にて登壇されるソニーグループの平井さんはまさに「自分たちのアイデンティティ」を実践しており、事業活動において非常に大事だと思います。
──「既存事業の深堀り」「新規事業の探索」の前に、自社のアイデンティティの把握が必要ということですね。それぞれに相関性が生まれて、パーパス経営を加速させるのですね。
加藤さん:自社のアイデンティティが明確でないと、「なぜ関係のない新規事業を進めているのか」とコア事業の従業員が感じるのです。掲げたパーパスが浸透せずに、言葉遊びになっている場合、「コア事業の利益で好きにやっている」という誤解が生まれ、分断が広がっていくケースもあります。
明確な自分たちのアイデンティティにより、初めて探索事業、新規事業の推進に正統性が生まれるのです。
──パーパス・自社のアイデンティティの定義には難しさも感じます。
加藤さん:多くの企業との取り組みを通じて気づいたのは、自社のアイデンティティはコピーライターがつくるものではなく、社内に腹落ちする"コトバ"があることです。
AGCの場合は「your dream, our challenge」でした。これはチェコスロバキアで勤める現地の従業員が応募した言葉です。ソニーの場合は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動(KANDO)で満たす。」でした。
まさにナラティブであり、生きたコトバです。言葉遊びではなく、自分たちの存在理由やビジョン・ミッションに対して、どのように実現するかまでがセットになります。まさに自分たちの流儀ですね。どこの会社でも使うような、流行りコトバでは、社内を動かせません。面白いことに、社外の人が聞くと流れてしまう言葉でも、社内の人が聞くと「確かに俺たちはそうだよな」と皆がうなずくコトバがあるのです。
経営者のものだけではない、パーパス経営
加藤さん:コロナ禍を経て、遠心力が働いているのではないでしょうか。働く場所の制限がなくなり、転職の可能性も広がり、変化が進んでいます。現在の企業を取り巻く環境では遠心力が大きくなっています。
だからこそ、求心力をもっておくべきだと思っています。求心力の一つがユニークなパーパスであり、独自の企業カルチャーです。それぞれが従業員に対して「フィットするか」、言わば"パーソナル・フィット"が非常に大事です。
活性度の高い組織には次の3つの特徴があるといわれています。
1. 成長実感:勤めている企業でスキルアップできるか、上達・成長できるか?
2. 裁量権:自身の判断で自由にやらせてもらえるか?
3. 参画感:大きな目的に自身も参加している実感がもてるか?
メンバーシップ型の日本企業には所属欲求もあり、そこに心理的安全性も加わってきます。これらの3~4要素のなかでも、大きな目的に参加しているという参画感が重要です。自分一人では実現できない組織目標に貢献し、自分の人生を使いたいという潜在欲求があるのです。
トップダウン×ボトムアップでパーパスを実践する
●社内環境整備が経営者の仕事
加藤さん:まず経営視点から伝えると、掲げるのは誰でも掲げられるわけです。本質論としては「パーパスを体現する組織としての行動」を生み出したいわけです。そのためには組織システムをつくる、つまりは社内環境を調えることが決定的に大事で、これは経営者の仕事といえるでしょう。
日本企業の多くでは、方針をつくったらキーマンを人事異動で決めたのちに「あとはよろしくな。頑張れ」「なぜできないんだ?」となり、失敗するケースが見受けられます。つまりは人に依存しすぎているのです。いきなり人事を動かす前に、まずは組織環境を整備するための組織開発が求められます。
経営者が組織システム・社内環境の整備をせずに、既存の手法・システムのままで人だけ変えて、「実践せよ」と言っても動きたくても動けないのです。
●ボトムアップで改善点を経営層に伝える
加藤さん:一方で中間管理職やミドルマネージャー視点ですと、ボトムアップが重要です。「言われたことをちゃんとやる」という日本文化的な企業の強さもありますが、弊害として「ここを変えましょう。これはもうやめましょう」をなかなか伝えません。しかし伝えないことには、経営者もわからないのです。
経営者へのコーチングの経験から、CXOクラスの方には現場の細かいところまでは見えていないことが多くあります。そのため、改善点や方向転換についてボトムアップしてもらえなければ、判断ができないのです。
よい組織開発のためには、トップダウンとボトムアップが交差する場をいかにつくるかが求められます。それぞれがミートする時に初めて組織に変化が生まれるのです。
組織システムは、戦略面と組織面の両方があり、経営の構造を変えないと変わらないです。個人がいくら頑張っても潰されてしまうこともあります。しかし忘れていけないのは、どんなことも一人ひとりの個人からはじまるということです。私が強調したいのは、意見をもった面白い人、ユニークな人が動ける環境づくりが経営者の役割ということです。ボトムアップだけで組織を変えるのは、残念ながら難しい現実があるのです。
気づきで終わらせない、組織開発の第一歩を
加藤さん:実践にこだわったイベントだと思うので、それぞれのセッションで刺激を受けて、「自分だったらどうするか?」を考えるとよいと思います。「この人に働きかけてみようかな」「こんな動きしてみようかな」など、できれば2つ上の上司に「余計なおせっかいかもしれないですが、どう思いますか?」という働きかけ・提案をしてみる方が出てくると嬉しいですね。
One Size Fits Allというような魔法はないので、「これいただき!」「これ自社で使えるかも」「これは自社では難しいかも」という取捨選択でよいのです。個人の学びで終わってしまうのはもったいない。「で、自分はどうするのか?」と具体的な行動に結びつける。単なる良い気付きで終わらせて欲しくないですね。
ただ、自分だけでは独りよがりの場合もあるので、同僚からもある程度共感を得たうえで、"一つの声"(One Voice)として2つの上の上司に働きかけることが、組織開発の第一歩です。
──ありがとうございました。DAY1では5つのセッションを通じて、パーパス経営実現のための制度設計や組織開発の事例をお届けします。
■「再考:両利きの経営」収益軸と成長軸の両立に、どう向き合うのか?
アクション・デザイン 代表取締役 エグゼクティブ・コーチ、組織コンサルタント / IESE(イエセ)客員教授 加藤 雅則氏が、「SmartHR Agenda #4 ~パーパスを実践する企業の挑戦 人手不足時代を乗り越える~」(2024年2月7日、14日、オンライン開催)に登壇。テーマは、「「再考:両利きの経営」収益軸と成長軸の両立に、どう向き合うのか?」。
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