かんぽ生命保険がWebアプリ開発・実行環境構築を“劇的に短縮”できたワケ
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リアルとデジタルを織り交ぜて顧客体験価値の向上を目指す
かんぽ生命のIT戦略を支え、ITシステムの企画から設計・構築・保守までを一手に担うのは、かんぽシステムソリューションズだ。同社のシステムサービス本部 クラウドインフラ部 担当部長 一井 茂雄氏は、現在の状況を次のように説明する。
「全国の郵便局ネットワークという強みだけでは、多様な年代、多様な価値観を持つお客さまのニーズを満たせなくなってきました。そこで、リアルとデジタルの施策を織り交ぜながら、きめ細やかなお客さま対応ができる体制を築き、顧客体験価値の向上を目指しています」
そこで2018年からは、取り組みの先駆けとしてデジタル・トランスフォーメーション(DX)を見据えたクラウド活用を開始。IBM Cloud上に契約者向けインターネットサービス「マイページ」を構築したり、公式コーポレートサイトを移行したりしてきた。
「マイページは、2019年のサービスイン当初は契約内容の照会や住所変更といった簡易な手続きの機能しかありませんでしたが、継続的に機能を追加しており、現在では入院保険金や手術保険金の請求、貸付金の申請や弁済といったクリティカルな処理も実装されています」(一井氏)
IBM cloud上に構築されるシステムは年々増加していったが、一方でAWSが提供する多彩な機能や開発者向け情報量が豊富であること等を考慮し、AWSを利用してシステム開発を行いたいというニーズも高まっていった。今でこそAWSを活用してかんぽ生命のDXを着々と進める同社だが、当初はAWSのスキルやノウハウを持ったメンバーは乏しく、AWS認定資格の保有者もほとんどいなかったという。
顧客体験価値につなげるアプリケーション開発のスピード感が課題
その要因は、複雑な調達プロセスに起因するITリソース調達リードタイムの長期化、外部委託による社内人材のスキルやノウハウの不足、標準ドキュメント・ガイド類の不足など多岐にわたる。
また、同社が定めるセキュリティー対策への準拠もリードタイム長期化の原因の1つだった。企画、設計、実装などの各工程において、重厚なセキュリティー・リスク・チェックの仕組みを設けており、これをクリアしなければ先に進めない。毎回、チェックリストに記入して承認を受ける必要があり、開発スケジュールの短期化を阻害していたという。
そこで、こうした課題を払拭するために、かんぽシステムソリューションズが注目したのが以下の4つのアプローチである。
- 既存Webシステムの構成をベースに、求められる非機能要件を網羅した標準環境の定義
- 標準環境のパラメータを定義するためのヒアリングシートや開発者向け利用ガイドの作成による開発環境の標準化
- コードで環境を自動構成するIaC(Infrastructure as Code)の仕組みの導入
- コンテナ・オーケストレーション・ツールやCI/CDサービスをフルに活用したDevOps環境の活用推進
しかし、そもそも課題の背景として、スキルやノウハウの不足を挙げている同社にとって、これらの取り組みを独力で進めることは容易ではない。「かんぽシステムソリューションズだけではパワー、ノウハウ、スキルで足りない部分があったため、パートナー企業との共創で進めることにしました」と一井氏は振り返る。
IBMとの共創で取り組んだ課題解決に向けたアプローチ
「IBMは自社で独自のクラウド・サービスを展開していることもあり、当初はAWSに強いというイメージを持っていませんでした。しかし、それはまったくの杞憂で、AWSのサービス1つひとつに精通したエンジニアをアサインし、弊社の環境や運用体制に寄り添って取り組んでいただけました」(一井氏)
プロジェクトでは、まずIBMが元となる標準構成のテンプレートを提示。これに対してかんぽシステムソリューションズ側は、これまでWebシステム基盤の構築をリードしてきたメンバーが参画し、「かんぽ生命として必要な非機能要件が満たされているか」、「アプリケーション開発者の視点で使いやすい環境になっているか」など、ユーザーサイドの意見でフィードバックを重ねていった。
「これらは1サイクルででき上がるものではなく、複数回繰り返して成果を確認しながら軌道修正するアジャイル型の発想でプロセスを回していき、最終的にかんぽ生命が求める標準的なシステムテンプレートを作りあげることができました」(一井氏)
アプリケーション実行環境の構築を劇的に短縮
これらによる定義では、各システムはAWSのアカウント単位で分割し、アカウント単位で提供することとした。そして個々のアカウントの中では、コンテナ・オーケストレーション・ツールとしてAmazon EKSを採用。データベース層はリレーショナルデータベースのAmazon AuroraまたはAmazon RDSを標準として、希望に応じてタイプを選択できるようにした。DevOps環境としては、AWSのCodeシリーズやAWS CloudFormationなどのマネージドサービスをフル活用している。加えて、かんぽ生命が求めるガバナンスを維持しつつ効率化を図るためのアカウント利用方法も整備した。
こうした標準構成を整備することによって、課題だった「顧客に価値を提供するスピード」は、どの程度改善したのだろうか。
「アプリケーション開発部門から環境構築の申請があり、利用開始できるようになるまで、ユーザー視点で約2週間にて完了できるプロセスを定めました。これは従来の環境構築スケジュールと比較し、劇的に短縮しています」と一井氏は強調する。
また、期間短縮によって業務工数は削減され、全体的なコスト低減に貢献。統一されたテンプレートによる環境構築は、品質の向上にもつながっている。このほかにも一井氏は、「社内にスキルがたまったことで人材育成にもつながり、AWS認定資格保持者も爆発的に増えました」と副次的な効果を語る。
大企業は、アプリケーション開発を主管する利用部門とITインフラを管理するIT部門が分かれていることが多いが、こうしたかんぽ生命の取り組みは、IT部門が統制を効かせた開発環境を短期間で作ることができた優れた事例だ。
今回の取り組みについて、IBM コンサルティング事業本部 AWS ストラテジック・パートナーシップ マネージャーの山﨑 まゆみ氏は最後にこう言及する。
「環境構築の自動化は、ツールを使えば実現できるものの、それを継続的に使えるようにするためには、設計や運用の改善への継続的な投資が必要です。AWSの導入を展開しスケールさせるためには、部門や組織を超えた共創を促進するリーダーが必要であり、特にリーダー間で協調できる仕組み作りが重要となります」(山﨑氏)
クラウド時代におけるインフラや運用の課題解消法をミニシアターで解説
かんぽ生命が登壇したAWS Summit Tokyo 2023では、IBMもブースを出展し、AWSを含むクラウド・ソリューションに関するミニシアターを開催した。その中からいくつか注目のセッションを紹介したい。
- オンプレミスとクラウドをシームレスに統合するメインフレームのマイグレーション
メインフレームを利用している企業は今でも少なくない。このモダナイゼーションをいかにして行うかが今後に向けた大きな課題であり、本セッションではIBMが採用する戦略・構想策定のアプローチを中心に解説した。アプリケーション可視化分析、移行方式の選択、ソリューション選定、移行計画策定など、顧客の環境やニーズに合わせて多様な選択肢を提供できることを強調した。
- ビジネスの柔軟性を向上させるセキュアなデジタル基盤「DSP」
変化の多いビジネスに追従するためにスピード感が求められるDXの取り組みにおいては、システム構築期間を短縮化しつつもセキュリティーを担保しなければならない。こうした要望に応えるソリューションとしてIBMが提供しているのが、デジタルサービス・プラットフォーム (DSP)である。本セッションでは、このDSPのAWSクラウド基盤構築ソリューションが企業にもたらす価値を解説した。
- 問題の早期発見と業務効率化を実現する AIを活用したIT運用サービス
昨今では、IT環境が急速に変化したことで運用の課題も多様化・複雑化している。たとえば、クラウド環境での運用監視ノウハウがない、アラートが増大している、影響範囲の特定に時間を要するといった悩みを抱えている企業も多いだろう。このセッションでは、こうした課題に対するあるべき運用の姿として、自動化とAIを活用したIT運用サービスを解説した。
- データ活用を加速する最新データ&AIテクノロジー
AWS上でのデータ活用を加速するソリューションとして、データ基盤構築を支援するCloud Pak for Dataと、計画業務を効率化するPlanning Analytics with Watsonを紹介。企業の重要なIT資産としてのデータ活用促進を支援するソリューションとして注目されている。
- AIを用いて楽して最適な管理を実現する「IBM Instana Observability」「IBM Turbonomic」
技術が高度化・複雑化する一方で、IT運用の人手不足に悩む企業は多い。これからは人の手作業に依存しない新しい運用のあり方が求められるだろう。本セッションでは、まさにこうした次世代の運用に役立つソリューションを解説した。少ない運用負荷でシステムの最適化を容易に実現できるのが、IBMのAIOpsソリューションである。
本イベントのIBMのブースでは、上記に紹介したセッションのほか、実際に画面を通じてInstanaやTurbonomic による AIOpsを確認できるデモも行われていた。クラウド化でIT運用が複雑化する中、こうしたソリューションの注目度はこれからも確実に高まってくることだろう。