事例でわかる先端医療×AWS、名大医学部附属病院で生まれた3つのシナジー
- ありがとうございます!
- いいね!した記事一覧をみる
研究成果の製品化を阻む“魔の川”“死の谷”
現在、医薬品開発の国内市場規模は約9.5兆円、医療機器は約2.7兆円と試算されている。ただし、これは世界的に見るとかなり赤字の状況だ。内視鏡などの診断機器の分野では一定の競争力を誇るものの、医薬品・医療機器の分野での存在感は薄いのが、日本の現実である。名古屋大学医学部附属病院 先端医療開発部 先端医療・臨床研究支援センターの杉下 明隆氏は、「特に課題となっているのが、最終製品へのコーディネート力の弱さ」と述べる。
「たとえばダヴィンチ(da Vinci)は米国発の手術支援ロボットですが、実は70〜80%程度の部品は日本企業が作っているといわれています。一方で、国産初のジェット旅客機MRJ(スペースジェット)も70〜80%の部品が海外製といわれていますが、国産とのことです。分野は異なりますが、医療分野では最終製品へのコーディネート力が重要なのです」(杉下氏)
こうした課題を受けて、安倍政権の日本再興戦略でも、医薬品・医療機器の開発力強化が重要テーマに位置付けられている。その1つが、アカデミア主導による医薬品・医療機器開発の推進だ。そのとりまとめ役として、2015年4月に日本医療研究開発機構(AMED)が設立された。
AMEDではさまざまな事業が行われているが、その1つが「革新的医療技術創出拠点プロジェクト」である。名古屋大学医学部附属病院は、この「革新的医療技術創出拠点」と医療法で定められた「臨床研究中核病院」の2つの機能を併せ持つ重要な拠点と位置付けられている。
「医薬品・医療機器の開発は、基礎研究、臨床試験に入る前段階、そして臨床試験、薬事申請といったプロセスを踏みます。その間には、"魔の川"や"死の谷"と呼ばれる障壁があり、多くの研究成果がそこで淘汰(とうた)されます。その障壁を打破することが、革新的医療技術創出拠点プロジェクトの目的です」(杉下氏)
カルテデータの研究活用に寄与する「シーズ情報収集管理システム」
「シーズ情報収集管理システム」は、精密医療・先制医療・予防医療を支えるシステムであり、「地域医療・地域包括ケアネットワーク」は、地域の医療を支えるネットワークだ。
このうち「シーズ情報収集管理システム」は、膨大な医療データの収集、活用を目的とする。同システムを開発した背景を、杉下氏は次のように説明する。
「電子カルテには、臨床研究の種(シーズ)が含まれていますが、研究するにはデータの匿名化が必要であり、かつ自由記載のデータも含まれるため、活用が難しいという問題があります。また、電子カルテ以外でも各科、プロジェクトごとにデータが個別管理されているという実態もネックです。さらにもう1つの課題は、情報管理の引き継ぎです。研究者の異動によって、情報が引き継がれないまま放置されるケースが少なくないのです」(杉下氏)
こうした課題を解決するために開発されたのが、「シーズ情報収集管理システム」だ。同システムでは、電子カルテを含む多様なデータを集約し、全研究者・全プロジェクトについて1つのシステム、1つの形式で統合管理できる。電子カルテのデータも匿名化して活用でき、研究者は研究データを個別に管理する負担から解放される。
「シーズ情報収集管理システム」は、オンプレミスのシステムとして約2年間かけて構築された。現在は、関連病院間のネットワークや他の研究施設、他システムと連携して活用されている。
AWSにより「健康医療信託システム」をスピーディーに構築
一方、次に杉下氏が取り組んだ「健康医療信託システム」の構築では、インフラとしてアマゾン ウェブ サービス(AWS)が採用された。「健康医療信託システムは、介護や健診などの行政が持っているデータ、地域ネットや消防が持っているさまざまなデータを取得し、品質をチェックした上で匿名化、研究に活用したり、機械学習で予測・判定したりするシステムです。AWSの活用で、従来のオンプレミスのシステムをクラウド上でスピーディーに構築できました」(杉下氏)
健康医療信託システムはすでに稼働を開始し、システムを活用したいくつかのプロジェクトが進行中だ。その1つが、「行政データ分析による高齢者・障がい者のエピソード予測」だ。1人の高齢者が健康な状態から亡くなるまでの変化を追跡・分析し、将来のリスクを予測して適切なサービスの提供を目指すプロジェクトだ。
また、高齢者が救急で搬送されたあと、その高齢者の情報を地域や関係者で検索できる仕組みを構築する「地域高齢者の救急時における情報検索」プロジェクトも進行中だという。
プロジェクトを通じた、AWS活用「3つのメリット」
健康医療信託システムの構築に際しAWSをインフラとすることで、技術面だけでなく、医療情報を扱う上での法令やガイドラインに関しても、他国の法令等を参考にさまざまな検討が行われた。たとえば、プライバシーと医療情報のセキュリティに関しては米国のHIPAA法、データセンターの品質保証についてECRIN(European Clinical Research Infrastructure Network)、情報の標準化についてはCDISC(Clinical Data Interchange Standards Consortium)などを参考にしたという。
また、問題が発生した際には管轄裁判所が米国になるのでは、という懸念もあったが、AWSではコントロールパネルの設定で管轄裁判所を日本に変更できることも選択の決め手となった。
杉下氏は、最後に、医療分野でのAWSの可能性について次のように締めくくった。
「当センターの先端医療開発や臨床研究支援において、AWSは十分活用できることが確認できました。メリットは3つ挙げられます。1つ目は医療情報を扱う上でのセキュリティです。HIPAA法への対応をはじめ、日本の法令・ガイドラインにも対応し、SLAも整備されています。2つ目のメリットは、サーバレスによる運用負荷の軽減など、最新技術への対応が早いことです。そして、3つ目が運用コストです。当初は、従量課金型の契約に戸惑いもありましたが、アクセス件数が少なければコストを低減できますし、研究の進捗(しんちょく)や優先度に合わせたコストコントロールができるメリットは大きいと思います」(杉下氏)
名古屋大学医学部附属病院 先端医療開発部 先端医療・臨床研究支援センターの取り組みは、医療分野における大規模システムでも、AWSが十分活用可能であることを示した。今後、他の医療機関・組織でも、同様の取り組みが活発化することが予想される。