もはや“クラウド前提”の医療業界、気鋭のヘルステック企業2社はなぜAWSを選んだのか
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クラウド活用が当たり前になったヘルスケア領域
ヘルスケア領域には、病院などの医療機関をはじめ、医薬品・医療機器のベンダー、保険者、政府など、さまざまなステークホルダーが存在し、各ステークホルダーがクラウド活用を進めている。特に海外では、ヘルスケアでクラウドを活用することは当たり前になっている。アマゾン ウェブ サービス ジャパン パブリックセクター 技術本部 シニア ソリューション アーキテクト 遠山仁啓 氏は、ヘルスケア領域でのクラウド活用事例としてGEヘルスケアの取り組みを紹介した。
GEヘルスケアでは「医知の蔵」というサービスを提供している。「医知の蔵」はCTやMRIの画像データを二重化し、病院内の閲覧用とは別に、長期保管とDR(ディザスター・リカバリ:災害復旧)対策を兼ねてクラウドに保存する。
「画像診断機器の高性能化に伴って、画像データ量は増加の一途をたどっています。そのため、院内でデータ管理するための電力コスト、人件費が問題となっています。医知の蔵は、その解決とともに、DR対策も実現するサービスです。もともとは別環境で運用されていましたが、全面的にAWSに移行することになり、現在、デザインの最終設計段階にあります」(遠山氏)
そのほか、地域連携ネットワーク「Centricity 360」やAIを活用した次世代プラットフォーム「エジソン(Edison)」でも、AWSが活用されている。「Centricity 360」は機器から出力される画像やレポートを地域の連携先医療機関へ迅速にシェアするサービス、「エジソン」は機器や装置から収集した膨大なデータ群を機械学習させてAIソリューションを提供するプラットフォームだ。
またAWS自身も、ヘルスケア関連サービスを強化しており、その1つが「Amazon Comprehend Medical」だ。これは機械学習を活用した自然言語処理サービスで、院内にある構造化されていないデータやドキュメント群から、文章内の複雑な関係性を理解した上で、医療用語を抽出・ハイライトする。米国では、すでに本サービスの応用事例も登場しているという。
「CTやMRIなどの画像には、保護医療情報(PHI)が含まれています。このため、データを活用するには、PHIをマスクして匿名化する必要があります。これまでは人手に頼っていましたが、『Amazon Rekognition』(AWSの画像・動画分析サービス)で画像のどこにテキストがあるか識別し、そこから保護すべきPHIデータを『Amazon Comprehend Medical』で検出、大量のデータセットに含まれるPHIを一気に識別・解除するという利用例がすでに米国で登場しています」(遠山氏)
ではここからは、AWSをインフラとして採用した、日本のヘルスケア・スタートアップ2社の取り組みを紹介していく。
オンラインで患者のモニタリング、問診、診療をする「YaDoc」
超高齢化社会を迎える日本の医療では、生活習慣病への対応が求められる。病気の早期発見・早期治療が重要であり、患者自身が自分の体の変化にいち早く気づける仕組みが必要になっている。また、患者がライフスタイルを変えたり、医療に主体的に取り組んだりする仕組み作りも重要だ。「YaDocは3つの機能を持ちます。1つ目が患者の普段の生活の状態を継続的にとらえるモニタリング機能、2つ目が診察前の問診入力を効率化するオンライン問診機能、3つ目がビデオチャットで診察を行うオンライン診察の機能です」(園田氏)
2018年1月から全国展開を開始し、現在は2000弱の医療施設が「YaDoc」を導入している。これは、オンラインでの診察、疾患管理の領域では国内トップを誇る。このYaDocを支えるクラウドとしてAWSを選択した理由について、同社 技術開発室 室長 島本 大輔氏は次のように説明する。
「2016年~2018年の最初の2年間は、EC2(AWSの仮想サーバ)やRDS(AWSのフルマネージド型データベース)などの基本的なサービスだけを使っていました。しかし、2019年から、AWSがヘルスケア領域への取り組みを本格化したことを受けて、AWSに特化することを決断しました」(島本氏)
AWSの活用で、3省3ガイドラインへの対応を実現
医療機関が医用画像などのデータをパブリッククラウドなどの外部に保管する際は、次の3省3ガイドラインに対応する必要がある。・厚生労働省:『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5版』
・総務省:『クラウドサービス事業者が医療情報を取り扱う際の安全管理に関するガイドライン(第1版)』
前述のガイドラインでは、機器で発生するイベントや操作ログを記録・監視することも規定されている。これに対しても、Systems Managerを導入することで対応したという。こうした経験を通してわかったAWS活用のメリットを、島本氏は次のようにまとめる。
「ログの記録・管理は、サービスを開発する企業に共通する悩みです。しかしAWSを活用すれば、こうした共通部分の開発・構築は不要もしくは最小限で済みます。また、APIを使って、ほとんどの処理を自動化できるメリットも大きいと思います」(島本氏)
さらに、AWSをうまく活かすポイントについて「権限設定の把握、定期的な情報収集、アーキテクトやリファレンスを活用すること」と語った。
患者に“付加価値”を与える電子薬歴システム「Musubi」
同社 代表取締役CEO 中尾 豊氏は「ITで医療にイノベーションを起こそうとしても、高齢者の中にはインターネットを使うことが得意ではなかったり、アプリをダウンロードして使う人が多くなかったりします。オウンドメディアで情報を発信しても、検索もしてくれないのが現実です。また、生活習慣病の方々へのアプローチも必要ですが、こうした方々は、痛みを伴わないため、意識の高い方以外は、なかなか能動的に動くことが難しい状況にあります。そこで発想を転換し、“高齢者でも能動的でない人でも自然に通る場所”に情報を差し込もうと考えたのです。それが“薬局”でした」と語る。
中尾氏によれば、薬局は全国に6万店舗もあり、コンビニより多いという。さらに患者と薬剤師が1年間で会話する回数は8億回に上る。この“8億回のタッチポイント”を活かし、薬局が提供するサービスに付加価値を提供すると同時に業務も効率化するサービスが、電子薬歴システム「Musubi」だ。
中尾氏はAWSを選択した理由について、「我々は、患者さんの得になる体験を提供する医療のプラットフォーマーを目指しています。それを最速で実現するインフラがAWSでした。選択にあたっては、製薬会社や大手病院などの多くの医療機関がすでにAWSを活用していたことが安心感につながりました。また、外部へのAPI公開が容易なので、今後、電子カルテや地域医療ネットワークと接続するのも容易だと思います」と説明する。
「患者と医療をつなぐ」ことをミッションに掲げる同社では、中長期的に他医療機関との連携を含めた医療プラットフォーム構想も見据えているという。こうした将来構想を支えるインフラとしても、AWSが同社の条件を満たしていたのである。
このように、AWSでは医療業界で採用実績があるサービスが数多くあり、医療・ヘルスケア分野でのクラウド活用を後押ししている。さまざまなステークホルダーに最適なサービスを提供していくことは、IT化が進む同分野の発展にも寄与するだろう。AWSの医療業界への取り組みおよび、AWSを活用するスタートアップ企業の今後の活躍に期待したい。