ビジネスを変える「量子コンピューターの勘所」を解説、今備えるべきことは何か
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さまざまな分野で活用が模索されている「量子アニーリング」
2019年6月18日、TKPガーデンシティPREMIUM田町にて、NEC(日本電気)主催のセミナー「ユースケースや将来の展開を知りたい方のための『量子コンピューターセミナー』」が開催された。量子コンピューターについて予備知識があまりないビジネスパーソンやエンジニアを対象に、基本的な知識やユースケースを中心に、かみ砕いて解説された。今後、大きく注目されるであろう「量子コンピューター」の基本をレポートする。イベント冒頭では、早稲田大学 准教授 田中 宗氏が登壇し、「量子アニーリングマシンでのユースケース例」と題した講演を行った。
現代の量子コンピューターは、大別すると「ゲート式」と「量子アニーリング」の2種類に分かれる。田中氏は量子アニーリング応用研究における国内の第一人者として活躍している。
ゲート式量子コンピューターは、素因数分解やデータベース検索、量子化学計算といった多様なコンピューター問題を、これまでにないほど高速に解くことが期待されている次世代コンピューターである。IBMやグーグル、マイクロソフトなどがその研究に多大な資金を投入しているが、現時点では、まだ開発・実験段階の技術である。
一方の量子アニーリングは、いわゆる「組合せ最適化問題」を解くことに特化した次世代コンピューターで、すでにカナダのD-Wave Systems(D-Wave)から商用製品が提供されている。
「組合せ最適化問題」とは、膨大な選択肢の中から、特定の「制約条件」を満たし、かつ「ベスト」な結果をもたらす選択肢を探索することを指す。現実世界においては、有名な「巡回セールスマン問題(いくつかの都市を一度ずつ訪問して出発点に戻るという条件で最短の移動経路を求める問題)」をはじめ、シフト表作成や配送計画立案、集積回路の最適化、経営戦略立案など、実にさまざまな場面に組合せ最適化問題が潜んでいる。
「組合せ最適化問題は、選択肢の数が少なければ、すべての選択肢を列挙して、その中でベストなものを選び出せばよいだけなので簡単に解けます。しかし組合せ最適化問題の難しい点は、要素数が大きくなるにつれて選択肢の数が一気に『爆発的に増加』することです。巡回セールスマン問題で言えば、訪問する場所の数が多くなると訪問順番の選択肢は激増します。そうなった途端、すべての選択肢を列挙するという方法は現実的には不可能です。そのため、厳密に最適な解を得るのではなく、精度の高いベターな解を高速に得るというアプローチを取ろうというわけです。量子アニーリングはそうしたことが可能になるだろうという期待があります。現在、産学共同研究を通じて、さまざまな業種の中において量子アニーリングで解くべき組合せ最適化問題がどこに潜んでいるかを洗い出しているところです」(田中氏)
成果を挙げつつある量子アニーリングのPoCプロジェクト
前述のように、すでに商用の量子アニーリングマシンは提供されているものの、その性能はまだ限定的で、量子アニーリングのユースケースのほとんどは概念実証(PoC)の段階にとどまっている。とはいえ、すでに国内外のさまざまなPoCプロジェクトが成果を挙げつつある。たとえば、田中氏が率いる早稲田大学の研究チームとリクルートコミュニケーションズが共同で実施した「オンライン広告表示最適化」の検証についてだ。D-Wave最新機種により、金融の「ポートフォリオ最適化理論」を、オンライン広告想定データに適用することで、広告表示の最適化とこれに伴うクリック率向上の可能性を示唆する結果を得たという。
また早稲田大学と東京大学、NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)による共同プロジェクトでは、やはりD-Waveの最新機種を使って、構造のパターンが膨大にある物質群の中から高性能な物質構造を高速に探索することに成功している。
このほかにも、渋滞回避ルートの高速探索や工場内の無人搬送車の移動ルート最適化、荷物梱包や集積回路設計の最適化など、実にさまざまな分野で量子アニーリングの可能性を探るPoCが進められている。
さらに早稲田大学とNECは、東京工業大学や産業技術総合研究所、豊田通商、フィックスターズ、情報・システム研究機構 国立情報学研究所と共同で「イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発」を進めており、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発」(注1)にも採択されている。
「量子アニーリングマシンを使いこなす共通ソフトウェア基盤の研究開発に採択」
「量子アニーリングをより多くの人々に身近に感じてもらえるよう、高度な専門知識がなくとも、さまざまなイジングモデル(量子アニーリングをつかうための物理学のモデル)をAPI(Application Programming Interface)経由で手軽に利用できる共通ソフトウェア基盤の開発を進めています。このプロジェクトにおいて、NECさんにはハードウェア面で協力いただいています。この取り組みをより実りあるものにするために、ぜひ多くの企業から幅広い意見を頂戴できればと考えています」(田中氏)
量子アニーリングのハードウェア開発で世界をリードするNEC
続いてNEC 中央研究所 上席技術主幹 中村 祐一氏が登壇し、「技術の進化とNECの取り組み」と題した講演を行った。量子コンピューターは、単一のビットで0と1の両方の状態を同時に保持できる性質を持ち、これを計算処理に生かすことで従来のコンピューターと比べて桁違いのスピードで問題を解くことができる。これによって、特に「しらみつぶしの効果」が期待されると中村氏は説明する。「ゲート式量子コンピューターを使えば、ある特定の問題領域において考え得るほとんどの選択肢をしらみつぶしに検査できます。そうすれば、無数の選択肢の中に埋もれているごく少数の『素晴らしい解』を発見できます。ただし、ゲート式量子コンピューターには、技術的な課題がまだ数多く残されており、実用化はまだ当分先だと見られています。そこで、完全なしらみつぶしではないものの、かなりしらみつぶしに近い広範検査を高速に行える方法として、量子アニーリングが考案されました」(中村氏)
量子アニーリングはゲート式ほどのしらみつぶし検査はできないものの、ある程度広範な選択肢を高速に検査し、「素晴らしい解」をかなりの確率で見いだせる。また技術的な制約がゲート式と比べて少ない分、比較的容易に規模を拡大できる。
NECは現在、この量子アニーリングのハードウェア分野において世界をリードしているという。1999年に世界で初めて0と1が共存できる固体量子ビットの動作検証をして以来、同社独自の量子技術を育んできた。
一般的な量子ビットの素子が磁気を用いて0と1が共存する状態を作り出しているのに対して、NECをはじめとするグループはマイクロ波を用いた独自の方式を編み出し、従来方式より0と1の共存状態を長い間保てるようになったという。
「量子コンピュータを評価する際には、よく量子ビットの数が話題になりますが、重ね合わせ状態を保てる時間(コヒーレンス時間)も同じぐらい重要な評価指標になります。一般に、規模の大きな問題を解くために多ビット化するとさまざまな擾乱(熱や外部からのノイズなどが重ね合わせ状態を乱そうとする効果)によりコヒーレンス時間が短くなってしまいます。マイクロ波を与えるNEC独自の方式は、多ビット化しても擾乱を受けづらく、量子の0と1の重ね合わせ状態をより長く保てます。よってその分、組合せ最適化問題において多くの選択肢を検査でき、完全なしらみつぶしの精度により近づくことができます」(中村氏)
なお、NECと早稲田大学は、東京工業大学や横浜国立大学とともに「超電導パラメトロン素子を用いた量子アニーリング技術の研究開発」を進めており、NEDOのプロジェクト「高効率・高速処理を可能とするAI チップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発」(注2)にNECが代表事業者として採択されている。
本プロジェクトでは現在、2014年にNECが開発した最新の素子「超電導パラメトロン素子」をベースにコヒーレンス時間のさらなる伸長に挑んでおり、これを複数個並べることで、これまでにない性能を備えた量子アニーリングマシンを実現できる見込みだという。
「2023年までにはすごいものができる予定です。そこに向けて、ぜひ皆さんも、自社にどのような組合せ最適化問題が現存するかを調べるとともに、量子アニーリングマシンを今から体験して、2023年のブレークスルーに備えておくことをおすすめします」(中村氏)
自社の業務に潜む「組合せ最適化問題」を見つけ出せ
「まずは、自社の業務の中に埋もれている組合せ最適化問題を発掘して、それに対して量子アニーリングを適用することで、どのようなインパクトがもたらされるのか、思考実験を行うことが先決だと思います。それと同時に、D-Waveの体験プログラムなどで実際に量子アニーリングを体験しておくことも効果的です。弊社では2023年までに“すごいもの”を出す予定ですから、そのときにNEC製品に乗り換えていただければ構いません(笑)。NEDOのプロジェクトでは、現在、早稲田大学を代表としたチームが共通ソフトウェア基盤を開発していますので、それが実現すればハードウェア乗り換えのハードルはぐっと低くなるはずです」(中村氏)
また、組合せ最適化問題を見いだすコツとして、田中氏は「堅苦しく考えないこと」を挙げる。
「会社の部署内でノルマを設けて無理やり課題を抽出するようなやり方ではなく、最初はほんのちょっとした思い付きやアイデアレベルで軽く試してみるのが良いと思います。また社内だけでなかなかよいアイデアが浮かばない場合は、大学や研究機関、ベンダーといった外部の専門家と意見交換やディスカッションをしてみると、思わぬところに組合せ最適化問題を見いだせることもあります」(田中氏)
「量子コンピューター」は社内に物理の専門家がいないと活用できない?
「量子コンピューター」と聞くと、「物理学の専門家が社内にいないと使いこなせないのではないか」と考える企業も少なくないと思われるが、田中氏によれば「そんなことはまったくない」という。
「単に使うだけであれば、物理学の専門知識がなくとも、簡単に量子アニーリングマシンなど次世代ハードウェア(イジングマシン)を使えるようになるよう、現在NEDOプロジェクトで共通ソフトウェア基盤を開発しています。その際に必要な知識は、高等学校で学ぶ程度の数学の延長と、Pythonなどを使った基本的なプログラミングスキルのみです。この両方があれば、あとは数カ月の実践で十分使えるようになります。ただしより詳細にイジングマシンの中身を知りたいという話もよく聞きます。そうした場合にはやはり、大学や研究機関、ベンダーとの共同研究開発の取り組みを考えるとよいでしょう」(田中氏)
なお、来るべき量子コンピューティングの時代に向けて、中村氏は「現存する組合せ最適化問題だけでなく、将来の成長に向けた使い方にぜひチャレンジしてもらいたい」と述べる。
「量子コンピューターを使うと、普通のやり方では絶対に見つからない解がポンと見つかることがあります。そういう知見を生かして、現存する課題の解決だけでなく、新しい収益源やビジネスモデル、働き方、新たな物の作り方などを発見できるかもしれません。これをいち早く見つけられた企業が、今後は急成長していける時代になるのだろうと思います」(中村氏)