Takaya Yamaguchi　Takahiko Wada　Kentaro Sugiyama

［東京　８日　ロイター］ - 日銀が累次の政策柔軟化に踏み切ったことで、次の焦点はマイナス金利の解除時期に移っている。足元では日本経済を支える内需に弱さが目立ち、一時はプラスに浮上したＧＤＰ（国内総生産）ギャップが再びマイナスに沈んだ。デフレに後戻りしかねない危うい状況下でも、正常化に向けた歩みを進められるかは今後、正念場を迎える。

＜なお残る慎重論＞

「さすがに年内は慎重に見極めるタイミングではないか」。２０１６年１月から続くマイナス金利の解除を巡り、政府関係者の１人は市場の観測も交え、こう指摘する。

内閣府によると、２３年７―９月期の実質ＧＤＰが４四半期ぶりのマイナス成長に沈み、速報ベースの需給ギャップはマイナス０．５％となった。８日発表された改定値では実質ＧＤＰの年率換算が２．９％減（速報値は２．１％減）と、マイナス幅はさらに広がった。

需給ギャップは４―６月期に３年９カ月ぶりのプラスに戻していた。ただ、改定値を踏まえさらに需要不足が深まることが予想される現状では、プラス基調に戻ったとは言いがたい。

ＧＤＰ速報値が公表されて以降は日銀からも慎重な声が続いた。中村豊明審議委員は先月３０日の講演で、金融政策の修正には「もう少し時間がかかる」と言及。中村委員に先立ち、安達誠司委員は賃上げのすう勢が把握できるのは「年度明け（２４年４月）以降」と述べた。

市場には「ＧＤＰギャップの重要度は賃金動向や賃金と価格の相互作用に比べれば明らかに劣るが、１０―１２月期の実績が公表される来年２月１５日以前の政策修正は考えにくい」（ＳＭＢＣ日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミスト）との声がある。マイナス成長を放置して正常化を開始するには課題が残るとの見方だ。

＜早期解除の腹の内＞

とはいえ「腹のうちは早く正常化に向かいたいというのが日銀の本音だろう」と、別の政府関係者は語る。さえないＧＤＰが出てもなお、堅調な企業収益や労働需給のひっ迫を背景に来年の春闘への期待感が日銀では強い。

来年の春闘に先立ち、連合は１日にベースアップ（ベア）と定期昇給を合わせ５％以上の賃上げを目安とする方針を固めた。賃上げに前向きな大手企業も増えており、次の春闘は、賃上げを伴う形で、持続的・安定的な物価安定２％目標の達成をめざす日銀に追い風となり得る。

市場では、来年前半のマイナス金利解除を予想する声が多く、「市場の織り込みが進むなかで年明け以降も動けない状況が続けば、かえって円安を招き、消費に水を差す恐れがある」（前出の関係者）との声も、政府内にはある。

首相周辺によると、ガソリン補助金の延長などで当面の物価高に対処し、２４年６月の減税で可処分所得を引き上げ、その先のデフレ脱却宣言を視野に入れる。

「政治判断を伴うデフレ脱却宣言を待っていたら日銀は当面動けない。副作用対応を理由にマイナス金利解除を先行させる可能性がある」と、みずほリサーチ＆テクノロジーズの酒井才介主席エコノミストは言う。

＜思わぬ外圧にリスク＞

正常化への歩みを模索する日銀に対し、今のところ政府・与党から表立って反発する動きは出ていない。植田日銀は７月と１０月にイールドカーブ・コントロール（長短金利操作、ＹＣＣ）の柔軟化に踏み切ったが、「うまく乗り切った」と評価する声がむしろ多い。

今後焦点となるマイナス金利の解除判断を巡り、政府内では「（日銀が動くことで）景気が腰折れして実質賃金のマイナスが深くなるのは避けたい」との懸念は残るが、一方で「政府・日銀があるべき経済に向かっていると海外投資家に受け止められれば、再評価する動きが出るかもしれない」と期待する声もある。

ただ、物価高に賃上げが追いつかない現状を打開し、岸田文雄政権がめざす好循環を実現するには変数も多い。欧米で金融引き締めの影響が強まれば輸出が伸び悩み、引き続き外需がマイナス寄与となるリスクは拭えない。中国経済にも暗雲が漂う。

日銀の植田和男総裁は７日の参院財政金融委員会で、今後の抱負を問われ「チャレンジング（挑戦的）な状況が続いているが、年末から来年にかけて一段とチャレンジングになると思う」と応じた。思わぬ外圧にさらされれば、正常化戦略に水を差すおそれがある。

（山口貴也、和田崇彦、杉山健太郎　編集：橋本浩）