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米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が、早期利上げを示唆する発言を行った。新型変異株の感染拡大で株価が下落する中での発言であり、インフレ抑制を重視する姿勢が鮮明になったと見て良いだろう。市場はいよいよ難しい局面に入ってきた。
全世界的に進むインフレが状況を変えた
量的緩和策はリーマンショックに対応するために実施された金融政策であり、市場には大量のマネーが供給されてきた。中央銀行が大量の国債を買い入れるというのは、あくまで非常措置なので、いつまでも継続できる政策ではない。米国経済は量的緩和策によって無事、回復軌道に乗ったことから、FRBはテーパリング(資産買い入れ額を徐々に減らしていくこと)を開始しており、2022年には金利の引き上げも予定している。
FRB議長を務めるパウエル氏の再任がほぼ確実になったことから、来年以降、金利の引き上げが粛々と行われると多くの市場関係者が予想していた。ところが一向に止まらないインフレと新たな変異株であるオミクロン株の感染拡大が状況を一気に変えつつある。
このところ原油を中心に多くの商品価格が上昇しており、全世界的なインフレの様相を呈してきた。物価上昇の直接的な要因はコロナ後の景気回復期待による需要の急拡大だが、背景にはもっと複雑な事情がある。
新興国の生活水準の向上で世界の総需要は増大する一方であり、これに米中の政治的対立という問題が加わった。これまでの米中貿易は相互に足りないモノを融通するという相互補完的な関係だったが、貿易戦争勃発以降、米中企業はそれぞれ個別に商品を発注するようになっている。こうした状況ではスケールメリットが失われるので、調達コストは上がらざるを得ない。
原油について言えば、脱炭素シフトという流れも大きく影響している。近い将来、石油の需要は大幅に減少する可能性が高く、産油国にしてみれば、今のうちに最大限の利益を上げておきたいとの意向が働く。消費国からの増産要請には簡単に応じないと予想する専門家は多い。
新興国の経済成長による需要増大、米中対立、脱炭素シフトという動きは、一過性のものではなく、簡単に解消できる問題でもない。つまり、このところ進んでいるインフレというのは、構造的な要因が多分にあり、今後も継続する可能性が高まっているのだ。
パウエル議長はスタンスを豹変させた
当初、パウエル議長は「インフレは一時的なもの」との見解を示し、FRBの金融政策に変更はないというスタンスを示していた。中央銀行総裁の発言は市場に大きな影響を与えるため、発言の整合性について常に意識せざるを得ない。このため議長の発言は慎重な内容に終始することがほとんどであり、その意味ではインフレに対する「一時的」との見解も予想通りではあった。
ところがインフレの進展があまりにも急ピッチであることから、FRBもスタンスの変更を余儀なくされた。パウエル氏は11月30日、議会証言を行い、これまで用いてきた「一過性」という表現に関して「この言葉を使わないようにする良いタイミングがきた」と述べ、事実上、スタンスの変更を認めた。
市場関係者が特に驚いたのは、発言が行われたタイミングである。発言の4日前である11月26日には、アフリカでオミクロン株が確認されたというニュースが伝わり、東京株式市場とニューヨーク株式市場では株価が大きく値下がりしていた。世界同時株安も意識される状況であり、パウエル氏が金融正常化を遅らせ、緩和的スタンスを継続すると予想する市場関係者も多かった。
ところがフタを開けて見ると、緩和的スタンスの継続どころか、金利引き上げの前倒しも示唆するという強硬な内容だった。当然のことながらこの局面で金利引き上げに言及すれば、確実に株価に悪影響を及ぼす。それにもかかわらず、パウエル氏が強硬発言を行ったということは、多少株価が犠牲になったとしてもインフレ抑制を最優先するという強い意思表示にほかならない。
米国の為政者にとってインフレというのは最も警戒すべき動きのひとつである。米国は世界でも突出した消費国家であり、国民が消費生活を謳歌できるかどうかが重要な意味を持つ。一部の大都市を除き米国はクルマ社会でもあり、ガソリン価格の高騰は政権批判に直結する。
金融当局にとってもインフレは絶対に阻止すべき対象と言って良い。FRBの金融引き締め判断が遅れたことで、10年にもわたるスタグフレーション(不景気下のインフレのこと)を招いてしまった70年代の苦い記憶があるからだ。
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