- 2009/02/04 掲載
【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(3):コンサルタントとは何か(2/2)
コンサルタントの行動規範
帰りの電車の中で、山口は岩崎の厳しい「電車OJT」を受けることになった。「クライアントの鈴木さんに、すでに比較表は出していると言われて、だけどコンサルティング契約はしたのだから話してくださいと言うのは間抜けだな」
岩崎はいつものように、刺すような視線で迫ってきた。
「すみません」
山口はそう言うしかなかった。岩崎は、またしてもみごとにまとめて見せたのだ。
「コンサルタントは、常にコミュニケーションでリーダシップを発揮しなければならない。誰が、リーダシップも発揮できないコンサルタントの提案など聞くか。君のバリュー・リスニングで、何とかならないのかい」
岩崎のバリュー・リスニングという言葉を聞いて、山口は違和感を覚えた。山口は、今日バリュー・リスニングを駆使しようと努力したつもりだ。岩崎にいわれたように、昨日は可能なかぎり仮説を作った。岩崎に言われてしまったが、「顧客は事実を押さえていないから技術の選択ができていない」という仮説ももちろん用意していた。そしてそれを顧客に言った。いったい何がいけなかったのか。
「君は、バリュー・リスニングで行うコミュニケーションの順番を間違えている。ろくにクライアントの話を聞かずに、『貴社は、まだ技術評価のための事実をすべて押さえていないはずです』と言っただろう。人間誰だって、自分達の問題を指摘されるのは楽しくない。プライドや保身で、問題を否定したり、はぐらかしたりすることはよくある。だからコミュニケーションの順番は、(1)相手からの視点の獲得、(2)自分の心の中での仮説の構築、(3)仮説の妥当性を証明する事実の質問、(4)相手からの答え(事実)に基づき頭の中で仮説の妥当性の検証、(5)仮説の提示、でなければならない。視点を得てピンときたからといって、いきなり問題を指摘してはいけない。どのような事実を聞けば、その仮説が立証できるか考え、これを相手に尋ね、立証できたと判断した時、仮説を明言して確認するんだ」
山口は、岩崎がにこにこしながら顧客から事実を聞き、その後真顔になって『貴社は事実を押さえていらっしゃらないですね』といったのを思い出した。
「次回以降、気をつけます」
またしても、シニアコンサルタントとの能力の差を見せ付けられた山口は、下を向いた。その時山口は、岩崎のアドバイスに触発されるものを感じた。
「ところで岩崎さん。今の話はバリュー・リスニングを進めるための技術の1つですね。仮説構築なども、バリュー・リスニングを支えている技術ですよね。昨日の『コンサルティングノウハウ検討会』では、『技術』のほかに、バリュー・リスニングの推進プロセスも議論しました。また、事前に徹底的に準備することや、考え抜く執着心といった、『行動の原則』のような話もあった。仮説構築の材料としての『事例』が重要だということも。単純に『バリュー・リスニング』と名前をつけましたが、ノウハウの体系としてみると、技術やプロセス、知識、行動の原則などが交じり合ったものなんですね」
「『コンサルティングノウハウ検討会』は、いい試みだ。その検討会で、コンサルティングノウハウの交じり合ったものを解きほぐして、ちゃんと体系化して見せてくれ」
「わかりました。今日の議論で、体系化の糸口が見えた気がします」
山口は、以前勤めていた会社で培った標準化技術が、コンサルティングノウハウの体系化に使える気がしたのだ。
しかし山口には、今日のインタビューでもう1つ気になることがあった。
「今日クライアントが、『素人に何ができるか』と言われた後、岩崎さんが使ったのはどんなコンサルティングノウハウですか」
岩崎は、山口の問いに一瞬考えてから答えた。
「コンサルタントは、クライアントが到底出せないような答えを出すから、高い付加価値が維持できる。したがって、まずクライアントの現在もっている命題に関する検討結果や答えの想定は、遠慮会釈もなく聞く必要がある。現在までにクライアントが、何を明らかにできたか、何がわからないかは、コンサルティングのスタートだ。だから、クライアントには、関係することをすべて聞く。もし、聞いても『それはわれわれが苦労して出したものだから』とか『それを考えるのはあなたがたコンサルタントでしょう』などといって出し惜しみするクライアントがいたら、『われわれは、あなたがたの検討結果や答えの想定をスタート台にして、あなたが到達できない結果をもってくる』と言えばいい。この場合、クライアントが努力してもわからないことは、クライアントの専門技術では解けない。だから極論すれば、これを解くコンサルタントは、専門技術など知らなくていい。もちろん実際には、短時間の間に技術の概要を把握することは当然だ。しかしコンサルタントに求められるのは、本質的な問題をえぐり出し、これを解く能力だよ」
「コンサルタントの行動規範のようなものですか」
「まさしくそうだ。行動規範とそれを実践して効果を上げてきたという自信が、『素人に何ができるか』という声を打破するんだ」
岩崎は、いつものようにまっすぐに山口を見て、彼が話についてきていることを確かめた。
「さらに言うなら、検討結果や答えの想定を聞くのと、現状を聞くのはちがうんだよ。君は、各技術の詳細をいろいろ聞いていたが、技術の詳細などの現状が知りたければ、事務局から資料をもらえばすむ。また、詳細な調査がいるなら、それは仮説ができあがってからでいい。仮説がなければ、何を調べていいかわからないだろう。だから、現状ではなく、クライアントの現在までの検討結果や答えの想定を聞く。現状を細かく聞いていると、仮説構築が遅れる。仮説構築には、多面的な検討がいる。社内だけではなく、社外の情報も得なければならない。だから、現状ではなく、検討結果や答えの想定を聞いて、効率よく視点を得る必要があるんだ」
「たとえば、どういうことですか」
そろそろ話に着いていけなくなった山口は、伝家の宝刀『たとえば』を引き抜いた。
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たとえば、ストレスが引き金になっているなどという仮説をこちらで想定し、このパイロットの私生活で最近変わったことはなかったかということを聞くわけだ。けっして、「あなたは飛行機操縦のプロではない」などという患者の言葉に狼狽せず、このようなインタビューからプロとして仮説を構築し、その後の診断でこれを検証するんだ。その時、操縦パネルの位置や、気圧変化を聞くかもしれない。しかしこれは、現状を知るために行うのではなく、仮説検証のために行うのだ。もちろん飛行機操縦の詳細を聞けば、仮説構築・検証にプラスになるかもしれない。しかしそれでは、効率が悪い。原因が飛行機操縦にだけあるともかぎらない。彼の家庭が原因かもしれない。だから、多面的な視点と知識をもとに、患者から最大限答えの仮説を引き出し、診断の効率を上げるんだ。どうだい。理解できたかい」
山口は、うなずいた。
「このノウハウに、君は何て名前を付けるんだ」
岩崎の問いに、山口は先日釣井と議論した、ノウハウの分類を思い出した。
「これは、コンサルタントの行動規範ではないでしょうか。コンサルタントは、顧客には到底たどり着けない答えを出す。この誇りをもとに、顧客が今までに出した成果は、すべて最初に把握する。顧客に何と言われようと、遠慮会釈もなく聞く。『自信を持って聞け』という、行動規範だと思います」
「釣井君と君は、ノウハウの分類まで始めたのか。分類もいいが、忘れるな。君はコンサルティングの評論家になるのではない。コンサルタントになるのだ。ノウハウの分類や定義と、これの実践の間には、大きな差がある。コンサルタントのノウハウは、泣かないと身につかないんだ」
「泣く?」
「コンサルティングの怖さ、コンサルティングの達成水準を知ることだよ」
「昨日岩崎さんは、事前に仮説をいくつも作ると言われていましたね。そのことですか」
「事前準備で仮説をいくつも作ることは、手段でしかない。達成すべき基準は、『クライアントの意向を越える』ことだ。これは、絶対にA社のプロジェクトで学んでもらうよ」
岩崎の顔が厳しくなったのを見て、山口は話題を変える方が懸命だと考えた。そこで、昨日から悩んでいることをぶつけてみた。
「ところで、コンサルタントの行動規範ですけど、ウチの会社には、全部でいくつあるんですか。普段岩崎さんが言っている、『何の落とし所も持たずに会議を行うコンサルタントは、地図を持たない登山家と同じで、すぐに遭難する』とか、『話をまとめる前に口にするなんて、コンサルタントのやることじゃない』といったものは、代々受け継がれてきたものですか」
岩崎は山口の問いを聞くと、急に遠くを見るような顔をした。
「僕の先輩が教えてくれた。君は知らないだろう。君が途中入社した時には、すでに亡くなっていたから。彼は、『片時もいいかげんなことは言わない』という言葉で、僕にいろいろな行動規範を教えてくれた。その先輩が、誰に教わったかは知らない。ただ一つ言えることは、ウチの会社には代々、コンサルティングノウハウを大切にし、後輩に惜しみなく教えていく風土があることだ。『電車OJT』がいい例だろう。きっとこの風土が、ウチの強さの根源だと思うよ」
「その先輩は、何で亡くなったんですか」
「肺がんだった。コーヒーとタバコが好きな人だった。ある日冗談で、『死ぬときは、肺がんか胃がんですね』といったら、『コンサルタントらしくない。そのどちらかが問題だろう』と怒られたよ」
『片時もいいかげんなことは言わない』という言葉が、山口の頭の中でこだました。
電車が、駅に近づいた。岩崎は、また厳しい顔に戻っていた。
「ところで、今日の鈴木さんのインタビューで、コンサルタントがえぐり出すべき本質的な問題は何だった」
「クライアントは、結局事実で立証しないまま、定性的・主観的な評価のみで技術選択をしようとしている。そのため、それぞれの主張が平行線で決まらない。これが、本質的な問題です」
山口は、自信をもって答えた。岩崎は、厳しい表情を変えないで続けた。
「だとして、これからどうする」
「定性的、主観的な技術評価のかわりに、リサーチで候補となる技術ごとのメリット・デメリットを、事実に基づいて調べればいいですね」
「また、『ですね』かい。君が行おうとしている、メリット・デメリット表だけで、A社の命題は解けないよ。丸の数が多い少ないだけで、会社の将来を決められるはずがない。答えを出すのが、コンサルタントでない。行動規範よりも、コンサルタントとは何か、考えるべきだ」
電車が駅についた。岩崎は、ほかの顧客に行くといって、その駅で降りた。ABCコンサルティング社では、シニアコンサルタントは、常時2~3案件をこなしている。なぜあのような高い生産性が達成できるのだろうか、と山口は感心した。もしかしたら彼らのあの生産性も、コンサルティングノウハウのおかげなのだろうか。電車が発車した。山口は、岩崎の最後の言葉を反芻した。コンサルタントとは何か…。コンサルタントとリサーチャーは違うはずだ。しかしどこが違うか、山口はそのとき、その本質がわかっていなかった。これがその後、「火を噴く」原因になることを、山口はまだ知らない。
≪次回へつづく≫
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