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- 2024/11/21 掲載
生成AIは創作者の仕事を奪うのか? 脚本家や漫画家、編集者の場合
稲田豊史のコンテンツビジネス疑問氷解
脚本家の仕事はAIに奪われるのか?
小林氏は開口一番、「生成AIが完成度の高いシナリオを書けたところで、それによって脚本家の仕事は奪われないでしょう」と言い切った。「大半の商業作品の脚本は、必ずしも脚本家の個性や資質だけに頼って書いてるわけじゃないんです。監督やプロデューサーや出資各社それぞれの意見を、物語だけでなくキャラクターのセリフレベルにまで極力全部反映して、破綻なく成立させる。脚本家とはそういう仕事です。そのチームが望んでいる最適解をシナリオに落とす役、ですね」(小林氏)
脚本家が初稿で書き上げたシナリオがそのまま通ることはまずない。会議で出たさまざまな意見を脚本家はすべて書き留め、次の稿に反映する。その稿にもたくさんの意見が寄られ、また反映する。それを何度も繰り返す。筆者が居合わせたある現場では、脚本が10稿以上も重ねられ、物語の展開や登場人物の印象が、初稿からは目に見えて変わっていた。
「しかも、会議で出された意見を言葉どおり反映するだけではダメで、言葉の裏も汲まなければなりません。『あのプロデューサー、ああ言ってたけど、本心ではこうしてほしいんだろうな』みたいに推し量る必要がある。言外の意図も汲んだ直しをすることも含めて脚本家の仕事です。これはもう、経験値でしかこなせない」(小林氏)
「好きな題材で好きなように書き、その完成度を上げていく」ことだけで言えば、生成AIの創作スキルは上がる一方であろう。ただ、ビジネスの場において代わりになるかという話で言えば、こと脚本家という職業については、代わりにはなりえない。生成AIに「完成度の高いシナリオを書かせること」自体はできても、「脚本家の仕事」を代行することはできないのだ。
日本で脚本家ストが起きない理由
ただ、疑問だ。であればなぜ、ハリウッドの脚本家たちは「仕事が奪われる」と懸念して2023年にストを起こしたのか。小林氏の答えは明快だ。日本とハリウッドでは脚本の位置づけがかなり異なるからである。
「ハリウッドでは、脚本家がオリジナルの脚本を書き上げてから、その完成脚本をエージェントを通じて映画会社に売り込むことができます。映画会社は面白い脚本を見つけたら無名であってもピックアップして、大予算をつけて著名監督に撮らせる。そこに夢があるわけです。なので、もし映画会社が生成AIを使ってオリジナル脚本を安く作ることができたら、お金を払って脚本を買い取る必要がなくなってしまう」(小林氏)
脚本家の商売あがったりだ。もしくは、映画会社がオリジナル脚本の第一稿を生成AIに作らせ、脚本家にその手直しを任せることになれば、脚本家の収入も地位も大きく下がる。脚本家としてはそれは絶対に避けたい。
「米国の映画の大学では、物語の元ネタ、たった3行のログラインをしっかり作れと指導します。それくらいアイデア至上主義だし、その3行が莫大なお金を生むので。にもかかわらず、映画会社やプロデューサーがAIを使い、過去のさまざまな脚本のデータを収集して物語の核を作っちゃったら、いったい何なんだよ、という話で」(小林氏)
一方の日本ではハリウッドのように、脚本家がオリジナル脚本を書いて営業する習慣がない。小林氏が言うように、脚本家は脚本を書くだけでなく、「調整屋」としての役割も大きい。さらに日本の場合、原作ものの映像化や、世界観が確立しているゲーム・小説・漫画など既存IPの映像化案件も多いため、ハリウッドのように「第一稿のオリジナリティを生成AIが奪う」懸念が生じにくい。それゆえ小林氏が身を置く脚本家界隈では、「生成AIによって仕事を奪われるはずがない」という空気が大勢を占めるという。
漫画家アシスタントの仕事は奪われるのか
小沢氏によれば、漫画創作プロセスにおいては、背景描画ほか、(うめとしては使用していないが)キャラクターの下書き、ペン入れのアシストも生成AIには可能である。いわゆる「アシスタントさん」の役割の一部だ。また、生成AIがブレストの相手となったり、アイデアのヒントを与えてくれたりもしてくれる(前回記事)。これは編集者的な役割の一部だ。であれば、生成AIの普及と進化によって、アシスタント職や編集職の仕事は奪われてしまうのだろうか? しかし小沢氏の答えはNOだ。理由は、現在の日本の漫画業界においては、両方とも人手が足りていないから。
「アシスタントって、師事している先生から技術を盗んだりといった徒弟制の名残りですが、漫画家としてデビューするためのチャンスを得るためにやる側面も大いにありました。出入りしてる編集さんに、自分の原稿を見てもらえたりするので」(小沢氏)
かつて漫画というものは、雑誌に載せるしか発表の場がなかった。だから雑誌編集者とのコネクションが作れるアシスタントという仕事は意味があったのだ。
「ですが、今はWebでいくらでも作品を発表できる。そこで編集者の目に止まれば即デビューの道も開ける。わざわざ“先生”につく必要はありません」(小沢氏)
古くからある出版社への持ち込みが変化したことも大きい。
「昔は電話を取った編集部の人がたまたま見る、みたいな“ガチャ”状態でしたが、今では編集部に送ればちゃんといろいろな人の目に触れるシステムが多くの出版社で組まれています。つまり、昔みたいにアシスタントで長く下積みをしなくてもデビューできる道が増えました」(小沢氏)
結果、専業アシスタント自体が減っているという。優秀なアシスタントはどの漫画家も手放さない。時給もどんどん上がっている。
「今のところ、生成AIが普及したから君クビねというふうにはなりませんね。うちだって絶対手放したくありません。いいアシスタントさんは最高の宝ですよ(笑)」(小沢氏) 【次ページ】漫画編集者の仕事は奪われるのか
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