• 2007/08/14 掲載

ボーン・グローバル:フィンランドからグローバル・ベンチャー企業をつくる人々のビジネス+IT戦略(2)

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IT先進国、フィンランド。この連載では、その国際競争力を支える「ボーン・グローバル企業」について考える。ボーン・グローバル企業とは何か、なぜフィンランドから多くのボーン・グローバル企業が生まれるのか。日本におけるボーン・グローバル企業育成についても考察する。
執筆:矢田 龍生
 前回の連載記事で、ボーン・グローバルという起業スタイルを紹介した。

 そのボーン・グローバルという起業スタイルは、設立と同時にグローバル企業となることが最大の特徴と定義した。多くの企業が国内市場を攻略し、近隣外国市場を攻略したうえで、グローバル市場に進出するというステップを踏んでいくのに対して、ボーン・グローバルは、設立と同時にグローバル市場に切り込むまったく新しい企業成長スタイルなのである。

 そのボーン・グローバル企業のメッカとも言えるフィンランド。では、なぜフィンランドがボーン・グローバル企業を多数輩出できるようになったのだろうか。今回は、その秘密を探っていきたい。

ボーン・グローバル企業を生みだす生態系
ザ・フィンランド・システム

 フィンランドは、人口約520万人の小国である。国内市場は小さく、企業が成長するためには、海外に市場を求めなくてはならないことは事実だ。しかし、この事実だけが、フィンランドからボーン・グローバル企業が多く生まれている要因ではない。

 フィンランドにもボーン・グローバル的なステップではなく、海外市場として近隣経済大国のスウェーデンやロシアなどをターゲット市場に据えるベンチャー企業もある。つまり、フィンランドにおいても、ボーン・グローバル企業とそうでないベンチャー企業があるのだ。

 言い換えれば、フィンランドで生まれるボーン・グローバル企業は起業当初からボーン・グローバルになるということを意識しているのだ。そして、実際にボーン・グローバル企業となるために、フィンランドには、ボーン・グローバル企業を育む生態系があるのである。

 この生態系がどのような構造をしているのかは、下図を参照していただきたい。この図をもとに今回は、ボーン・グローバル企業を育む生態系を読み解く5つの鍵を紹介したい。

【マネジメント】ボーン・グローバル:フィンランドからグローバル・ベンチャー企業をつくる人々のビジネス+IT戦略
図:ボーン・グローバル企業を育む生態系


●読み解く鍵1:ネットワークとコラボレーションによる効果の最大化
 フィンランドから多くのボーン・グローバル企業が生まれる背景には、「官」・「民」の要素がうまく絡み合い、相乗効果を出すことで小国ながら強い産業構造の構築に成功しているということがある。

 フィンランドのハイテク産業のモデル地区といわれるエスポー市のオタニエミ地区などでは、大学(ヘルシンキ工科大学)、企業(ノキア)、研究機関(VTT、国立の研究機関)、サイエンスパーク(テクノポリス)*1が密接に連携しながら、ベンチャー企業育成にあたっている。

 これは、政府が運営するクラスター・プログラムという形でも整理されている。ここでいうクラスターとは、ある特定地域に特定の産業を集積させ、それらをネットワーク化させることで相乗効果を狙い、競争力の強い産業を育てるという戦略だ。

 フィンランドでは、このオタニエミ地区や、北欧のシリコンバレーの異名を取るオウル市などで、このクラスター・プログラムが「官」・「民」の両サイドから効果的に運営されており、限られた資源(人、資金、知識・ノウハウ)を最大活用している。

●読み解く鍵2:ボーン・グローバル企業をサポートする公的機関
 フィンランドの起業シーンを観察すると、まず注目されるのが公的機関である。フィンランドでは、ハイテク(ITおよびバイオ)の領域で起業する場合に、さまざまな支援が受けられる。

 たとえば、TEKES(テケス)というフィンランドの経済産業省系の公的機関では、ボーン・グローバル企業を含む、ハイテク企業のR&D活動に対して、資金面での支援を行っている。また、単一企業のプロジェクトを支援するだけでなく、テケスが特定の研究テーマを設定し、資金援助付きで参加企業、団体を募るプログラムの運営も行っており、このプログラムは産業界と大学や研究機関を結びつけるはたらきもしている。

 このテケスだけでなく、政府系のベンチャーキャピタル(シトラ、FII)や、海外展開を支援する機関(フィンプロ)などもあり、その政府機関同士も連携しながらハイテク企業を支援するサービスを行っている。

 これらの公的機関が提供する資金は、厳しい審査が前提となっており、決して簡単に資金が獲得できるわけではない。そのなかで、返還義務のない助成金と返還義務のあるローンを組み合わせ資金提供するなど、ベンチャー企業が健全に成長していくことが考慮されている。

●読み解く鍵3:高等教育の成功
 フィンランドは、PISAテスト(15歳の生徒を対象にしたテスト)で好成績を収めたことから初等教育の成功が注目されているが、大学や大学院などの高等教育においても産業界からのニーズを満たすという意味で非常に成功している。

 フィンランドの大学、大学院の学費は基本的に無料である。フィンランドでは、最高学位の博士号(Ph.D.)まで無料でとれる仕組みになっており、大学が学生から授業料を回収することはない。しかしながら大学は、必ずしも国から100%運営資金を獲得しているわけではない。ではどのように運営資金を獲得しているのだろうか。

【マネジメント】ボーン

・グローバル:フィンランドからグローバル・ベンチャー企業をつくる人々のビジネス+IT戦

略

オタニエミ地区のサイエンスパーク、イノポリ

 先に述べた、オタニエミ地区のハイテククラスターの中に位置するヘルシンキ工科大学では、テケスやシトラといった公的機関が主催する研究プログラム(民間企業も参加する)に参加し、そこから得た補助金が大学運営における大きな資金源となっている。これらの資金は、公的機関が提供する資金であるが、プロジェクトベースのため、結果を出さないと大学側は継続して資金を獲得できない。つまり、資金を継続的に獲得するためには、結果を出す研究を実施し、評判を高めていかなくてはならない。

 このほかにも、企業から受託・共同研究によって資金を獲得するという方法もある。近年ではこの企業からの資金が重要度を増している。フィンランドにおいて、もっとも企業ネットワークをもっているといわれるヘルシンキ工科大学においては、国からの純粋な助成金は、運営資金の半分程度になっている。これらのことからも、高等教育機関が産業界からのニーズを満たしていることがわかるだろう。

●読み解く鍵4:ノキア・エフェクト
 フィンランドからボーン・グローバル企業が多く出現する背景には、ノキアの存在がある。しかし、ノキアが直接フィンランド企業を助けているわけではない。

 ボーン・グローバル企業を運営するには、インターナショナルビジネスに精通したマネジャーが必要である。そのマネジャーが、フィンランドから国際ビジネスを行っているノキアで育成される。とくにノキアは、GSMをはじめとし、世界標準となった技術仕様策定に深く関わっており、現在のIT業界で重要な標準化作業というノウハウの構築にはうってつけの環境ともいえる。

 また、ノキアは、フィンランドの産業界全体にモバイル先進国という良い印象を与えている。製品評価が難しいソフトウェア業界では、ブランド(および評判)は非常に重要なものであり、この良い印象は、ボーン・グローバル企業を育む生態系に対して大きなインパクトを与えている。

●読み解く鍵5:グローバル経済をうまく捉えた生態系
 そもそも、ボーン・グローバル企業が誕生する基礎的な要件として、90年代を通しての経済のグローバル化がある。これは、ノキアがGSM規格の携帯電話によって世界市場で大きなシェアを獲得した時期であり、フィンランドのビジネス界が、GSM規格関連製品によって海外市場で大きな経験を積んだ時期ともいえる。

 この生態系でさらに注目すべきことは、ボーン・グローバル企業の原料ともいえる、資金をもグローバル化していることである。フィンランドには、フィンランドとシリコンバレーに本拠地を置き、資金をグローバルに調達しグローバルに運用するベンチャーキャピタル、たとえば、Nexit Venturesなどが存在しており、企業だけでなく資金もグローバルなのである。

 また、ノキアの株主の85%が外国人といわれていることもあり、出口と入口両面で、資金をグローバル化したことも、この生態系の特徴といえる。

フィンランドの強さはこの生態系

 フィンランドが、国際競争力ランキングで上位に位置するようになったのは、このボーン・グローバル企業を多数輩出できるような生態系を構築できたこと、そして実際にノキアにつづくボーン・グローバル企業が育ってきたことが大きな要因だ。

 フィンランドが実現してきた汚職の少ない国家や質の高い教育などは、この生態系を実現するための一要素であり、フィンランドにおいては、国家的にIT、バイオなどの知識集約型産業におけるボーン・グローバル企業の育成がテーマとなっていると感じている。

 では実際に、どのようなボーン・グローバル企業があるのだろうか?そこで、来月から、数回にわたって、現在、フィンランドで注目されているボーン・グローバル企業を訪問し、インタビューした内容を掲載して、個別企業をとおしてボーン・グローバルについて考えていきたいと思う。

(*1)各機関についての詳細は、拙書フィンランドシステムをご参考ください。

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