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- 2006/12/07 掲載
【戦略的マーケティング/第2回】企業からみたモバイル効果-携帯電話によるマーケティング革新(2/2)
消費者側からみたモバイル効果
モバイルが消費者にもたらす最大の効果は、消費者の購買行動における無駄を排除するリーン消費の実現効果である。旅行代理店に行って何十分も待たされたあげく予約が取れなかったり、店員の対応が不適切だったことはないだろうか。消費行動において生じる様々な無駄によって、消費者は不満を抱いたり不快に感じたりしている。入手する製品に対する満足水準の高さに比べると、製品を入手するまでの購買プロセスに対する満足水準はそれほど高くないのである。博報堂買物研究所・研究開発局と早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所が実施した調査結果によると、デジタルカメラや自動車などの「最終検討と購入時」における満足度(「まあ満足」と「とても満足」の合計)の割合は9割を超えている。ところが、店頭以外での情報収集段階における満足度は8割前後とどまっている(図1)。この調査では当該製品の最終的な購入者を対象としているため、何らかの理由により途中でドロップした人は含まれていない。ドロップした人々の意見が加われば、情報収集段階における満足水準はもっと下がるはずである。
トヨタ自動車の生産プロセスを研究し、そこから導き出された生産方式に「リーン生産システム」がある(Womack, Jones, and Roos 1990)。これは、生産プロセスから非効率な部分を限りなく排除する、まさに贅肉を切り落とした生産システムを意味している。これと同様に、購買プロセスに目配りしたならば、購買プロセスにおける非効率性が浮かび上がり、それらの贅肉部分を切り落とすことができるものと思われる。しかし、購買プロセスにおける非効率な部分については、過去のマーケティング研究においてほとんど議論されていない。ウォーマックとジョーンズは、顧客の購買プロセスから非効率な部分が排除された消費を「リーン消費」と呼んでいる(Womack and Jones 2005)。
リーン消費を実現するためには、顧客の待ち時間が削減されたり、無駄な動きが取り除かれたり、カスタマー・サポートが見直されたりする必要があるだろう。とすれば、モバイルはリーン消費に大きな働きをしてくれる可能性がある。とりわけ、既に述べた企業側からのタイムリーな情報発信効果やタイムリーな交換効果が実現されれば、消費者の無駄は大幅に削減されるはずである。
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図1)購買ステップ別の満足度
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モバイルが消費者に及ぼすもう一つの効果は情報価値の引き上げ効果である。我々消費者は日々膨大な商業情報に接しているが、その大半は自分にとって関係のない情報である。米国では「1600:80:12の法則」が知られており、これは平均的な消費者が一日に約1600の商業メッセージに露出し、そのうち80に認知し、12程度において何らかの反応を示すことを意味している(Kotler 2001)。新聞広告にしてもテレビ広告にしても、消費者が情報に価値を見いだせることは少ないのである。これに対して、モバイルがもたらす情報は、伝統的なメディアがもたらす情報よりも内容的にみて価値が高いものと思われる。これは、主としてマスカスタマイズ効果に起因している。個々の消費者に可能な限り適すると思われる情報が配信されるため、受け手である消費者がそうした情報に価値を見いだしても不思議ではない。また同じ情報であっても、タイムリーな情報発信効果によって、情報価値は高まるものと思われる。
モバイルを利用した情報提供の仕組みの一つにメッセージF(フリー)がある。これは、パケット通信代無料で提供される各種情報であるが、受信者の年齢、性別、地域、日時などが加味されているため、送られてくる情報は受け手にとって価値あることが多い。実際、受け手からのレスポンスは、かなり高いことが知られている。
以上、企業側から見た3つのモバイル効果と消費者側から見た2つのモバイル効果について検討を加えてきた。これら5つのモバイル効果は、図2のようなパスを経由して購入促進やロイヤルティ向上へと結びついているものと思われる。
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図2)モバイル効果のメカニズム
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わが国発の
マーケティングを目指す
新しいマーケティング視点であるモバイル・マーケティングに注目し、モバイル効果について論じてきた。マーケティング研究の大半が欧米からの輸入を出発点としているのに対して、モバイル・マーケティングに関する限り、現在のところ依拠すべき欧米での先行研究は皆無といってよい。それだけに、極めて挑戦的な研究対象であるとともに、わが国発のマーケティング視点としての可能性を秘めている。しかしながら、上で示したモバイル効果は仮説的な域を出ておらず、データによる裏付けもなされていない。また先駆的な試みということもあり、新たな効果を幾つか追加するなど、モデルの精緻化が求められるかもしれない。さらに、モバイル・マーケティングの事例の幾つかについては触れているが、新たなビジネスモデルやエクセレントな事例として論じているわけではない。モバイル・マーケティングへの注目を高めるとともに、モバイル・マーケティングの独自性を訴えるためにも、もっと踏み込んだ事例研究の蓄積は不可欠である。
モバイルの潜在性が大きく、多くのビジネスにとって真に魅力的であるならば、わが国がモバイル・マーケティングの実務で独走し続けることは難しいはずだ。他国によるキャッチアップは時間の問題といえる。とすれば、モバイル・マーケティング研究においても、わが国が長期にわたってリードできる保証はない。モバイル・マーケティングの実務でアドバンテージを有するうちに、モバイル・マーケティング研究に本格的に取り組んでおく必要がある。モバイル・マーケティングとは、わが国発となりうる数少ないマーケティング研究の可能性を有しているからである。
【下地パターン】
◆参考文献
●Kotler, Philip (2001), Marekting Management, Millennium Edition, Prentice-Hall
(恩蔵直人監修、月谷真紀訳『コトラーのマーケティング・マネジメント』ピアソンエデュケーション、2001年).
●モバイル社会研究所(2005)『モバイル社会白書2005』NTT出版。
●総務省(2006)http://www.soumu.go.jp/
●Womack, James P. and Daniel T. Jones (2005),"Lean Consumption," Harvard Business Review,March, pp.58-68.
●Womack, James P. and Daniel T. Jones, and Daniel Roos (1990), The Machine that Changed the World, Rawson Associates(『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える』経済界、1990年).
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