スタートアップが集うべきは名古屋? 産学官体制による支援、人材獲得、補助まで叶う理由
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家賃、生活環境、人材獲得……スタートアップには依然として厳しい東京の現実
新型コロナウイルス対策として拡大したテレワークは、コロナ禍が収束しつつある現在も新しい働き方として定着しつつある。それは、現実の数字としても現れている。毎月、オフィスビルの空室率を公表している三鬼商事のデータによれば、コロナ禍前は1%台だった東京都心の平均空室率が、22年10月には6.44%にまで上昇している。テレワークが広がり、オフィスへのニーズが低下している結果だろう。
ただし、この動きが地方分散にまでつながっているかというと、そこまでではないと、名古屋市 経済局 イノベーション推進部 産業立地交流室長 木村 元則 氏は次のように説明する。
「コロナ禍以降、東京の転出超過は続いていますが、神奈川、埼玉、千葉などの近隣が受け皿となり、数だけで言えば東京圏とその近郊で完結しています。改善の兆しは若干見られるものの、以前から課題となっている東京一極集中の解消、地方分散にはまだまだ至っていないというのが実感です」(木村氏)
オフィスの空室率が上昇し、賃料も低下傾向にあるとはいえ、全国的に見れば東京のオフィス賃料は依然として高額で、生活コストも高い。名古屋に本社を置き、AI肌診断アプリHADABONを開発・運営するなど情報科学と皮膚医学に基づいてデータ駆動型サービスを提供するスタートアップ企業 AquaAge 代表取締役CEO 包 娜仁 氏も次のように述べる。
「弊社の本社は名古屋ですが、東京にもオフィスを構えてスタッフが勤務できるようになっています。しかし、生活コストが高く、通勤ラッシュもストレスになるため、ほとんどのスタッフがテレワークでバーチャルな職場空間で働くようになっています」(包氏)
さらに東京は、人材獲得も難しい。多くの優秀な人材はいるが、同時に需要も高く、企業間の獲得競争が激しいからだ。
こうした課題は、特に起業したばかりのスタートアップにとっては成長の足かせとなる。これに対して、補助金を始めとする魅力的な支援策を用意し、IT企業やスタートアップを積極的に誘致しているのが名古屋市である。
IT企業、スタートアップにとって名古屋が魅力的である理由
東京が抱える高いオフィス賃料と厳しい人材獲得という課題に対し、木村氏は名古屋のメリットを次のように強調する。「民間の調査によると、名古屋のビジネス地区のオフィス賃料は東京の約6割の水準です。その上、名古屋市では、ご進出いただいた企業向けにオフィス賃料を補助する制度も用意しています。さらに人材獲得の点でも利点があります。昨今特に深刻な不足状態にあると言われるIT人材の担い手となる学生を育成・輩出する理科系の大学・専門学校なども多数ある上、もともと名古屋は地元志向が非常に強い地域で、学生の地元就職希望割合が高いと言われているのが特徴です。このため、名古屋に拠点を設けることで、地元の優秀な人材を獲得できるチャンスがあります。そして、名古屋市では、ご進出いただいた企業向けに人材確保の一助にしていただくため、就職・転職展示会への出展支援も今年度新たに実施しています」(木村氏)
AquaAgeの包氏も、東京と名古屋の人材の違いについて次のように述べる。
「製造業に関しての知見・ノウハウがあり、現場でものづくりができる“手を動かす職業”については、名古屋のほうが人材が集まりやすいと感じています」(包氏)
いうまでもなく、名古屋は自動車を中心とする製造業の中心地だ。そして自動車産業は、100年に一度と言われる変革期を迎えている。もともと自動車産業は自前主義が強く、自社グループ内であらゆる課題に対応してきたと言われるが、急速な電動化・自動化を前に、外部と連携する機運が高まっている。
「その意味でも、IT企業やスタートアップが活躍する場はたくさんあります。特に自動車の電動化・自動化に必要なソフトウェア開発など、変革期にある自動車産業と親和性の高いIT分野を扱う企業にとっては、大きなビジネスチャンスがあると思います」(木村氏)
もう1つ重要なポイントが「交通」だ。品川-名古屋間のリニア中央新幹線は、2027年に開業予定だ。実現すれば、わずか40分でつながる。その後、大阪までつながると、3大都市圏が一体となった交流人口7000万人の超巨大都市圏(スーパー・メガリージョン)が生まれる。その中心に位置するのが名古屋市である。
ソフト・ハードともに充実している名古屋市のスタートアップ支援
もともと名古屋市がスタートアップの支援を本格化したのは、2020年に内閣府が同地域をスタートアップ・エコシステム「グローバル拠点都市」に選定したことがきっかけだ。「選定を契機に、愛知県、名古屋市、大学、地元の経済界などがタッグを組んで『産学官』の支援体制を構築し、それぞれが得意な分野を持ち寄って、スタートアップを育成・創出するエコシステムが実現しつつあるのです」(木村氏)
たとえば、「NAGOYA BOOST 10000」もその1つだ。これは名古屋市が主導で進めているイノベーター育成・ビジネス創出プログラムである。
また、人材の交流の場となる拠点も充実している。1つが「なごのキャンパス」だ。これは、名古屋駅から近い廃校になった小学校をリノベーションして、シェアオフィスやコワーキングスペースを用意した施設であり、各種イベントも開催され、企業間の連携・協業のきっかけづくりを提供している。
もう1つが名古屋市の中心地である栄地区に設置された会員制のコワーキングスペース「ナゴヤイノベーターズガレージ」である。これは、中部経済連合会と名古屋市が運営する施設で、中部圏における異業種異分野の交流からイノベーションを誘発し、加速させることを目的としている。
さらに、スタートアップにとってありがたいのが、スタートアップ専用の補助制度が用意されていることだ。
「今年度から、スタートアップを新たな誘致ターゲットとして位置づけ、専用の誘致補助金を創設しました。これまでも本社機能、IT企業、外資系企業を誘致ターゲットとして、それぞれ補助制度を用意した上で誘致活動に取り組んできましたが、その第4弾です。他の補助制度に比べてハードルが低いのが特徴で、シェアオフィス1席からでも補助対象となりますので、ぜひ活用していただければと思います」(木村氏)
名古屋で起業したスタートアップの本音は?
名古屋市が提供するさまざまな支援制度、施設などをフルに活用して起業したのがAquaAgeである。もともと同社は、包氏が名古屋大学在学中に立ち上げた会社だが、きっかけとなったのが前述のNAGOYA BOOST 10000だった。「起業した当時、あったのはアイデアだけでした。NAGOYA BOOST 10000に参加してはじめてチームを作り、ベンチャーキャピタルも紹介していただけたのです。また、現在、共同研究している大手企業も名古屋市に紹介していただけました。毎年、補助金もいただいていますので、名古屋市の支援には本当に感謝しています」(包氏)
さらに包氏は、スタートアップにとっての名古屋の魅力として、生活面と交通面も挙げる。
「名古屋市は衣食住が充実し、市民の満足度も高いです(注)。スタートアップの経営は金銭的、心理的、体力的にも非常にシビアですが、生活のしやすい名古屋を拠点にすることで、こうした不安も軽減できると思います。また、国際空港があり海外へのアクセスが容易であること、製造業が盛んでITを必要とする企業が集積しているのも魅力的です」(包氏)
「天の時、地の利、人の和」のすべてが揃っている
名古屋市がスタートアップにターゲットを絞った誘致を本格的に開始したのは今年度からだが、IT企業を誘致する取り組みは2018年から進めている。今回、特にスタートアップにターゲットを絞った理由について、木村氏は次のように説明する。
「コロナ禍でリモートワークが広がり、オフィスにこだわらない働き方が広がっています。その結果、即効的な税収増や雇用創出を期待した従来の規模を追う企業誘致戦略は曲がり角を迎えていると認識しています。だからこそ、スタートアップのような、今は比較的規模が小さくても、きらりと光る技術やアイデアがあって将来性のある企業に名古屋にきてもらい、地元企業との連携・協業などを通じて、地元企業とともに成長していただくことによって、この地域のイノベーション創出、経済活性化につなげたいと考えています。目先の結果を追うのではなく、中長期的な目線で、ご進出いただいた企業のビジネス面や人材確保面などをしっかりサポートしていきたいと考えていますので、ぜひ名古屋市にご注目ください」(木村氏)
中国の儒学者である孟子の言葉に、戦略が成功する3条件を意味する「天の時、地の利、人の和」がある。名古屋には、製造業の集積地であり、スーパー・メガリージョンの中心地となる「地の利」、名古屋市や地元経済界などの支援という「人の和」、100年に一度の転換点を迎えている自動車産業に象徴される「天の時」の3つが揃っているように思うが、いかがだろうか。