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公正取引委員会が、企業の新規株式公開(IPO)における値決めの慣行が、独占禁止法違反の恐れがあるとの見解を示した。引き受けを行う証券会社が利益相反を起こす可能性があることや、公開価格と初値に乖離があることは事実だが、成長企業の資金調達に悪影響を及ぼす可能性があるとの指摘には疑問が残る。独占禁止法の扱いは慎重を期す必要があり、もっと広範囲な議論が必要だ。
新規公開業務の中核となる主幹事証券会社
公正取引委員会は2022年1月28日、企業のIPOに際して株式を売り出す価格(公開価格)と、上場後に初めて市場で成立する株価(初値)との間に乖離があり、場合によっては独占禁止法に違反する可能性があるとの見解を示した。
企業が株式市場に上場する場合、株式の売買を取り仕切る主幹事証券会社が上場する企業の審査や株価の決定(値決め)、売り出しなどの実務を行う。値決めにはいくつかやり方があるが、ブックビルディングと呼ばれる方式が一般的となっている。
この方式では、最初に主幹事が一定の金融理論に従って企業価値を算出し、想定価格を決めるところから作業が始まる。想定価格が決まると、上場予定企業は目論見書をベースに機関投資家向けに事業説明会(証券業界ではロードショーと呼ぶ)を実施し、事業内容を説明する。その後、主幹事は機関投資家に対して発行条件(株価や株数)についてヒアリングを行い(プレ・マーケティングと呼ばれる)、仮条件価格帯を決定する。
仮条件価格帯が決まると、引き受けを行う各証券会社は、投資家に対して購入希望株数や購入希望価格など需要状況の調査を行い、その結果をもとに最終的な公開価格を決定する(この調査のことをブックビルディングと呼ぶ)。上場はこの価格で実施され、市場で売り買いされた時に初めて成立した値段が初値となる。
公開価格は、株式を上場する企業(発行体と呼ぶ)、機関投資家、一般投資家など、関係者が総じて満足できる水準を目指す必要がある。上場企業としては、公開価格が高い方がより大きな金額を調達できるが、公開価格を高くしすぎると、上場後に株価が下落する可能性が高まるので、投資家にとって魅力的な投資対象ではなくなってしまう。
利害が相反する各当事者をうまく調整するのが主幹事証券会社の役割であり、まさに腕の見せ所となる。この業務をスムーズに行うためには、長年の経験や投資家との緊密なネットワークが必要であり、主幹事業務を担当できる証券会社(投資銀行)はそれほど多くない。
主幹事が一方的に価格を決められるわけではない
報告書では、主幹事証券会社がその地位を利用し、公開価格の決定において強い主導権を発揮。本来、想定される価格よりも安い価格を設定している可能性があると指摘している。
本来、想定される価格よりも安い公開価格を設定した場合、上場時の初値は公開価格を大きく上回るので、公開価格で株式を入手できた投資家は、大きな利益を得られる。引受証券会社は自社の顧客に新規公開の株式を販売しており、値上がりしやすくすることで、IPOを顧客獲得の手段にしているという理屈だ。
公取による一連の指摘には一理あるものの、株式の新規上場の実務を行っている金融業界の関係者や、株式投資を行っている投資家からすると、首をかしげる部分も多い。
たしかに証券会社は新規上場株を投資家に販売しており、新規上場株は一部の投資家にとって魅力的な商品となっている。だが証券会社というのは新規上場銘柄だけで手数料を稼いでいるわけではなく、上場後の方がむしろビジネスとしてははるかに大きい。
公開価格をむりに高く設定すると、初値がピークとなり、その後、株価が継続して下がってしまうことがあり、そのような状態では、一般投資家に当該銘柄を推奨することなどできなくなってしまう。長期間にわたって投資家が安心してIPO銘柄を買えるようにするためには、過度に高い公開価格は設定しない方がよい。発行体にとっても株価が暴落してしまえば投資家の信頼を損ねるので、株価下落は誰の利益にもならないのが現実だ。
一方、主幹事を務める証券会社にしてみれば、手数料は発行体から徴収するので、直接の顧客はむしろ企業側と言って良い。株式を販売する各証券会社の言いなりで価格を安く設定するインセンティブはあまり働かないのが現実であり、むしろ価格を高めに誘導しようとすることもある。
先ほども説明したように、発行体、主幹事、販売証券会社、投資家にはそれぞれの利害があるので、一方的に価格を決めるということは現実的に難しいと考えて良いだろう。では、実際のところ公開価格と初値にはどの程度の差があるだろうか。また公開後、株価はどのように推移しているのだろうか。
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