• 2022/01/10 掲載

歴史と物語は何が違うのか? 私が教科書作りから離れた理由(2/2)

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日本史は暗記科目

 こうして、自分で教科書を作る側になった際に、私は物語性の導入を一番の念頭に置きました。もちろん、物語性と言っても、客観性を無視して自分の好き勝手な教科書を作るということではありません。

 客観的な事実に基づくのは大前提で、他方で教科書の叙述のスタイルを工夫して、原因があったら結果がある、因果が継起していくさまがわかるような教科書が理想だと考えました。

 普通、教科書は大学に所属する研究者が執筆を担当し、高校教諭が加わって中身の検討会を開きます。大学の先生たちが書いたものを、実際に教科書を使う高校の先生たちに読んでもらいます。

 この場で重箱の隅をつつくような細かい議論を重ねて、正確を期して精緻な文章に練り上げ、最後に文部科学省に提出して審査をしてもらう、というのが大まかな流れです。

 教科書の執筆者に選ばれたとき、私は思い切って自分が理想とするような、先に述べた物語的な叙述のスタイルで書いたつもりでした。ところが、高校の先生方は「これは使えません」と言うのです。

 理由を尋ねると、「本郷先生が書いたものはとても面白い。出来事の事情もよくわかる。けれども、無駄が多すぎる」と言われてしまいました。

 より詳しく事情を伺ってみると、どうやら「無駄が多い」というのは、大まかに言って次のような理由からでした。

「高校では授業で教科書に書いてあることは原則、すべて覚えろという教育を行っている。そうすると教科書に無駄があってはいけない」

 つまりは、私が理想とする教科書は、暗記には向かないということなのです。

 高校の歴史教科書とは、暗記するものであるという不文律があったのでした。

 皆さんも学生だった頃を思い出してもらうとよくわかると思いますが、日本史は基本的には暗記科目で、よく一夜漬けで済ませたなんて人も多いのではないでしょうか。

 しかし、高校生くらいになれば、すでに物事をしっかりと考えることができます。「暗記すること」と「考えること」のどちらが大切かと問われれば、みんな「考えることが大切だ」と答えるだろうと思います。

 だからこそ、私は因果の関係をきちんと説明して、物語性のある読み物として面白い教科書作りを心がけることで、学生たちに歴史とは何かを考えてもらおうと思ったのです。

 しかし、「そのような教科書は受験では使えないからダメ」ということになりました。

 急速に私のなかで教科書を作る情熱が萎んでいくのを感じました。

歴史を学んで「来し方行く末」を考える

 先ほど、私は読み書き算盤が足りた後は、自分たちは何者なのか、自分たちはどこに行くのかというアインデンティティへと興味関心が移っていくと述べました。

 この自分たちは何者なのか、自分たちはどこへ行くのかという問いを考える一助になるのが、私は歴史を学ぶことだと考えています。

 歴史を学ぶことは、過去を振り返りながら、現在、自分が置かれた状況を理解し、そして未来に向けてどのように行動したらよいかを考えることの助けになります。

 近年、社会的にいわゆる「成功」したとされる人たちが書くビジネス書やそうした人たちの発言を聞いていると、「オレたちは今を生きているんだから、後ろを振り返る必要はない。そんな暇はない」というような趣旨のものが目立つように感じています。

 しかし、やはり私は「それは違う」と思います。

photo
『歴史をなぜ学ぶのか』
画像をクリックすると購入ページに移動します
 たとえば、日本は太平洋戦争に於いて300万人とも言われる犠牲者を出し、敗戦を迎えました。アジア諸国の方々への甚大な被害を与えたということもありますが、そもそもこの日本軍が太平洋戦争中に立てた戦略自体、全く過去に学ばないものだったと言えます。

 というのも、昭和の日本軍は兵站というものを全く考えていませんでした。兵站とは言い換えれば兵士たちに兵糧や弾薬、医薬品などの必要な物資を補給することを意味します。日本軍はこの兵站については、現地調達を命じるなど、かなり杜撰にあつかっていました。あるいは精神論、根性論などを押し付けた結果、有名な話ですが、南方での日本軍兵士の死者は、敵の弾に当たった者よりも、マラリヤなどにより病死する者や、食べるものがなくなり餓死する者のほうが多かったと言われています。

 ところが、この昭和よりも以前、明治時代においては、さすがは幕末・明治維新を生き抜いた明治の元勲たちと言えるかもしれませんが、この兵站の問題を非常に重視していました。そして、陸軍参謀本部では戦国時代におけるさまざまな合戦を分析し、『日本戦史』という日本における戦いの歴史書を編纂しています。たとえば、関ヶ原の戦いの石田三成の部隊には何人の兵士がいるかを、その兵士を養うための石高(米の収穫量)の数に基づき、計算しているのです。このように歴史の教訓に学んだ明治の日本軍は、日清戦争、日露戦争を戦い抜き、近代国家の確立を進めていきました。それが良いか、悪いか、という問題はとりあえず保留させていただきますが。

 しかし、大正以降になり、明治維新を生き抜いた世代らが亡くなると、次第にこうした歴史を学ぶ姿勢は失われ、昭和の日本軍のように歴史の教訓がなくなり、とにかく精神論一辺倒で前へ前へと突き進んだのです。その結果、300万人もの犠牲者を出す結果となったのでした。

 過去に学ばない者は、いつか大きな過ちを犯す。そのようなことを私たちの両親やその上の世代の人たちは身をもって体験したはずなのです。だからこそ、歴史を学ぶことを軽んじてはいけないと私は思います。
※本記事は『歴史をなぜ学ぶのか』を再構成したものです。

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