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- 2006/05/29 掲載
【やる気を考える】研究者の理論は実践に役立つ? / 神戸大学大学院 金井壽宏教授(2/2)
【マネジメント】第2回 やる気を考える motivation
私は、リーダーシップを学ぶときにも、たくさんある理論の洗礼を受けながら、自分に役立つと思われる持論を作ってほしいと主張してきた(『リーダーシップ入門』日本経済新聞社)。 同じことが、モティベーションについても成り立つ。自分の経験の核を語るキーワードが見つかったら、自分の持論─持(自)論─を研ぎ澄ますために、そのキーワードと合う既存の理論も参考にしてほしい。
モティベーションに関する私の研修では、必ず受講生の声を、経験と観察およびそこから引き出されたキーワードで聞き出すことにしている。その後「皆さんが挙げたキーワードの多くには、その一つ一つの解明に一生をかけた研究者が数多くいます。その人たちの諸説を聞きたいですか」と投げかける。全てを説明すると長い時間がかかってしまうので、通常は5、6個を例示する。
例えば、
・緊張感と未達成感については、やる気で動く個人とは「緊張下のシステムだ」と言ったK.レビン(K.Lewin)が深く掘り下げており、なすべきことが未達成なら人は緊張するものだという心理は、ツァイガルニーク効果として知られている……
・ハングリー精神については、自己実現で有名なアメリカ心理学会の会長も務めたA.H.マズローが、欠乏動機という名のもとに取り上げていて……
・頑張る人にとって何より大切なのは目標だということについては、メリーランド大学のE.A.ロック(Edwin A. Locke)が、一生をかけて取り組んでいる……
・夢が長期的には人を勇気付け、活動を意味付けるということについては(モティベーション論というよりキャリア論に近くなるが)エール大学のD.レビンソン(Daniel J. Levinson)が、雄弁に語り……
・やっていることそのものが楽しいので没頭できるという活動については、それをフロー経験(流れるような経験)としてとらえたM.チクセントミハイがいる……
・実務家からよく指摘される達成感については、達成動機の研究に多方面からアプローチしたハーバード大学のD.マクレランドの諸説が世界的に有名で……
・自己実現は、A.H.マズローがその言葉を初めてモティベーション論の中で使用し、意味合いは少し異なるが、C.G.ユング(Carl Gustav Jung)もそれを(中年以降)個性化と名付けた(これらはやる気要因というよりも、生涯を貫く発達課題でもある)……
さて、このように見てくると、実務家の皆さんが、経験と観察に即して自分で挙げたキーワードに沿った理論が存在し、その気になればシャワーを浴びるように、多種多様なモティベーション理論に触れることができることが分かる。つまり、(自分の経験に合わないという意味で)間違っている一つの理論と心中するのではなく、数あるシャワーの中から、極上の理論を持(自)論作りの原料として選び取ることが可能なのだ。 さらに、以下のような三つの視点に絞ると効果的である。 まず、コラム2に挙がったキーワードを見てほしい。これらは、二つの系列に分けることができる。
(1)心配・欠乏系(キーワードのリストのうち、「緊張感」から「危機感」まで)
(2)希望・元気印系(「目標」から「自己実現」まで)
人のやる気の根源には「今のままでは足りない」という気持ちから動くハングリー精神がある。満足しているから動くのでなく、未達成の課題が目についたとき、人はそのまま放置していてはダメだと思って動き出す。これが(1)の系列だ。
しかし、それだけでは人生はつらい。われわれを動機付けるのは、緊張感や危機感だけではない。もっとポジティブなものがある。それが(2)の系列で、「こうありたい」というビジョンや希望ゆえに人は頑張る。上司は部下の危機感に訴えることも大切かもしれないが、夢、ビジョン、希望に訴えるのはさらに重要だ。 さらに、(1)の系列と(2)の系列をつなぐ概念がある。それは「ズレ」や「乖離」で、それ自体が緊張を生み出すという意味では、(1)の系列に属する。しかし、それは(2)の系列から生じるのだ。
分かりやすい例を出そう。5段の跳び箱を跳びたいという気持ちは、夢であり目標だ。しかし、現時点では4段しか跳べていなかったら、そこから1段ギャップがあることに気付く。まだ跳べていない5段が、4段までは跳べるようになった自分に未達成感をもたらす(これを、ツァイガルニーク効果と呼ぶ)。 目標、夢、希望、あこがれが人を引っ張る。
しかし、そのメカニズムには、それらを目指すこと自体の楽しみ、夢を思い浮かべるだけでそうなれば良いと素直に思えるというポジティブな気持ちと、その裏面ではまだ実現していないという緊張感、ハングリー精神があるという仕組みだ。 人を動かす要因を探ると、緊張と楽しみの両面が浮かび上がってくる。これは、非常に興味深いことだと思う。それらが共に、仕事の世界だけでなく、人生そのものにおいて、私たちに張りを与えるスパイスのような働きをしている。 第3の視点は、以下のケースだ。
(3)どのような要因がわれわれのやる気を左右するかという持(自)論そのものが、究極のモティベータ(動機づけ要因、意欲促進要因)となる場合
これをスタディ・モティベーションの領域で強く主張した心理学者が、C.ドゥウェック(Carol S.Dweck)である。彼女は、「自論(selftheory:自分を説明する理論)」の提唱者で、子どもがどのように勉学意欲を持つのかは、一人一人が抱く勉強観、知能観、その子なりのスタディ・モティベーション自論によるという。 これを、経営学に当てはめてみるとどうなるのか。働く人がどのようながんばりをみせるかは、その個人が抱く仕事観、能力観、その人なりのワーク・モティベーション自論次第というわけだ。 私は、実践家が抱く(持つ)ようになったセオリーという面を強調したいので、C.ドゥウェックに倣って、書籍を執筆する際には持(自)論(以前は持論とだけ表記していたが)という言葉を使うことにしている。
コラム1.コラム2で抽出されたキーワードに符号する理論 |
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