アジャイルは「先の見えないビジネス環境」への処方箋、自社に浸透させるには?
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アジャイルは不確実性が高い社会への処方箋
ソフトウェア開発・導入において、「アジャイル」という言葉はすでに広く定着している。開発を小さい単位で区切って実装とテストを繰り返して漸進的な完成を目指すアプローチは、ソフトウェア開発に限らずチームを組んで成果物の完成を目指すプロジェクト全般に応用できる。そもそも現在は、なぜこれほどまでにアジャイルが重要視され、企業がこぞって取り入れるのだろうか。プロジェクトマネジメントの標準策定や資格認定、人材交流の促進などを担う非営利団体、Project Management Institute(PMI)のアジア太平洋地域 責任者であるベン・ブリーン氏は次のように説明する。
「目まぐるしく変化していく現代社会において、企業はこれからどのような変化が起こっていくのかをいち早く捉え、それに合わせて組織を適切な形へと変革させていくという『柔軟性』が極めて重要になります。その中で不確実性を受容し、仮説検証を繰り返すことによって激しい変化に柔軟に対応していく『アジャイル』の必要性が高まっているのです」
もちろん、「アジャイル」という概念自体は決して新しいものではなく、それは20年以上も前から存在していたものだ。しかし、アジャイルに対する正しい理解がなかったこともあり、すべての企業が適切に採用できているとは言いがたい。中には、数あるアジャイル開発手法の1つである「スクラム」や「エクストリーム・プログラミング」など個々の手法をアジャイル開発そのものと誤解してしまっている方もいるだろう。
しかし、先述したようにアジャイルに対するニーズが高まる中、いまこそ企業はこの概念を正しく理解し、自社の業務に取り入れていく必要がある。まさにこうした課題の解決策となるのが、PMIの提供する「Discipline Agile(ディシプリンドアジャイル、以下DA)」である。PMIのアジア太平洋地域に所属するカン・ソーヒュン氏は次のように説明する。
「DAはアジャイルのフレームワークではなく、企業がどういったタイミングでどのアジャイル手法やツールを選べばいいのか最適なものを選択する手助けとなるツールキットです。業種・業界、組織の形態やチームの状況など1つとしてまったく同じ企業は存在しませんし、すべての組織に適合するアジャイルのフレームワークも存在しません。大切なのは自社にとって最適なタイミングで最適なツールを選択していくことです。DAはそれを手助けする役割を担うものです」
同じ企業でも取り入れるべきアジャイルは異なる
もちろん、各企業によってアジャイルに対する理解度はさまざまだ。すでにアジャイルを実践している企業もあれば、その概念すら理解できていない企業もあるだろう。だが、DAを取り入れることで、それら全ての企業が最適な選択ができるとカン氏は強調する。「アジャイルはいわばジャーニーであり、企業によってアジャイルの導入・習熟度は異なります。そうした中でDAでは、アジャイルの基本を理解するためのものから、すでにアジャイルを導入済みの企業がその取り組みを加速するためのものまで、さまざまなナレッジや方法論を示すアセットを用意しています」(カン氏)
すでに、アジャイルで何らかのフレームワークを取り入れている際にDAがもたらす効果について、カン氏は次のように説明する。
「既存の個々のフレームワークは、それ自体に優劣はありません。問題なのは、企業ごとに課題や環境が異なる中で、1つのフレームワークのみでアジャイルに対応してしまうことです。DAはあくまでも1つのフレームワークではなくツールキットであるため、既存のフレームワークで対応できない場合、ぜひDAを参照して企業の環境に応じた適切なツールを取り入れてほしいと思います」
また、選択するべきフレームワークが企業によって異なるという要因は、業種・業界や企業文化の差だけではない。扱うプロジェクトが異なればチームや人員も異なり、それゆえに同一組織内の部署単位であったとしても異なるフレームワークが必要なケースが生じる。「だからこそ、DAを活用して、それぞれの部署に最適なツールを選択していくべきなのです」とブリーン氏は説明する。
自社に適した学習のアセットを利用可能
DAの活用に関して、具体的にはWebサイト上から、必要なアセットを参照して学習することができる。自身が関わるプロジェクトの形態や企業の環境など多彩な切り口から情報を調べることができ、企業はプロジェクト単位で最適な手法やノウハウなどが学べるというわけだ。それに沿って行動することでアジャイルを取り入れていくことができる。「DAは、エンタープライズレベルの業務にてアジリティを高めたいという方であれば誰でも使っていただけるものです。DAはプロジェクトマネジメントに携わる方に適したツールセットですが、マーケティング、財務、戦略担当などさまざまな部署の方にも役立つものです。アジャイル開発を日常的に行うIT企業でなくとも、プロジェクトにソフトウェア開発が付随するデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みにもおすすめです」(ブリーン氏)
ツールやフレームワーク導入と同時にカルチャーの変革を
アジャイルというと、技術や手法といった側面にフォーカスされがちだが、DAを自社に取り入れる際にもう1つの重要な要素がある。それが「カルチャー」だ。「既存のウォーターフォール型のプロジェクトマネジメントとは異なり、そもそものアジャイルの考え方としては、早く実行して早く失敗し、そこから学んでいくという考え方があります。そのためには、失敗を受け入れて恐れずに行動し続ける組織のカルチャーが重要です」(カン氏)
つまり、DAによってアジャイルの手法を学ぶと同時に、組織のカルチャー変革を行うことも、アジャイルを取り入れたプロジェクトを成功に導くポイントだという。このカルチャー変革の重要性についてカン氏は、NASA(航空宇宙局)の事例を挙げる。
NASAでは、たとえばロケットなどのように、わずかなミスが重大な事故や損害をもたらしかねないものを開発しているだけに、携わる職員のプレッシャーも計り知れない。だが一方で、新たな革新を生み出すためには失敗を恐れずに挑戦するカルチャーの醸成も求められていたという。そこでNASAでは、組織内の新たな制度として、「ベストミステイク賞」と呼ばれる失敗を称賛する試みを導入したという。
もちろん完成されたロケットに欠陥があってはならないように、最終的なアウトプットで失敗することはできない。しかし、早い段階で取り返しのつく小さな失敗を積み重ねることこそが、最終的な成功率を高めることに重要なのだという。
DAを実際に導入した事例としては、70年の歴史を持ち世界34カ国でビジネスを展開している投資会社のフランクリン・テンプルトン社がある。
同社では、さまざまなプロジェクトに対してスクラムを活用したというが、思うように成果を挙げることができなかった。そこでDAを導入して、アジャイルの基本的な考え方やプロセス、カルチャーを学習。結果として、製品の開発からリリースまでの時間を800日分短縮できたほか、顧客満足度の向上、意思決定プロセスの高速化など、さまざまな業務改善を実現したのだという。
いまこそアジャイルを取り入れるチャンス
アジャイルの導入は世界的な潮流であり、この不安定な情勢のいまこそ日本企業にも大きなチャンスであるとブリーン氏は指摘する。「今までは、従業員全員がオフィスに出勤し、同じ場所で働くことが当たり前でした。しかし、コロナ禍によってリモートワークの普及が進んだことで、日本企業も知らないうちにアジャイルに対応し始めている例も見受けられます」(ブリーン氏)
PMIの調査結果によると、3年間働き方を変えなかった企業の業績は変わらなかったか、もしくは鈍化していった企業が多い一方で、アジャイルなどの新しい概念を受け入れた企業は、より変革を成し遂げることができたという。意図しない変化ではあったかもしれないが、これを好機と捉え積極的に新たなシステムや仕組みを導入していくことで、時代の変化に適合していけるはずだ。
またカン氏も「組織のカルチャーを変えていくためには、まずは組織のリーダーが自らを変革し社内の環境を整えていくことが重要です。ぜひ企業のリーダーが率先してアジャイルを取り入れ、変革のきっかけとなればと思います」と呼びかける。
なおPMIでは、日本におけるアジャイルの普及をさらに促進するため、アジア太平洋地域で初めてとなるDAコンサルティングパートナーシップをNECと締結した。今後NECは自社の従業員のトレーニングにDAのツールキットを用いるほか、そこで得た知見を踏まえ顧客の業務改革を進めていくという。
ここまで、アジャイルの重要性を指摘したが、社会情勢が不安定な今だからこそ、企業は変化への耐性が求められている。そうした中でDAを活用しながら、ぜひ自社の業務の高度化を図ってみてはいかがだろうか。