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LINE Financialとみずほ銀行による「LINE Bank」、アップルのクレジットカード「Apple Card」など、金融業界は新規プレイヤーの参入により、業界地図は大きく変わり始めている。競争が激しくなる中、既存の銀行・証券・保険サービスはどうあるべきか。NRIデジタル DX企画ユニット ディレクターの吉田純一氏に話を聞いた。
「DX×CX」の好事例、自動車業界
DX(デジタルトランスフォーメーション)とCX(顧客体験)には深い結びつきがあると考えています。我々は、DXを「バリュープロポジション(顧客に提供する価値)を再定義し、それに合わせてビジネス構造を作り変えていくこと」と定義していますが、それを前提とした場合、顧客へ価値を提供する手段としてCXにも変化が求められるようになると考えています。
DXとCXの関係をイメージしていただく上で、トヨタ自動車の事例が分かりやすいでしょう。かつてトヨタ自動車は「自動車製造業」と自社を規定していましたが、現在は「モビリティーサービスを提供する会社」と自社のバリュープロポジションを見直しています。
DXにより自社のバリュープロポジションが変化すると、CXも変わります。これまでのトヨタ自動車におけるCXは、「良い車を通じた体験」であり「車というハードウェアを練り込んでいくこと」にありました。しかし、提供するものが「移動にまつわる価値」に変わると、CXは自動車という範疇だけでは収まらなくなります。従来にはなかった、アプリを通じたコミュニケーション、店舗でのサービスなども視野に入ってくるでしょう。
一般的に、CXは「自社サイトをどうするか」といった点においてのみ議論されがちです。しかし、事業ラインナップや商品開発など、大きな視野での経営指針にもつながってきます。つまり経営戦略の一環として全社的に取り組む必要があるのです。
DX・CXの変化に合わせて、自社の報酬のインセンティブも変える必要があるでしょう。自動車業界であれば、従来は「何台売ったか」という点が評価において重視されていましたが、これからは「一人の顧客からの10年間のライフタイムバリューがいくらか」という点が重視されるでしょう。このように、DX・CXの実現には、組織構造を含めた変革が求められるのです。
波乱の金融業界の「DX最新トレンド」
金融業界のDXの大きな特徴は2つあります。1つは新しいプレイヤーがたくさん参入してきていることです。たとえば、LINE Financialとみずほ銀行による「LINE Bank」、アップルの自社クレジットカード「Apple Card」などのサービスもこの1~2年の間には開始される見込みです。
これらの金融サービスの特徴はこれまでと客層が異なる点にあります。紙の書類を提出して口座を開設し紙の通帳を作る既存の世代ではなく、デジタルネイティブの年代がスマホを操作しそのままLINEを通じて口座を開設する流れになるのです。
つまり、サービスのあり方もターゲットも変わってくるのです。特に、銀行ビジネスにおいて、口座開設は顧客との最初のタッチポイントになる重要な領域です。ここを新規参入業者に奪われることは、銀行にとって大きな損失につながる可能性があるのです。
金融業界におけるDXの2つ目の特徴は、金融商品の設計にけるテクノロジー活用が進み、顧客に最適な形に向かいつつある点です。
たとえば、損害保険商品の事例で言えば、従来は商品設計を担うアクチュアリー(保険数理人)が保険料を算出していましたが、「テレマティック保険(収集したデータに基づき保険料が算出される)」のように、車に搭載したセンサーによって保険料を算出する仕組みが増えていくことが予想されます。将来的には生命保険の領域でも、スマートウォッチと連動した保険料算出が当たり前になっていくのではないでしょうか。
なお、損保、火災保険、生命保険それぞれにおいて、「IoTな車」「IoTな家」「IoTな健康」といったアプローチが広がる中、テック企業が保険ビジネスに乗り出すのも時間の問題だと言われています。最近は、グーグルがFitbitというヘルスケア企業を買収したほか、アマゾンも健康管理リストバンドを打ち出しています。このように、情報収集のできる領域が広がれば広がるほど、GAFAのようなプレイヤーの金融業界参入が近づいていると考えられます。
このような業界全体の変化を受け、各金融機関はどのような方向性を模索しているのでしょうか。銀行・証券・保険はそれぞれ異なる事情を抱えるため、ひとまとめに説明することはできませんが、業界全体に共通する点としては、銀行・証券・保険ともにアクイジョン(新規顧客の開拓)より、リテンション(既存顧客の継続)の重要性が増しているという傾向があります。
これまでは、新規の顧客獲得のため積極的に営業をかけていくことに重点が置かれていましたが、業界全体として「顧客本位」を強く要請される中で、従来のような営業スタイルの変革が求められています。こうした背景もあり、これからは、いかに既存顧客と長期の関係を築いていくかがポイントになってきているのです。そこで重要になってくるのがCXです。
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