迷惑メールによる日本経済への
影響は総額で約8,200億円

　こうして調査を開始した結果、迷惑メールが日本経済の生産面へ与える被害額は約7,300億円、ISPなどにおける投資被害額は約319億円、事業所・行政機関などにおける投資被害額は約518億円、消費者における投資被害額は約132億円とはじき出された。合計すると、迷惑メールによる日本経済への影響は総額で8,200億円を超える額となる。発表後、その数値の大きさが反響を呼んだ。

「最初は私もその金額の大きさに驚きました。しかし、業種別に緻密に推計して積み上げた数字であり、間接的な損害まできちんと明確化した結果なのです。むしろ、それだけ大きなインパクトがあるのだと認識を改めるべきです。」

　鵜飼教授は自信を持って答えている。推計した金額が大きくなった理由の1つに、鵜飼教授が迷惑メールの影響を、これまでより広い範囲にわたって捉えていることが挙げられる。かつて迷惑メールによる被害と言えばウイルスに感染してしまった場合の被害など、直接的な損害額ばかりだった。しかし実際には、より広範囲に影響が及んでいると鵜飼教授は指摘する。

「迷惑メールが一定以上多くなった場合、それを処理する間は本来の業務ができません。その時間に企業が支払った賃金は、直接的な経済損失となります。さらに、その結果、企業の資本効率（投資効率）にまで影響が及ぶことが今回の調査でわかっています。」

10年後、迷惑メールによる経済的影響は国防費に匹敵

　今回の調査では直近の推計金額だけではなく、今後迷惑メールによる影響がどのように増えていくかという試算も行われている。

「試算によれば、まったく何の対策もしなかった場合、迷惑メールの経済的影響は10年後なんとGNPの1％に達します。これは国防費に匹敵する比率です。」

　問題の深刻さと、より一層の対策が必要だと鵜飼教授は警鐘を鳴らす。もちろん、現在行われている様々な対策が役に立っていないと鵜飼教授が考えている訳ではない。学者に独占されていた十数年前と違い、これだけ多種多様な人物が電子メールを扱う中、この程度の被害で済んでいるのは各種の取り組みが功を奏しているからに違いないとも、鵜飼教授は言う。

「それでも、まだ追いついていないのが現状なのです。被害の大きさを推計して示し、より一層の対策を促していくのも、私たち経済学者の役割だと信じ、広く訴え続けていきたいと思います。」

　また調査のために行ったアンケートでは、セキュリティへの取り組みなどに偏りがあることも確認された。1つは業種による違いだ。先端技術や高度な製品を扱う企業においてセキュリティ対策が重要視される一方、農業のように高度情報化技術への依存度自体が低い業種も存在する。

　もう1つは地域による違いだ。首都圏や大都市圏ではセキュリティ意識が高く、セキュリティ対策への投資も行われている。対して地方ではセキュリティ意識が低く、セキュリティ対策を不要なコストとしか捉えない傾向にあるという。

「企業についていえば、過剰な投資が必要だということではありません。しかし、経営者は、自社に現在どの程度の被害が発生しているのかを知っておく必要があります。この被害額は、業種ごと、地域ごとによって格差があります。要は、その企業の属する産業のメール対策などへの投資額が、迷惑メールによる被害額を下回っていれば良いのです。」

　一方で、社会全体をみると、自社のことだけを考えていれば良い訳ではない。経済学でいう「外部効果」があるからだ。つまり、もしもセキュリティ対策などを何も行わず、ボットなどに乗っ取られてしまえば、その影響は社外にも拡散する。その結果、さらなる被害者が生まれ、より多くの経済的な損失を生む。

　現在の法律では、こうした外部効果について処罰の対象とはなっていない。しかし今後は、ITが企業にとって、市民にとって、ますます大きな存在意義を持つことになっていく。そうなれば、たとえば踏み台にされた企業も、法律で罰せられる状況になる可能性があるだろう。

「自分だけではなく、隣人を守るためにセキュリティ対策は必要なのです。この考え方は、自分の身は自分で守るというメッセージよりもはるかに日本的で、特に地方で講演した際によく共感いただけます。CSR（企業の社会的責任）も問われる時代なので、こうした考えを持って、しかるべき対策を始めていただきたいですね。」