• 2025/04/23 掲載

製造業“復活”のチャンス、「フィジカルAI時代」を迎える日本の可能性と落とし穴(2/2)

篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第181回)

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フィジカルAIは「製造業復活」のチャンス?

 その典型はコロナ禍でmRNAの開発に成功したモデルナ社だろう。2010年創業の同社はMITから徒歩圏に本社を構える東海岸の新興企業だ。かつて、このエリア(ルート128)はシリコンバレーと並ぶハイテク産業の2大拠点と称さていた。

 1980年代には、日本と同様にエレクトロニクス革命の集積地と注目されていたが、1990年代の「ニュー・エコノミー」に乗り遅れ、いったんは衰退の道をたどった。保守的な大企業が多く、技術を自前主義的に抱え込んだことが衰退の一因だったとされる。

 とはいえ、産業革命時代から工業の歴史を擁する東海岸には、さまざまな産業を支える素材の開発・製造で多様な企業群が集積していた。この歴史的な地域特性に新たなデジタル化の波がうまく重なり合い、今では多くのテック企業が結集し活況を呈している。

 こうした産業の歴史と集積の変遷は日本に通じるものがある。製造業の力が活かされるフィジカルAI時代は、日本の産業特性が威力を発揮するかもしれないのだ。その意味で、東海岸の衰退と復活の足取りは、日本産業の可能性を考える上で示唆に富む。

“フィジカル”と“AI”の根本的な違いは何か?

 これまでは、ICT導入がプラスの効果を生むカギは組織改革や人材開発など「無形資産への投資」にあった。ところが、フィジカルAIの時代は「有形資産への投資」が再びカギを握ることになるとみられる。

 ただし、フィジカルとAIの間には根本的な違いもありそうだ。今年の米国経済学会でもフィジカルとAIの違いについて興味深い意見が交わされていた。

 たとえば、データやアルゴリズム(ソフトウェア)の束といえるAIは、バグ(不具合)が出た際に、ネットワークを通じてアップデートすれば一瞬で修復できる。一方、フィジカルな領域は、不具合が生じたときにリコールによる回収と修理など物理的な措置が必要だ。

 つまり、フィジカルとAIではまったく対応が異なってくるわけだ。だからこそ、高品質で信頼性の高い製造技術が重要になる。

 連載の第15回では、ソローパラドックスのきっかけになったコーエン&ザイスマンの著書 Manufacturing Matters(邦訳『製造業が国を救う』)について言及した。それから40年近くを経て文字通り「製造業が重要」になる時代が巡って来たのだ。

日本の産業に落とし穴も……

 有形資産への投資がカギになる時代は、日本の産業にも潜在力があるのかもしれない。実際、ビッグプッシュの投資ブームも生まれており、失われた30年を脱して新たな成長軌道に移行する大旋回も期待できる。

 ただし、日本の産業には落とし穴もありそうだ。製造業の重要性が再認識されているとはいえ、フィジカルAIの領域は、従来型の高品質や信頼性の追求とはまったく異なるアプローチで「仕組みの見直し」が起きているからだ。

 フィジカルAIの象徴といえる自動運転車を考えてみよう。たしかに日本車は高品質で信頼性も高いが、だからといって優位性があるといえるわけではない。なぜなら、日本車の競争優位は、部品点数が多く複雑な作り込みのガソリン(エンジン)車で築かれてきた面があるからだ(浜口伸明 [2017])。

 だが、自動運転で主力となるEVは、これまでとはまったく異なる発想のアプローチが取られている。部品点数を1桁減らした電動化では、そもそも不具合が起きる頻度が削減できるし、不具合が起きたとしても、複雑な作り込み型のガソリン車とは異なり、リプレースが容易だ。

 フィジカルAIの領域では、既存の延長線上での高品質追求よりも、底辺からの破壊的イノベーションがカギになりそうだ。

〔参考文献〕
1) 浜口伸明(2017)「自動車産業の未来㊦:部品網の構造変化に備え」『日本経済新聞』経済教室, p. 31.

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