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米中対立の深刻化によって米アップルの調達に異変が起こっている。これまで最大の調達先であった中国のシェアが低下し、インドのシェアが増大している。だがインドには特有のリスクがあり、中国に代わる新しい主要調達先になれるとは限らない。インドへの移管がうまくいかない場合、アップルのようなグローバル企業は岐路に立たされることになるだろう。
アップルの中国依存度が急低下
アップルは典型的なグローバル企業であり、世界で最も条件の良い地域から部品を調達し、製品を製造している。同社の部品調達の動きは、グローバル企業の動きそのものと言って良いだろう。
かつてアップルの調達先の大半を占めていたのは中国であった。中国は世界の工場として各国に製品や部品を輸出しており、アップルも中国なしには製品戦略が成り立たない状況だった。中国は部品の輸出だけでなく、製造の請け負いも行っており、主力製品であるiPhoneの多くが鴻海精密工業など中国企業によって組み立てが行われている。つまり、米国などの先進国は、部品の調達だけでなく最終製品の製造に至るまで、多くを中国に依存していたと言っても過言ではない。
こうした状況を大きく変えたのが、米中の深刻な政治的対立である。
トランプ政権は従来方針を180度転換し、中国を敵視する戦略に切り替えた。中国からの輸入に高い関税をかけ、中国もこれに対抗したことから両国は事実上の貿易戦争状態となっている。バイデン政権は、敵対的な中国政策をさらに強化し、半導体を中心としたハイテク製品の強力な輸出規制を発動。人の往来にも制限を加えたことから両国の対立は抜き差しならない状況まで進んでいる。
あまりにも対立が先鋭化したことから、急遽、ブリンケン国務長官が中国を訪問し、対話継続について協議した。だが、2018年時点で20%を超えていた米国の輸入における中国の比率は16%にまで下がっており、米国企業は中国との関係を再構築せざるを得ない状況となっている。中国が世界の工場としてモノ作りを支えるという図式が成立しにくくなっているのは明らかだ。
こうした国際情勢の変化は、アップルの調達にも如実に表れている。2022年におけるアップルの調達状況と、2015年当時を比較すると、状況が大きく変わっていることが分かる。2015年当時には、調達先のシェア(事業所ベース)のシェアは圧倒的に中国が高く、全体の45%が中国だったが、2021年における中国のシェアは31.6%と大幅に減少している(
図1)。
中国に代わってシェアを急拡大させているのはインドと東南アジアである。とりわけインドは2015年時点ではわずか0.4%だったにもかかわらず、2.3%までシェアを拡大させた。
インドの人件費は安いが問題山積
インドの1人あたりGDPは約2,500ドルと中国の約6分の1となっており、労働コストが極めて安い。同国の政策もハイテク業界との親和性が高いことから、アップルをはじめとするグローバル企業は、中国に変わる調達先としてインドに高い期待を寄せている。
アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)は4月にインドを訪問し、モディ首相と面会。現在10万人とされるアップル関係の雇用を20万人に増やす見通しを明らかにした。インド政府もアップルなどグローバル企業の誘致に積極的であり、各種の優遇策を打ち出している。
だがインドが中国に代わって世界の工場になれるのかというと、そう簡単にはいかない事情がある。
先ほども説明したように、インドの1人あたりGDPは中国の6分の1なので、単純計算ではインドの労働コストは中国の6分の1で済む。ところが、企業がどの地域で生産を行うのが有利なのかを示す指標ある単位労働コスト(ユニット・レーバー・コスト:ULC)を比較すると、インドが圧倒的に有利とは言い難い。
ドルベースで見たインドのULCは0.35ドルとなっており、0.52ドルの中国と比較して劇的に安いわけではない(中国は人件費の高騰が激しく、むしろ中国のULCが高すぎるともいえる)。ではインドの賃金が中国の6分の1であるにもかかわらず、なぜインドのULCはそれほど安くならないのだろうか。
インドのULCが高く算定される背景として考えられるのは、工業生産に関するインフラ整備が不十分であり、中国のように高品質な部品を大量生産できる体制が整っていないことである。
インドは賃金こそ安いものの、中国と同レベルの生産拠点を建設する場合、電力や水道などの基本インフラに加え、各種物流網の整備や、従業員に対する教育など、自前での投資が多くなると考えられる。中国では、これらのインフラはすでに整備されているので、進出企業は追加投資なしで利用できる。インドの場合はそうはいかない可能性が高く、中国ではほとんど見られない労働者の暴動が頻発していることもあり、同国のコスト負担を大きいものにしている。
実際、インドを訪問したアップルのクック氏は、雇用の拡大を打ち出すと同時に、インド政府に対し政策の安定性や、部品エコシステムの構築などを求めたとされる。
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