【連載】現役サプライチェイナーが読み解く経済ニュース
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近年、米国内の半導体工場の新設、テスラのメキシコでの工場新設、
アップルのインドでの工場新設など、製造拠点再編のニュースが数多く報じられるようになりました。新型コロナウイルスによるパンデミック、米国・中国の経済制裁政策、ウクライナの戦争などによりサプライチェーンが混乱する中、各企業は製品の安定供給に向けてどのような対応を進めているのでしょうか。今回は、アップル、フォックスコン、テスラの事例を挙げながら、生産拠点再編の最新トレンドを解説します。
アップル製品の販売戦略
2023年4月、インド初のアップル直営店がムンバイにオープンし、アップルCEOのティム・クック氏もその場に
駆け付けました。また、今回のインド訪問中に、モディ首相と会談し、インド事業全体の拡大と投資を約束しています。
アップルは、もともと何年も前から直営店を開こうとしていましたが、インド政府から承認がおりていませんでした。しかしながらインドには、外資系単一ブランドの直営販売店をオープンするには、製品の価値の30%をインド国内のサプライヤーから入手することを要請する規制があります。
アップルは事実上すべてのデバイスを中国で製造しているため、この規制項目に該当していました。そのため、アップル製品はインド国内のパートナーが運営する店舗でしか販売ができず、同社は規制の緩和をインド政府に要請していました。
2019年、この規制が緩和され、アップルのiPhoneやiPadなどの“最先端”の製品を販売する企業がこの規制から免除されることになりました。規制が緩和された翌年にアップルはインドでの直営店の開設計画を発表していますが、コロナ禍の影響で当初予定より遅れ、ようやく今回の直営店オープンとなっています。
この直営店はアップルのブランド発信のショールーム的な役割を持っており、直営店だけでアップルの製品を販売するわけではありません。昨年2022年末には、インドの最大の企業グループであるタタ・グループ傘下の家電小売店チェーンと提携し、今後ショッピングモールなど各地にアップル製品のみを販売する新店舗を100店オープンする計画も報じられています。
実は、インドのスマートフォンの2022年の国内販売シェアは、韓国、中国の企業上位ブランド5社(サムソン、VIVO、シャオミ、OPPO、Realme)が約75%を占めており、アップルは4.5%にすぎません。
ただ高価格帯に絞ると10%以上のシェアがあります。スマートフォンが普及した後の消費者の買い替え需要、高価格帯の需要で今後の販売増が想定されています。
こうした動向から、アップルが製品の販売市場としてインドを重視していることは間違いありませんが、一連のニュースを見ると、インドで拡大しているのは販売チャンネルだけではなさそうです。アップルはインドでどのような事業展開を考えているのでしょうか。
アップル「インド国内の生産拠点」を急拡大させるワケ
アップルは、販売チャンネルだけでなく生産拠点もインドで徐々に拡大しつつあります。たとえば、アップルはiPhoneのインド国内での製造を台湾のEMS(電子機器受託製造サービス)メーカー3社のフォックスコン(ホンハイ)、ペガトロン、ウィストロンに委託しています。
2017年にiPhone SEの量産をウィストロンが開始したのが最初であり、iPhone12が販売開始される2020年頃までインドで製造されるのはiPhoneは旧機種に限られていました。iPhone13については中国から半年遅れで生産が開始され、最新のiPhone14は中国とほぼ同時に生産が開始されるようになっています。
アップルの生産拠点拡大の背景には、インドの国策が関係しています。インド政府はインド国内での生産を呼び込むため、2020年10月には、電子機器製造の「生産連動型インセンティブ(PLI)スキーム」の認定企業16社を発表しています(16社のうち、携帯電話製造企業として前述のEMSメーカー3社やサムスンなどが認定)。
このPLIスキームとは、大型投資を呼びこみ、インド国内の製造を促進することを目的とした政策です。5年間、インドで製造された国産製品の売り上げの増加額に対して4~6%の補助金が付与されます。また、このスキームは携帯電話に限らず、自動車・自動車部品など、ほかの製品群でも採用されており、インド政府の掲げる「メーク・イン・インディア」(インドでモノづくりを)政策への貢献が期待されているものです。
一方、インドはスマートフォンの輸入に関して20%の関税率を課しており、今年4月にWTOより是正勧告を受けています。自動車についても今年4月からの関税率の引き上げを発表しており、輸入価格に保険料や輸送費を加えたコストが4万ドル未満の車種には70%、4万ドル以上の車種には100%、主要部品を個別に輸入しインド国内で組み立てる場合には35%の関税率が課せられます。こうした要因も企業の国内製造の意思決定に影響していると考えられます。
iPhoneのインド国内の販売シェアは上位5社には及ばないものの、輸出(出荷額ベース)のシェアでは、2021年の12%から2022年には25%まで伸びています。製造の国内生産化を進めることで、インド政府の政策に応えてきている状況と言えますが、今後さらなる生産量のアップが政府からも期待されているようです。なお、インドでの生産拡大は、インド国内の需要増を見込んだものであると同時に、中国に集中している生産量を分散して、インド国以外の国への安定供給をするためでもあるとの見方もあります。
アップルの主要な受託製造会社であるフォックスコンも今年に入って次々とインド国内工場への投資計画を発表しています。今年3月には、ベンガルール(旧バンガロール)に約7億ドルの投資を行う予定が発表されました。また6月のニュースでは、7月まで300エーカー(サッカー場約300個分)の土地の引き渡しがされ、工業用水や電源や道路の接続を政府が保証しつつ、2024年の4月までにはiPhoneの製造が始まる予定と報じられています。年間2000万ユニット(2コア)の製造を目指し、約5万人分の仕事が期待されているとしています。
このように、インドへの投資を拡大させる報道がある一方、製造拠点のインド進出にはビジネス上、非常に大きな障壁があります。これらを乗り越えなければ、インドでの生産拠点拡大は失敗に終わることになるかもしれません。
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