【連載】現役サプライチェイナーが読み解く経済ニュース
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近年、「パーパス経営」という言葉をよく耳にするようになり、みなさんの会社でもパーパスを掲げるようになったのではないでしょうか。会社全体のこととして認識されていますが、専門職や専門チームなど小さな組織においても有効です。中でも急速なグローバル化や深刻化する物流問題などで変革期にあるサプライチェーンでは、何かの意思決定をする際にパーパスが大きな役割を発揮します。本稿では、アップルやテスラを例に出しつつ、サプライチェーン領域におけるパーパスと意思決定について解説します。
パーパスを軸に行動する1200人の「熱ソムリエ」
パーパスは、ビジネスの文脈で訳すと「存在意義」とされる場合が多いですが、経営学者のジム・コリンズによると、その特徴を次の通りに整理しています
(注) 。
組織が存在する根本的理由
組織の行方を照らす星のように、常に努力すべき目標ではあるが、完全に達成されることはない
100年間にわたって会社の指針となる
注)『ビジョナリーカンパニー ZERO』日経BP、2021
会社の羅針盤となるパーパスですが、昨今はパーパスを設定する企業が増えてきています。2023年2月の日経新聞の
記事 には、ボイラ大手の三浦工業が「『熱ソムリエ』としてのお手伝いが社会貢献になる」というメッセージを発信されたこととともに、1200人以上いる熱ソムリエのパーパスについて紹介されていました。
三浦工業と言えば、元タレントの島田 紳助氏を起用したCMでご存じの方もいるのではないでしょうか。その三浦工業が主力事業とする
ボイラ とは、密閉容器内で水を加熱し、蒸気や温水を作り出す機械のことです。この蒸気や温水は、エアコンや給湯、ランドリーといった日常生活に関わるものや、食品の殺菌や調理、お酒づくりなどの飲食業に関わることなど、幅広い用途で使われていて、私たちの生活を支えています。
電気・ガス料金の値上げについて頻繁に報道されていますが、こうしたエネルギー価格の高騰や、グローバルサプライチェーンにおける脱炭素への関心の高まりなどを踏まえ、三浦工業は顧客への省エネ支援を通して社会に貢献しようとしているそうです。このために、ボイラメンテナンスのプロフェッショナルを「熱ソムリエ」と称し、顧客に対して効率的な熱利用の提案、支援を行っています。
熱ソムリエのパーパスは、日経新聞の記事から引用すると以下の通りです。
当社は機器単品で省エネを進めようとはしていない。すでに当社製品個別のエネルギー効率はかなり高い。顧客企業でエネルギーがどう使われているか。ユーザーと一体で生産設備の状況を調べながら徹底した省エネを進める。これが熱ソムリエとしてのパーパス(存在意義)だ。
単にボイラなどの製品メンテナンスを担うだけでなく、顧客目線で、より広く深い視野で本質的な課題解決をリードするということだと思います。おそらく各顧客との対話の場面では、それぞれの事情があり、かっちりとしたマニュアル通りでは課題を解決できず、状況に合わせたアレンジが必須になるのでしょう。その際、こうしたパーパスがあることで、それが行動の軸となり、各熱ソムリエが俊敏に適切なアクションをとることが可能となるのです。
実際に体験した「パーパスの重要性」
パーパスというと、大きな組織を対象に掲げるものだと思われがちですが、三浦工業の例のように、専門的な職種に対して設定することも有効です。
私自身も、サプライチェーンの最適化に向けてS&OP(販売・操業計画:Sales and operations planning)のグループを立ち上げた際にパーパスを掲げたことがあります。S&OPはサプライチェーン全体の意思決定を早めて最適化を図る手法ですが、その概念を知らないメンバーが多く、そもそも経営的な概念であるため実務担当者にはわかりにくいものでした。そのことを鑑み、行動の軸となるパーパスを提示するのが有効だと考えました。
私が掲げたS&OPグループのパーパスは、「需給情報の統合管理・分析から経営に有益な示唆を発信し、企業価値向上に貢献すること」でした。三浦工業のものと比較して社会貢献の目線が漏れていますし、見直す余地もありますが、当時はメンバーたちの行動の軸として役立ったようです。
どの業界においても、サプライチェーンのグローバル化などで、需要も供給も不確実性が増しています。昨今では人手不足をはじめとした物流問題で、供給体制が崩壊状態となる可能性まで指摘されています。こうした状況の中でも、需要予測や営業・マーケティング、ファイナンスなど、ステークホルダーとのコミュニケーションを担う各実務担当者が自律的かつ適切に判断していくために、こうした職種に対するパーパスが有効になるのです。
しかし、中長期の需給ギャップに対してマネジメント層が意思決定を行うS&OPは、常に1つの正解があるわけではありません。業界の特性、企業のビジネスモデルやサプライチェーン構造などによってベースとなる考え方が異なりますし、需給トレンドや競合のアクション、直近の欠品、在庫状況によっても選択を変える必要があります。
そこで意思決定の軸にすべきは、事業の戦略です。ここではVlerickビジネススクールの教授が整理した、事業戦略に合った意思決定を共有します。
【次ページ】アップルやテスラなどに見る「サプライチェーンの意思決定」
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