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近年、EVシフトなどのパラダイムシフトが起こる中、国内製造業はこれまで築き上げてきた製造技術・ノウハウの行き場を失ってしまう危機に直面している。こうした中で、今、培った製造技術・ノウハウの提供先としてスタートアップとの連携に注目が集まっているのだ。今回は、業界でも先陣を切ってスタートアップのものづくり支援をスタートし、今やスタートアップに限らず、大企業からもモノづくりの依頼が殺到する墨田区の浜野製作所のビジネスモデルを解説したい。
「スタートアップ×製造業」は相性抜群と言えるワケ
生成AIで1分にまとめた動画
現在、製造業とスタートアップは、それぞれ異なる課題に直面している。たとえば、国内の自動車部品メーカーなどは、これまで自社の製造プロセスを固定化させ、特定の製品の技術・ノウハウを磨き上げてきたが、EVシフトなどを背景としたパラダイムシフトが起こる現在のような環境下では、自社が築き上げてきた技術・ノウハウが行き場を失ってしまうリスクを抱えている。
一方で、スタートアップは別の課題に直面している。近年、スタートアップエコシステム(スタートアップを支援するための産業生態系)において、アクセラレーションプログラムやベンチャーキャピタル(VC)などを通じた資金調達などの環境は整備されつつあるものの、ものづくりのノウハウや製造能力を持つ企業との連携が進んでおらず、ここがミッシングピースとなってしまっている。
つまり、製造技術・ノウハウの新たな生かし方を模索する国内製造業と、製造能力を求めるスタートアップは、それぞれ補完し合うことができる関係にあるのだ。
国内製造業による自社の製造能力を生かしたスタートアップ支援・連携は、新たな成長源の創出につながり得る。これを「インキュベーション型ものづくりプラットフォーム」と呼びたい。ここからはスタートアップと連携し、ともに成長していくあり方の先陣を切って進めている代表例として浜野製作所の取り組みを紹介する。
浜野製作所の「ものづくり支援」の全貌
浜野製作所は墨田区の単なる金属加工業者から、特定顧客への量産対応をはじめ、多品種少量の試作支援、顧客の装置開発などへと事業を大きく転換した企業である。東京スカイツリーの開業に合わせて早稲田大学や墨田区の中小企業、行政、金融機関と連携して開発した「
電気自動車HOKUSAI」や、東京下町の町工場と海洋研究開発機構、芝浦工業大学、東京海洋大学、金融機関が連携し開発した深海探査艇「
江戸っ子1号」などでも知られている。
そんな同社は、製造能力を持たない企業でも、「設計―加工―組立」までを一気通貫で実施できる、ものづくり開発拠点「
Garage Sumida」を展開している。
Garage Sumidaでは、製品を製造したいという企業のニーズに応える環境が用意されている。たとえば、技術相談、プロトタイプ開発、製品の量産化、設計図面の作成、部品加工、さらには製造ネットワークを活用した調達、最終工程では組立まで、製造全般を一気通貫で支援できるメニューが用意されている。その充実した製造ノウハウが評価され、スタートアップのみならず、大企業の新規事業においてもGarage Sumidaが利用されはじめている。
スタートアップが持ち込む課題の一例としては、設計図に沿って正しく製作をしているにも関わらず、どうしてもプロダクトが動かないといったものだ。こうした相談に対し、浜野製作所は自社の職人の知見に基づいて原因を分析し対策を講じるほか、こうした実製造で起こる公差を踏まえてバッファを持った形で設計をし直すなど、一緒に汗を流しながら動いていくことでものづくりを支援している。
こうした理論と、実際の現場でのものづくりのギャップで起こるさまざまな課題について培った製造業としてのノウハウをもとに支援をしているのが同社の特徴と言える。
浜野製作所の転換点となった“ある出会い”
Garage Sumidaは、ロボットスタートアップ「オリィ研究所」を支援することになったのがキッカケでスタートした事業だ。具体的には、遠隔操作のできる分身ロボット「
OriHime」の開発にあたり、オリィ研究所からハードウェアの開発や製造における支援を依頼されたのがはじまりだ。
もともと、スタートアップ支援を行っていたわけではない浜野製作所が支援するようになるまでには、いくつかの経緯がある。
浜野製作所は2000年に工場が全焼する苦境を周囲の支援で乗り切った過去がある。当時、学生起業家であったオリィ研究所の吉藤健太朗氏と出会い、その情熱やビジョンに触れ、「周囲の支援で今の会社が存続できている状況で、今度は自社がこれから日本を背負っていく若い人材・スタートアップを支えられないか」とオリィ研究所の支援を決めた。
当初は浜野社長や数人が、オリィ研究所の吉藤氏をはじめスタートアップ経営者のビジョンを何とか実現してあげたいという個人的な思いから、営業終了後や休日などを使って支援する形であったが、その後、その取り組みを自社として継続な収益源に変えていけるよう専門家人材や協力企業との連携などを通じてその仕組みを強化していき、事業化されたのがGarage Sumidaだ。
浜野製作所が手掛けた「ものづくり事例10選」
現在では、オリィ研究所との取り組みの中で培ってきた「ものづくり×スタートアップ支援」の枠組みをほかのスタートアップに横展開し、Garage Sumidaから多様なスタートアップが生まれている。
たとえば、パーソナルモビリティ(電動車椅子)開発・販売でグローバル展開するWHILLや、自動野菜収穫ロボットを軸に農業サービスを展開するInahoなど、数多くのハードウェアを主軸としたスタートアップが浜野製作所のGarage Sumida通じて成長している(下図)。
浜野製作所にとってGarage Sumida自体はビジネスとして収益源になっているとともに、自社本業の成長にも寄与している。これらスタートアップの先端ものづくりを支援する中で自社が対応できる技術領域が拡大し、新規事業創出や、既存事業の高度化につながっているのだ。
また、浜野製作所の自社人材育成にもつながっている。スタートアップの製造支援においては普段自社で扱っていない新たなテクノロジーのノウハウに対応する必要があり、踏み込んだ検討が必要となる。そうした中で浜野製作所自身もスタートアップから学びながら技術のアップデートや、人材の能力向上にもつながる循環が生まれている。
そんな同社が今、スタートアップや研究機関だけでなく、大企業からのものづくり依頼も殺到しているという。なぜ、大企業は浜野製作所を選ぶのか。それは大企業特有の課題が大きく関係しているようだ。
【次ページ】浜野製作所、大企業からも依頼殺到の“納得の理由”
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