連載:小俣修一のデジタルバンキング・マンスリーレポート
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デジタルバンキングは、今まさに進行中の出来事である。したがって、解説をするとしても日々のニュースを横ぐしを刺すように眺め、世界では一体何が起きていて日本にはどのような影響があるのか、日本では同じような出来事が起きていないかを注意深く観察してみる必要がある。一方で、Chris Skinner氏のブログやFinancial Brandの解説記事、Tearsheetの情報収集報告やFintech Times誌・Banking Technology誌などの読み物から、先行する欧米での経験をヒントに日本で起きていることの理解に努める必要もある。さらに、いわゆるフィンテック技術のABCDといわれる「AI」「ブロックチェーン」「クラウド」「データ分析」といった技術動向についても注目をする必要がある。第6回の前編では、オーストラリアのチャレンジャーバンクの動向について解説したい。
小俣 修一
1979年、慶大大学院修了。 地域金融機関の企画部門に勤務後、コンパックコンピュータ、NTTソフトウェアを経て2005年アカマイ・テクノロジーズ社長、米国本社ヴァイスプレジデント、日本法人会長を歴任。16年ニッキン特別顧問、20年12月みんなの銀行社外取締役に就任。欧米のデジタル・バンキングの事情に精通。国内の金融機関からデジタル戦略をテーマに、数多くセミナー依頼を受ける。
2021年8月の「デジタルバンキング」海外ニュース
現在、日本のFast(er) Payments System(≒リアルタイム決済サービス)としてJ-Debitのシステムを活用した「ことら」が検討されている。しかし、グローバルには、米国でZelleやPaymentus(8月12日PayVeris買収を発表)、英国でPaymやVocaLink、欧州でSEPA Instant Credit Transfer、豪州でNPPといった「ネット経済」でのFast Payments Systemがすでに何年も前から稼働している。
そして、4月29日、シンガポールのPayNowとタイのPromptPayは、国境を越えての携帯電話番号によるP2P(Peer to Peer)送金連携を発表している。リアルタイムで現行ではDBSの手数料は無料、バンコック銀行は1件150バーツだ。これは2018年11月から欧州中央銀行(ECB)とスウェーデン国立銀行Sverges RiskbankがTARGET services(TARGET Instant Payment Settlement)によりユーロ・クローナ間での送金連携を始めようとしてきたことに続くものである。
7月28日のBIS Innovation Hubとシンガポール通貨監督庁 (MAS)の発表では、この仕組み(Nexus)をインドのNPCI/UPIにも拡大しながら世界中のFast Payments Systemsを相互接続しようとしている。
一方で、VISAは6月24日にスウェーデンのTinkを買収、さらに7月22日にCurrencyCloudを買収して「ネット経済」でも支払い・送金の先端企業となることを目指している。8月3日、VISAはLloyds銀行と法人カードを使った企業取引での一連の決済処理STP(Straight Through Processing)についても発表している。
Mastercardも5月3日にデジタル人民元の海外送金取り扱い検討開始を発表。7月20日にUSDC(USDコイン)を使って仮想通貨会社でのカード支払い簡素化を図ると発表した翌日には、昨年11月に買収したFinicityがGreendotとデータアクセス向上でのBaaS協業を発表している。7月26日には、MastercardもLloyds銀行と共にeコマースのWebサイトでA2A(口座間)決済が主流となるよう普及を進める戦略を公表している。
ほかにも5月12日に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の対応検討を発表した国際銀行通信協会(SWIFT)は、6月24日の大手行6行からの支援を背景とした新しいシステム基盤の計画表を公開し、7月27日には「SWIFT Go」により消費者・中小企業への国際送金機能を高めると発表している。
こうしたさまざまなグローバル動向に加え、Rippleなど仮想通貨を使った国際送金業者も活躍しているのが世界の状況だ。グローバルな視点をもった「ネット経済」でも意味のある金融の仕組みが、各国のデジタルバンクや伝統的金融機関を取り巻きながら創り出されている。
この状況下で、日本国内では2022年夏に「ことら」が始まろうとしていることを理解しておく必要があるだろう。
表:2021年8月に筆者が注目した「デジタルバンキング」関連ニュース
日付
ニュース内容
8月2日
Square、AfterPayを買収
8月3日
Lloyds、VISAと企業取引における一連の直接決済処理STPの協業を発表
8月10日
米国Circle、Goldman Sachsを背景にUSDC運営強化に向けて銀行免許申請
8月11日
Citi、地域金融機関と中小企業を結び付けるデジタル基盤Bridgeを公開
Ripple、韓国・タイ間の国際送金を拡大。Trangloの40%株式を握る
8月12日
PayVeris、Paymentusに1億5200万ドルで買収される
8月15日
Bendigo & Adelaide銀行、Up運営のフィンテック企業Ferociaを買収
8月17日
Kroo、銀行免許を受領。プリペイドの5万ユーザーは開業時に普通預金へ
GOtyme、フィリピンで5番目となるデジタルバンク免許を取得
8月19日
Revolut、給与の半額まで前払する新しい金融サービスを開始
8月20日
フィリピン中央銀行、デジタルバンク免許を9月1日から3年間凍結を発表
8月25日
比UnionBank、AWS上のVMware Cloudでコア・バンキングシステムを開発
8月26日
Solarisbank、独CoinbaseにKYCをBaaS提供
8月27日
Revolt、オーストラリアでも銀行免許申請か
8月31日
露Tinkoff、デジタルバンク免許申請締切直前にフィリピンへの進出を発表
(出典:筆者作成)
世界のネオバンク・チャレンジャーバンク
先月、
Revolut・Monzo・Starlingを比較した ように、英国では競争を促進し独占を壊すために進歩的な法律が制定された結果として、ほかの国々と比較して多くの活発なチャレンジャーバンクが見られるようになった。
しかしながら、最近では、オーストラリアをはじめアジアや南米など、欧米以外の地域でもたくさんのネオバンクやチャレンジャーバンクが勃興し始めている。そして、コロナ禍のパンデミックによる世界的な都市封鎖や支店閉鎖が、さらにデジタルバンキングの広がりを加速している。
伝統的金融機関が支店中心のビジネス・モデルを堅持している中、ネオバンクやチャレンジャーバンクは人々のネット経済への移行で大いに恩恵を受けている。一方で、伝統的金融機関も消費者需要の変化に追い付こうとデジタル変革に向けて投資をしながらデジタル化を追求しているのも事実だ。
以下、今まで触れることが出来なかった欧米以外のネオバンクやチャレンジャーバンクと伝統的金融機関のデジタルバンク化状況を伝えることで、この6カ月間の連載をまとめたい。
勃興するオーストラリアのチャレンジャーバンク
英国と欧州のチャレンジャーバンクが10年の年月を経て世界へ名前が知られるようになってから、オーストラリアの銀行業界ではこの種のデジタル変革に対しての可能性が開かれ始めた。
ここ2~3年という短期間の出来事だが、勃興しようとしているオーストラリアのチャレンジャーバンク市場における栄枯盛衰は、これから始まろうとしているアジアの国々のチャレンジャーバンクにとって、良い事例あるいは訓戒的な物語になるだろうと言われている。
オーストラリアでは、チャレンジャーバンクの誕生に向けて相次ぐ法規制の変更が2018年5月に施行された。しかし、これらの法規制の変更は、オーストラリアでの多くの金融機関による不祥事への一年にも渡る長い調査の結果でもあった。
オーストラリアの銀行業界は、4つの銀行が多数派を占めている。Commonwealth Bank of Australia、Westpac、National Australia Bank、ANZ Banking Groupである。IBIS Worldのデータによると、4つの銀行でオーストラリア銀行業界の74%を占めている。
調査の結果、オーストラリアの王立委員会は、金融機関間での不正行為を最小限にとどめるために76もの提案を行った。そして、チャレンジャーバンクが、正式な銀行免許を得ようと努力する最初の2年間は、制約のある仮免許で銀行経営をすることが許可されることになった。
オーストラリア健全性規制機構APRA(Australian Prudential Regulation Authority)によって承認される制限付きの預金受入金融機関資格であるRestricted ADI(Authorized Deposit-taking Institution)という免許が設定されたのだった。その結果、5つの有名なチャレンジャーバンクが、この法規制変更に伴って誕生した。それが、Up、Judo Bank、Volt Bank、Xinja Bank、86 400である。
■Up
オーストラリア市場に登場した最初のチャレンジャーバンクの1つであるUpは、銀行となる煩わしさが我慢できなかったようである。代わりに、Upは仮免許での銀行業務処理に対する法規制からの要求を回避しながら早期に信頼を獲得するために、正式な銀行になることをあきらめてネオバンクとなる道を選んだ。
2018年10月にBendigo and Adelaid銀行のネオバンクとして開業したが、結局、8月15日に同行によって買収されてしまった。
【次ページ】豪・主要バンク、Judo Bank、Volt Bank、Xinja Bank、86 400とは?