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  • 2021/07/27 掲載

米でCBDC発行が進まない深いワケ、「デジタルドル」成立の“落としどころ”は

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米連邦準備制度理事会(FRB)は米国の中央銀行として、ニューヨーク、シカゴやサンフランシスコなど全米12地区の各連邦準備銀行を通してドル紙幣を発行している。そのFRB内部で今、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行をめぐり、激しいイデオロギー闘争が繰り広げられている。その裏には、金融や経済をめぐる「大きな政府」「小さな政府」という永遠のテーマが横たわっており、簡単に決着しそうにもない。

執筆:在米ジャーナリスト 岩田 太郎

執筆:在米ジャーナリスト 岩田 太郎

米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』などの紙媒体に発表する一方、『Japan In-Depth』や『ZUU Online』など多チャンネルで配信されるウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、金融・マクロ経済・エネルギー・企業分析などの記事執筆と翻訳が得意分野。国際政治をはじめ、子育て・教育・司法・犯罪など社会の分析も幅広く提供する。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。

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デジタルドルの是非をめぐるFRB内の暗闘とは
(Photo/Getty Images)

順調に進んでいるように見えた発行準備

 まず、米論壇における議論の背景をおさらいしよう。主要国の中でCBDC発行に関して先行するのは、テクノロジー超大国の米国ではなく、中国だ。中央銀行の中国人民銀行は国内各地でデジタル人民元(e-CNY)の運用試験を積み重ね、さらにクロスボーダー決済も研究している。デジタル人民元の正式なローンチ時期は定められていないものの、2022年の北京冬季五輪で外国の選手や観客がe-CNYを使えるようにする計画だ。

 一方、欧州中央銀行(ECB)は7月14日、「現金を補完する」デジタルユーロの発行に向けて本格的な準備を始めると発表した。同行のクリスティーヌ・ラガルド総裁は声明文で、「ギアを上げ、プロジェクトを開始する」と述べ、本気度をアピールした。ECBによる実際のCBDC発行は2026年以降となると見られている。

 こうした中、慎重姿勢を貫いてきたのが米国のFRBだ。米テック大手のフェイスブックがグローバル暗号資産のリブラ(ディエム)を立ち上げようとした際、中央銀行の通貨発行権もとい国家金融主権に挑戦しようとした民間の動きを実質上つぶすことに迅速であったFRBだが、CBDC発行に関しては中国人民銀行に後れを取ることを意に介さなかった。

 この石橋を叩いて渡る姿勢には、CBDCにまつわる非常に広範囲かつテクニカルで煩雑な問題がまず解決されなければならず、米議会による立法も必要であることが挙げられる。世界の基軸通貨のデジタル化であるなら、なおさらだ。民間暗号資産であるリブラ(ディエム)コンソーシアムのように「走りながら考えて、現実は後からついてくる」というアプローチは採れなかったのである。

 とは言え、(1)ビットコインなど民間暗号資産の普及が世界中で急激に進み、(2)各国通貨と当初は連動するディエムなどのステーブルコインの計画が進行し、(3)ライバル国である中国や欧州、さらに日本がCBDC導入に動く中、米国のCBDC発行はいずれ不可避との論調が支配的だ。そのためFRBは、舞台裏で着々と準備を進めてきた。特に、ハト派と目されるFRB高官たちは、CBDC導入に積極的な発言を行ってきた。

 たとえば、過去にたびたび財務長官やFRB議長の有力候補として名が挙がったラエル・ブレイナード理事は5月に、暗号資産ニュースサイトのコインデスク主催のオンラインイベントに参加。「FRBは米ドルのデジタル版に関する調査と公的な関与を強化している」と述べ、「FRBは消費動向の変化を予測し、米国民が安全な中央銀行の通貨にアクセスできるようにしなければならない」との立場を表明した。

 さらに重要であるのは、ブレイナード理事が「民間企業によるデジタル決済の選択肢が増えることで、決済システムが分断化され、摩擦が生じて一部の消費者が閉め出される恐れがある」と警告し、金融包摂や消費者保護のために民間のステーブルコインよりもインクルーシブで安全なCBDCが優れていると示唆したことだ。

 特に、FRB前議長であったジャネット・イエレン財務長官やジェローム・パウエル現FRB議長は7月に入り、ビットコインなど暗号資産の不安定性や規制の必要性をことさらに強調しており、暗に「米政府による裏付けがあるデジタルドルは、安全性が不十分なステーブルコインよりも優れている」とほのめかしていると見られなくもない。

 翻って、1月に発足した民主党バイデン政権においても、暗号資産に精通した米商品先物取引委員会(CFTC)のゲイリー・ゲンスラー前会長が米証券取引委員会(SEC)委員長に任命され、CBDC賛成派であるコロンビア大学アカデミックフェローのレブ・メナンド法学教授が財務政策移行チームのメンバーを務めるなど、デジタルドル発行に前向きと捉えられる動きがあり、準備が順調に進んでいるように見えた。

 こうした中、FRBがCBDCに関するワーキングペーパーを今夏に発表することがアナウンスされ、市場の期待が高まっていたのである。

CBDC反対派の逆襲

 ところが、CBDCに関するワーキングペーパー発表を前に、FRB内のタカ派高官たちが、デジタルドルへの実質上の反対を明確にさせた。トランプ前大統領に任命された銀行監督担当のランダル・クオールズ副議長(任期は今年10月まで)は6月28日、ワーキングペーパー発表に悪影響を与えたくないと断った上で、「バスに乗り遅れまいとして(fear of missing out)、デジタル通貨に関する流行に安易に飛びつく」危険性に警鐘を鳴らした。

 クオールズ副議長はさらに、資本規制下にある中国のデジタル人民元を念頭に、「米ドルの世界基軸通貨としての地位が他国のCBDCによって脅かされているとする言説が流布しているが、ドルが基軸通貨であるのは貿易に必須ツールであり、懐の深い金融市場に支えられ、米国における法の支配と信頼できるFRBの金融政策という、他国通貨にマネのできない裏付けがあるからだ」として、人民元は米ドルに代わる基軸通貨になり得ないと示唆した。

 また、「FRBは民間のイノベーションを奨励してきた歴史があり、ステーブルコインを怖れる必要はない。グローバルなドル建てステーブルコインの普及は、クロスボーダー決済をより速く、より安価にして、世界的なドルの使用へのさらなる追い風になる」と予想した。

 加えて、リッチモンド地区連銀のトーマス・バーキン総裁も、「モバイル決済アプリのVenmoなどを通して多くの決済がすでにデジタル化しており、米国にはドルという名のデジタル通貨がすでに存在する」と強調し、CBDC導入論に疑問を呈した。

 これらの発言により、FRB内部ではCBDCに関する意見の根源的な相違が存在することが明らかになった。そのためか、当初は「今夏」とされたワーキングペーパーの発表が9月にずれ込むことが、パウエル議長による7月の議会証言で示されたのである。

【次ページ】デジタルドルは「大きな政府」への布石?

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