【連載】エコノミスト藤代宏一の「金融政策徹底解剖」
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これまで筆者は日銀の利上げ時期を10月と予想していたが、最近の一連の情報発信、具体的には内田副総裁や安達委員の講演、そして金融政策決定会合における「主な意見」を踏まえ、7月の可能性が高いと判断した。6月の金融政策決定会合では、長期国債の買い入れ減額方針が示されるのと同時に、利上げの予告に近い情報発信があるのではないか。今後の金融政策について不確実性は大きいが、主に4つのシナリオが考えられる。順に見ていこう。
【シナリオ1】7月に恐る恐る値上げで2025年に様子見
筆者が最も蓋然性が高いと判断しているのは「7月に追加利上げを実施した後(政策金利はプラス0.25%)、2025年春ごろまでにもう1度利上げを実施し(同プラス0.5%)、そこで様子見姿勢に転じる」というものだ。
インフレの背景に旺盛な個人消費がある米国とは異なり、日本は個人消費がマイナスで推移しており、お世辞にもデマンドプル型のインフレとは言い難い。インフレの根源を需要側と供給側要因に大別するならば、現在は供給側が強く効いており、そこに金融引き締めを講じる意味は乏しい。
マイナス金利と
YCCという極端な金融緩和に終止符を打った日銀は、恐る恐る政策金利を引き上げるものの、個人消費の弱さが足かせとなり、本格的な金融引き締めをちゅうちょするのではないか。
この点について、日銀の考えを整理しておこう。日銀は、コスト増(主に輸入物価上昇)による価格転嫁の動きを「第1の力」、賃金上昇に由来する物価上昇圧力を「第2の力」と表現している。
下図は日銀HPにある「展望レポート・ハイライト(2024年4月)」で用いられている概念図だ。水色部分が第1の力、桃色部分が第2の力を示している。
インフレ元年とも言うべき2022年は、ロシア・ウクライナ問題による1次産品価格の上昇がビッグプッシュとなった。投入価格の上昇に対する企業の基本戦略は、それまでは「我慢」、すなわち人件費を含むコスト削減によって価格を据え置くことであったが、急激な負担増に直面した企業は価格転嫁戦略へとかじを切った。
値上げを極限まで遅らせ、幅も最小限にとどめるというデフレ的な企業行動の根底には、自社製品・サービスの価格競争力低下に対する恐れがあったが、各社一斉の値上げによって、そうした恐怖から解放されたため、値上げの波が広がった。これが第1の力の基本的な姿であろう。第1の力は、企業の価格設定行動の変容を促したという点において、大きな役割を果たした。もっとも、それ自体は決して国民生活を改善させるものではなく、必ずしも良質とは言えない。
日本経済に金融引き締めの必要性はあるのか
概念図によると、この間、賃金上昇が起点となり、第2の力が水面下で強まっていたことが示されている。経済活動が正常化に向かった2022年以降、人手不足が一気に表面化する中、企業が背に腹は代えられぬとして賃上げに踏み切り、雇用の確保に努めたことが背景にある。また海外との賃金(物価)格差が国民的話題となったことも影響しただろう。
ワーキングホリデーを活用したパートタイム収入が日本国内のフルタイム労働者の収入を大幅に上回るなどといった事例が多く伝えられ、そうした空気が日本企業の経営者に賃上げの決断を促した面がある。連合が集計した春闘賃上げ率(ベア相当部分)は2023年にプラス2.1%、2024年はプラス3.6%(5月8日時点)とそれぞれ約30年ぶりとなる飛躍的伸びを記録した。賃金上昇を背景に需要(個人消費)が増大し、その結果として物価上昇につながるというのが第2の力である。
ここで問題となるのが個人消費の弱さだ。もし、本当に第2の力が強まっているなら、日本の個人消費は米国のように増加基調を強めているはずだ。だが、上述のように実質個人消費支出はひいき目に見ても横ばいで、お世辞にも強いとは言えない。「景気の過熱を抑え、賃金・物価の行き過ぎた上昇を防ぐ」というのが、本来的な金融引き締めの目的であると筆者は理解している。今の日本経済にその必要性があるかと言えば、それは疑問だ。
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