• 2024/11/01 掲載

自給率よりよっぽどヤバい「肥料不足」、埼玉県に聞いた「下水汚泥」の可能性(3/3)

「インフレ時代の農業」

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灰がそのまま肥料になるワケ

 荒川水循環センターの最奥部、1番荒川寄りに焼却炉が並んでいる。銀色の炉の周りに足場が組んであるシンプルな構造で、いかにも工場という感じがする。県内の他の下水処理場は「工場の雰囲気があるからか、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズのような特撮の撮影でよく使われています」と井村氏。

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荒川水循環センターの焼却炉
(写真:筆者撮影)

 荒川左岸南部支社の矢作 英智氏が、焼却炉を案内してくれた。

「焼却炉の中は850度以上の高温で汚泥を焼いています」(矢作氏)

 ダイオキシンは、600度以下の温度で燃焼すると発生しやすく、発生を防ぐには800度以上の高温で焼く必要がある。加えて、汚泥を燃焼させると窒素と酸素が結びついて、一酸化二窒素(N2O)が生じる。これは、二酸化炭素の約250倍の温室効果があるとされる。850度以上で焼くことが、その発生を抑える目安になっている。

 汚泥を焼却すると、灰ができる。これがそのまま、菌体りん酸肥料になる。ただし、非常に細かい粒子のため、このままだと飛散しやすく扱いづらいので、ひと手間かける。青磁色の箱型の機械を前に、矢作氏が「これが加湿機ですね」という。

「水を加えて混ぜ合わせて、水分が30%程度含まれるようにしています」(矢作氏)

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加湿機の説明をする矢作 英智氏
(写真:筆者撮影)

 取材で訪れた日、焼却灰はやや赤みがかった灰色をしていた。

「灰の色は汚泥の成分によって結構変わってきます。1番影響があるのが、雨が降ったときで、鉄が入って赤身がかったような色になります。今の色は、冬場に比べたら、ずいぶん赤い色に感じますね」(矢作氏)

 なお、ここまでの工程は、灰をセメントの原料にする場合とほぼ同じ。違いは、セメント用は石灰を混ぜるというだけだ。低コストに肥料を作れることが、埼玉県のこの取り組みの特徴となっている。

「できるだけコストをかけないで肥料にするとなると、普通の下水処理の過程で出るものを極力そのまま使うというのが、理想的だと思っているんです」(水橋氏)

 こうしてできた「荒川クマムシくん1号」は、重金属の数値が基準を超えないことを確認した上で、ホッパーからトラックの荷台に落とされ、出荷される。

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「荒川クマムシくん1号」を手にする井村 俊彦氏
(写真:筆者撮影)

 保証成分量は、リン酸全量16.0%。窒素とカリは少ないので、ほかの肥料の原料と混ぜることを前提にしている。下水汚泥自体には窒素が豊富に含まれるが、焼却時に酸素と結びついて気体になって失われてしまう。

 肥料の中に含まれるリン酸は、保証成分量より高く、24.3%。ただし、作物の根から徐々に吸収されるため、肥料で重視される「ク溶性リン酸」は12.7%にとどまる。今後、この濃度を高めたいと、ク溶性を下げる要因は何なのか、調査しているところだ。水処理の過程で、汚泥を分離するために使う「凝集剤」が影響している可能性がある。

「凝集剤は、アルミが入っているものや、鉄が入っているものを使っているんです。こうした鉄やアルミがク溶性を下げる要因になっているんではないか。なるべく使わない形にできれば、ク溶性も上がってくるんではないかと考えています」(井村氏)

 肥料化を検討したとき、選択肢の1つだったのがリン回収だ。神戸市や横浜市、東京都などが手掛けている。薬品を使って汚泥からリンを回収する方法で、高濃度のリンが取り出せる。肥料として利用するのに有望な技術とされている。

「どうしても薬品を使ったり、大掛かりな装置が必要だったりするので、コストが高くなってしまいます。リン回収した後にも、処理しなければならない汚泥が残り、その産廃処理もあってコストが高くてやりづらいところがあります。埼玉県としては、リン回収はなかなか手が出ないですね」(井村氏)

 その点、焼却灰の肥料化は追加の施設が必要なく、安価に製造できる。販売価格も安く設定できると井村氏は話す。

「これまでは灰を処分費を払って産業廃棄物として処分していたところがありました。逆に肥料として販売できるようになる時点で、これまで払っていた費用が節約できるので、それだけでもメリットになります。販売価格を上げないといけないわけではないので、肥料メーカーに安価に提供できるんじゃないか」(井村氏)

 菌体りん酸肥料は、埼玉県では現状、年間300トン程度しか確保できない。安全性を担保するため、重金属が基準値を超えていないことを全ロットで調査する。その間、一時的に保管しておける量がこの程度にとどまってしまうという。

 荒川水循環センターの敷地は広大だが、「これでも、もう空きスペースがほとんどなくて、手狭なんですよね」と水橋氏。

「もうちょっとスペースがあったら、できた灰を一時的に保管する場所を作って、肥料として出荷できる灰の生産量を増やせるとは思うんですけど。現状はそこまでのスペースが確保できていません」(水橋氏)

「下水汚泥」の肥料の課題

 下水汚泥由来の肥料を広めていくとき最大のネックが、使用者が不安を感じやすいということだ。下水は工場排水も流入することがあり、昔は重金属の含有量が高かった。今は排水が分けられたり、工場側で浄化処理をしたりするので、その含有は下がっている。それでも、かつてのイメージに引きずられ、忌避感を示す人はいる。

「使う側からすると、やっぱり1番気になるのが有害成分でしょう。私たちは肥料の規格にしたがってしっかりと管理をして、基準に適合したもののみを出荷することに努めていきます。これから栽培試験もして、問題などがないか確認をした上で、製品として使っていただけるように取り組んでいきたい」(水橋氏)

 肥料メーカーと組んで、窒素やカリなどほかの養分を補った肥料を開発中で、来年の商品化を目指す。できた肥料が県内で使われることを想定している。

「下水から生まれた資源が、県内の農家のもとに肥料としてまた戻ってきて、作物になる。それを県民が食べて、また下水に戻ってくるっていう形になると、くるっと1周できるので、そういう資源循環も目指していきたい」(井村氏)

 最後に下水道絡みの豆知識を1つ。埼玉県の副知事には、下水道事業を統括する県下水道事業管理者が立て続けに就任している。砂川 裕紀・前副知事と、その後任の山﨑 達也副知事がそうだ。なぜなのか。

 理由として、さまざまな部署から横断的に人が集まることが考えられるという。たとえば、井村氏は分析や研究を担う化学職で、環境部の在籍期間が長い。水橋氏は国交省から出向している。もちろん事務職もいるし、技術職にしても、土木や設備などさまざまある。

「色々な職種の人が集まって、成り立っている。そういう意味でも、一番上位にいるマネージャーである下水道事業管理者は、しっかりした人の方がマネジメントしやすいというのがあるかもしれません」

 水橋氏のこの言葉に、井村氏も「県庁内でも、ここまで色々な職種が満遍なくいる部署って、そんなにないかもしれない」とうなずく。県民の快適な生活を見えないところで支える下水道事業は、県庁の屋台骨を支える重要人物を輩出する部署でもあった。

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