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  • 2023/08/07 掲載

全樹脂電池とは何かをわかりやすく解説、トヨタも期待の“日本発”次世代電池の全貌

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これまでの常識を覆す、日本発のリチウムイオン電池「全樹脂電池」が世界から注目を集めています。全樹脂電池とは、材料に樹脂を使用し、構造を簡素化した、まったく新しいリチウムイオン電池です。開発したのは日本のスタートアップ企業であるAPB。トヨタをはじめ多くの企業から出資を受け、量産工場も設立。2023年3月には、時価総額248兆円の世界最大のエネルギー企業であるサウジアラムコと連携協定を締結しました。勢いに乗る全樹脂電池について、構造やメリット・デメリット、用途など、次世代電池の基礎をわかりやすく解説します。
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APBが開発した「全樹脂電池」とは何か
(出典:APBリリース、一部加工しています)

全樹脂電池とは何か

 全樹脂電池とは、主要な材料に樹脂を使用した新しいリチウムイオン電池のことです。三洋化成工業による支援の下、2018年10月に設立したスタートアップ企業のAPBが開発しました。

 従来のリチウムイオン電池は、正極にリチウム含有金属酸化物、負極にグラファイトなどの炭素材、電解液に有機電解液を用いています。一方、全樹脂電池は、正極・負極ともに樹脂製とし、電解液はゲル状の樹脂に置き換えられています。

 また、従来のリチウムイオン電池は「集電体」と呼ばれる部品に銅やアルミなどの金属が使われますが、全樹脂電池では導電性の樹脂が使われます。なお、集電体は、電極と接触して外部に電気を取り出す端子のことです。

従来の電池とまったく異なる「材料と構造」

 全樹脂電池は、従来の電池と構造がまったく異なります。その大きな違いが、全樹脂電池が「バイポーラ型」と呼ばれる構造を採用していることにあります(図1)。

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図1:全樹脂電池の構造
(APB資料より編集部作成)

 バイポーラとは双極という意味であり、1つの集電体の両面に正極と負極の2つの電極を併せ持った構造です。この電極が、薄膜状になっており、セパレータを介して何層も積み重ねられ、1つの電池を形成しています。

 従来のリチウムイオン電池において、個々の電池(セル)を組み合わせるには、電池の外装体や接続のための配線が必要でした。しかし、全樹脂電池の場合、セルの層を積み重ねるだけで、集電体表面で通電可能なため、配線が不要となります。

 さらに集電体に対して垂直方向に電流が流れるため、通電距離が短くなり、電気抵抗を低くできます。つまり、樹脂の電気の流れにくさを十分過ぎるほどカバーできる構造なのです。

 なお、正極や負極は、電解液を含んだゲル状の膜、活物質と呼ばれる粒子、導電助剤、導電性の繊維状の物質などから構成されています(図2)。

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図2:全樹脂電池の電極内部の構造
PATENTSCOPEより編集部作成)

 このように、全樹脂電池は「材料」と「構造」が、従来のリチウムイオン電池と大きく異なります。

開発企業の「APB」とは?

 全樹脂電池の開発者は、2018年10月に設立したスタートアップ企業のAPB(福井県越前市)。代表取締役の堀江 英明氏は、もともと日産自動車出身で、世界で初めてリチウムイオン電池を搭載したEV「日産リーフ」のバッテリーシステムを開発したエンジニアです。

 当初、三洋化成工業の支援の下で行われてきた開発も終了し、生産工場を福井県越前市に建設しました。

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APB福井センター武生工場外観
(出典:APBリリース

 2021年5月に同工場を開所し、全樹脂電池の量産化に向けた準備が進められています。

メリット

 APBによると、全樹脂電池を活用するメリットは「安全性」「低コスト」「デザイン」の3つです。いずれもAPBによる世界初の技術により実現したものです。

(1)安全性
 全樹脂電池の最大の特長が安全性です。全樹脂電池は従来のリチウムイオン電池に比べて異常時の信頼性が高く、発火や爆発のリスクが圧倒的に低いです。

 リチウムイオン電池にとって大きな懸案事項である発火や爆発のリスク。劣化や衝撃による変形などにより、電池内部で短絡(ショート)が生じると、引火性のある電解液からガスが発生して爆発や発火が起こります。これは短絡時に、電流が流れやすい金属の集電体を通して、急激に大量の電流が流れるためです。

 一方、集電体を樹脂に替えることで、短絡しても、大量の電流が流れにくくなります。特に電池が大型化する電力貯蔵の場合、火災時の規模が大きくなり、より高い安全性が求められます。全樹脂電池は樹脂製のため、短絡時に1カ所へ大電流が流れないですし、またそもそも短絡しづらい材料なのです。

 金属と比べ電流が流れにくい樹脂の性質をうまく利用した、発想の転換と言えます。

(2)低コスト
 全樹脂電池の製造プロセスは、よりシンプルであり、製造コストを抑えることができます。従来のリチウムイオン電池の製造に必要だった、電極を乾燥する工程や金属集電体の加工工程などのプロセスが不要なためです。

 さらに先述説明したように、従来のリチウムイオン電池はセルを組み合わせるために電池の外装体や接続のための配線が必要でしたが、全樹脂電池はバイポーラ型構造でセルを積み重ねるだけで接続ができるため、配線が不要です。

 製造プロセスの短縮や部品数の削減などによってコスト低減を実現しました。

(3)デザイン
 電極部材がすべて樹脂であるため、形状の自由度が高いことが特長です。用途に合わせて自由にデザインできるので、大規模蓄電池など多用な製品に展開できます。

 またセルの膜厚を調整することでエネルギー密度と出力の調整を容易に行うことも可能です。

デメリット

 全樹脂電池もリチウムイオン電池である以上、リチウムの価格や安定供給の課題は残されます。ただし前述のとおり、製造プロセスが簡素で必要部品も削減できるため、コスト面での強みがあります。

 また、従来のリチウムイオン電池をはじめとする電池事業に参入するにあたっては、量産化を進め、グローバルな競争に打ち勝たなければなりません。

 全樹脂電池は世界初の技術であるため、量産化の製造技術の確立を一から行わなければならず、また、量産化に向けた膨大な資金調達が必要になることが、当面の課題になりそうです。

全樹脂電池と全固体電池の違い

 全樹脂電池とは別に、似たような名前の全固体電池があります。全固体電池は、電解液が固体状ですが、集電体には金属部品を使用しています。全樹脂電池の方が、より安全性が高く、製造が容易で低コストと言えるでしょう。

 実用化については、全固体電池がリードする状況です。TDKや村田製作所は、電装部品用などの小容量分野で実用化を進めており、トヨタなどは全固体電池搭載の試作車を開発して試験走行を行っています。 【次ページ】全樹脂電池の用途、トヨタとの関係、展望について解説
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