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製造業の復活が日本経済復活のカギを握ると言われて久しい。技術立国と言われた日本は本当に「今は昔」となってしまったのか。否定的な意見も多く聞かれる中、「日本には海外に真似できない素晴らしい面がある」と語るのは、元アップル日本法人社長の前刀 禎明氏だ。製造業は「ものづくり」から「価値づくり」にシフトしていき、そのためには「創造力」が必要という。前刀氏に、日本の製造業に何が足りないのか、「創造力」とは何かについて聞いた。
製造業は「創造業」に変わらなければならない
これまでの日本の製造業は、明らかにニーズが決まっているものを、「短期間」かつ「品質良く」作ることが重視されてきました。それを実現すれば売れていた、つまり「短期間で品質の高い製品を大量に作る」ことが価値とされてきたのです。
しかし現在は、製品自体にしても、製品を構成する部品にしても、そのもの単体では価値を生みません。海外製の部品・製品でも、部品・製品同士を組み合わせて新たな価値を生み出すことが、市場からは求められているのです。
すなわち、ものづくりは「価値づくり」に変わってきており、その意味で、製造業は「創造業」に変わらなければならないと思っています。これは料理と同じです。材料を集めてそれを料理し、価値のある商品に仕上げる、そうしたシェフの役割を、製造業の企業が担わなければなりません。
まさにアップルやディズニーなどの海外企業は、そうした役割を担っています。では、日本メーカーが海外勢にかなわないのかと言えば、そんなことはありません。私は、日本の良さは「職人の技」にあるように細かい質感にこだわる点です。手先が器用で「無限小」とも言うべき、細部へのこだわりや繊細な感性は海外の人には真似できないものです。
ChatGPT登場でも起きた「創造力」の欠如
一方で、日本は「無限大」が苦手です。あるものを作り、それを最高の品質にすることには秀でていて、すでに定義されているものを最適化することは得意です。しかし、そのものの「価値の再定義」は不得意なのです。
そして再定義したり前提を覆したり、リセットしたりすることが今後の製造業に求められています。私は、「普通」「常識」といったものが日本の成長を阻害しているのではないかと思います。今までの非常識を常識にすることが大事で、そのキーワードになるのが「創造力」だと思っています。
ただ、日本はある着眼点に対して意見がネガティブサイドに寄りすぎることがありますが、これは創造力の欠如の1つだと思っています。
たとえば、今注目されている対話型AIのChatGPTについて、「まだ返答がうそばかりだ」といった意見が見受けられます。でも私はそれでいいんじゃないかと思います。そもそもAIに完璧な正解を求めるほうがおかしい。
どうテクノロジーを使いこなすかというのが大事ですし、AIは子どもが成長する過程と同じくらい、劇的に成長(進化)しているのが現状なのです。子どものあら探しをする人はいませんよね。
また、自動運転車の事故が起きると、とても騒がれますけど、人間が運転する車がどれだけ事故を起こしているのかという視点は忘れられやすいです。つまり、テクノロジーの先にある「価値」に関する創造力が欠如しているのです。
何ができないか、何が足りないのかではなく、今ある能力で何ができるかという創造力を高めたほうが良いのではないでしょうか。
過去にも、自動車やパソコンが登場した際、同様にネガティブな反応がありました。ですが、今では自動車もパソコンも当たり前のものとして受け入れられています。つまり、大事なのは、「テクノロジーの進化は不可逆的なもの」と受け入れることなのです。
製造業「復活のカギ」となる2点
ものづくりではよく「ニーズを探れ」と言われます。しかし私は、究極のマーケットインとプロダクトアウトを両立することが大事だと思っています。
これはソニーやアップルのものづくりにも通じる話です。彼らは「お客さまが欲しているもの」ではなく「お客さまのためになるもの」を創ることをミッションに掲げています。マーケットインではニーズをくみ取ることが重要とされていますが、お客さまに聞いても「お客さまは何が欲しいのか」を知ることは実はできません。目の前にあって、使ってみて価値を感じて初めて「欲しい」と思うというわけです。
iPhoneが世の中に出たときだって、どんなにカスタマーリサーチを尽くしても「携帯電話からテンキーをなくして欲しい」という要求は出てこなかったはずです。そもそもできると思っていなかったでしょう。テンキーのない携帯電話が目の前に出現して、価値が認められ、デファクトスタンダードになったのです。
ものづくりに携わる人は、「何を作れば、お客さまのためになるか、価値になるか」を考え抜くことが必要です。これがマーケットイン、使う人の視点に立つ肌感覚です。そして、そこに対して造り手として妥協なきプロダクトアウトを行うことが必要です。
本来対立軸で語られることの多いこの2つが両輪として機能することが、製造業復活のカギを握っています。
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