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在宅勤務やリモート授業の増加により、アップルのiPhoneやiPad、MacBookなど高価格帯のハードウェアの売れ行きが好調だ。さらに、ティム・クック最高経営責任者(CEO)が、ハードウェアに次ぐ「第2のビジネスの柱」として短期間で大きく成長させたサービス部門も堅調である。だが、米世論で強まる規制分割論で、独占禁止法絡みの逆風も吹く。こうした中、アップル株は「買い」なのだろうか? 稼ぎ頭の「iPhone」、伸び盛りの「サービス」、それらの将来を占う「ビジネス環境の変化」を中心に分析する。
「10億人のiPhoneユーザー」の意味
従来、iPhoneで大成長を遂げたアップルは、各四半期のiPhone出荷台数を発表していた。それらの数字は、右肩上がりで売り上げが伸びていた時期には投資家から好感を持たれていたが、iPhoneの浸透度が飽和点に近づき、ライバル製品が高価格帯でアップルのシェアを突き崩すようになった2019会計年度(2018年10月からの新年度)からは、発表を控えるようになった。
こうした中、iPhone、iPad、MacBook、サービスなどのセグメント別の売り上げが公表されるようになり、クックCEOが新たな収益の柱としたサービス分野の好調も相まって、iPhone出荷台数は関心を持たれなくなっていった。だが、出荷台数の伸びが鈍化したとはいえ、世界中で使用されるiPhoneの台数が重要性を失ったわけではない。
なぜなら、iPhoneはiPadやMacBook、さらにアップルが提供するサービスや閉じられたエコシステムへの入り口、すなわち「後戻りしにくい表玄関」の役割を果たす製品であるからだ。そのため、どれだけのiPhoneが現役で使われているかは、アップルの収益性や将来の事業の発展を占う上で、引き続き重要な指標となるのである。
アップルが記念すべき10億台目のiPhoneを販売したのは、2016年のことであった。しかし、旧式になり使用に耐えなくなる文鎮化、故障や破損による退役などで、実際に使われる台数は10億台を超えることはなかった。
しかし、アップルに特化した調査企業である米アバブ・アバロンの創業者で、独立系のアナリストであるニール・サイバート氏の推計によると、毎年の新規購入者は減少する一方で、2020年9月に、現役のiPhone製品が10億台を突破したという。これに加えて、アップルは毎年2000万~3000万台のiPhoneを販売している。
ハードウェアの買い替えサイクルは長くなったものの、「アップル信者」たちの信仰心はいまだに堅固であり、同社の製品やサービスを購入し続ける。このため、アップルが10月に発表した5G対応最新型のiPhone 12の各種バリエーションへの買い替え需要が爆発すると見るアナリストは少なくない。これは、収益の第1の柱が急激に伸びる可能性を示唆するものだ。
買い替えのスーパーサイクル到来か
金融大手の米モルガンスタンレーのアナリストであるケイティー・ヒューバティー氏は、「すべてのサインがiPhone 12シリーズへの買い替えのスーパーサイクルを指し示している」と断言する。さらにヒューバティー氏は、「10月に始まった2021会計年度は、iPhoneを含むすべての製品で旺盛な買い替え需要により前年比2桁の成長が望める。販促のための積極的な補助も助けとなるだろう」とする。
事実、通信大手の米Tモバイルをはじめ各社は、直近で最新モデルであったiPhone 11シリーズ製品の良品の下取りに最高で850ドルを支払うのをはじめ、現時点でギリギリ最新のiOS 14をサポートするiPhone 6sに380ドル、最新OSではサポート対象から外れたiPhone 5sにも230ドル、さらには「文鎮化」して久しいiPhone 4や初代iPhoneまで下取り対象に含めるなど、太っ腹の販促策を実施し、iPhone 12シリーズへの買い替えのスーパーサイクルを巻き起こそうとしている。また、アップル製品のコアなファン層はより裕福で、コロナ禍の影響を受けにくいことも追い風だ。
アップル株は、同社の時価総額が米企業として初めて2兆ドルを突破した8月から低迷し、11月3日現在110ドル近辺で取引されている。これは、iPhone 12発表を控えて旧型スマホ売り上げが市場予想に達しなかったことが大きい。しかし、依然としてアップルの時価総額は米国一であり、5G対応のiPhone 12シリーズによる買い替えのスーパーサイクル発生を予言するヒューバティー氏は、強気だ。目標株価を「買い」の136ドルに設定している。
iPhone 12には「中国リスク」も
一方、金融大手の米シティのジム・スバ氏は、iPhone 12に「中国リスク」があると警鐘を鳴らす。まずスバ氏は、アップルが5G製品を、満を持して5G普及率が高い中国で販売できることはプラスであるとしながらも、同社が近未来の売り上げ予測を公表しなかったことが気にかかると語る。
さらに、中国に関しては悪化する米中関係による売れ行きの伸び悩みや、中国で製造されるアップル製品が米中関係に起因するサプライチェーンへの悪影響を受ける可能性があり、注視が必要であろう。
それでもスバ氏は、目標株価を125ドルとして、「買い」の判断を維持している。また、iPhone 12の当初の売り上げが良好で、年末商戦においてもその勢いを維持できるなら、株価はさらに上げるだろうとする。
こうした中、iPhone 12シリーズの売れ行きを悲観して、目標株価を75ドルから80ドルに設定したのが、米ゴールドマンサックスのロッド・ホール氏だ。これは現在の株価水準から35%低く、市場アナリストの目標株価平均である123ドルを40%も下回る数値だ。ホール氏は、アップル経営陣が近未来の売り上げ予測を明確に述べなかったことを理由とするが、これは少し極端であろう。
事実、iPhone 12シリーズの発売後、米通信最大手のAT&Tのコールセンターには機種変更を目的とする顧客の電話が殺到し、全量をさばききれなくなっていると米調査企業のカウンターポイントが報告している。そのためAT&Tでは、「iPhone 12シリーズの注文をオンラインで行い、店舗で受け取るよう」要請している。本当にゴールドマンサックスのホール氏の悲観的な見解が正しいのであれば、このような現象は見られないはずだ。
翻って、アップルを含むIT大手に対する規制分割論が高まりを見せている。すでに米司法省がアップル製品のデフォルト検索がグーグルに設定され、アップルが毎年80~120億ドルと推定される手数料を受け取っていることなどを独占禁止法違反として、グーグルに対する提訴を行っている。
これに対しアップルは米国証券取引委員会に提出した年次報告書(10-K)で、「米議会で規制法が成立すれば、アップルによる企業買収や他社との関係を見直す必要が出るかもしれない」と警告し、「弊社のビジネスパートナー(グーグルを指す)が敗訴した場合、弊社の財務状況や決算に悪影響を及ぼす可能性がある」としている。
とはいえ、クックCEOが決算発表でアナリストたちに語ったように、司法省のグーグルに対する訴訟は「長期にわたるため、今すぐにアップルのサービス収益に悪影響を与えるものではない」ことは念頭に置いておくべきだろう。
米金融大手コーエンの推計によると、グーグルが支払う手数料を含めたアップルのサービス利益(2020会計年度は約500億ドル)は、同社の利益全体の約40%に相当する。そのため、万が一アップルがグーグルからの収入を失えば、順調に伸びるサービス収入の4分の1以上が消える計算だ。アップルに備えはあるのだろうか。
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