【連載】現役サプライチェイナーが読み解く経済ニュース
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なぜサプライチェーンの「国内回帰」が必要なのか?
サプライチェーンコストが変化してきた要因の1つは、生産コストと比較し、従来は軽微だった物流コストが高くなってきていることにあります。これにはさまざまな理由があります。
COVID-19は1つのきっかけですが、コンテナの偏在や港湾における船舶の渋滞、日本の抜港(予定していた寄稿を取りやめること)、海運の運賃の乱高下などは記憶に新しいかもしれません。ほかにも、紛争や自然災害による主要運河の通航リスク上昇などがあり、物流コストは上がっているのです。
これは単に物流にかかる費用が高くなっているだけでなく、原材料や部品の調達、商品の販売を継続できないリスクも高まっていると言えます。そのため、日本でも国家戦略として重要物資の国内生産を重視し始めているのです。
サプライチェーンデザインの観点でさらに詳しく見てみましょう。生産コストと物流コストは、下の図2を見てのとおりトレードオフの関係にあります。たとえば工場を自国から離れた人件費の安い地域に集約すると生産コストは下がりますが、物流コストやリスクは高くなる傾向があります。
従来は、生産コスト低減が重視されたサプライチェーンデザインが考えられてきたため、先述のとおり工場を海外に移しました。ですが昨今は、コスト構造やビジネスリスクの変化によって、物流コスト低減を目指すデザインが選択肢に入ってきています。
その具体的なアクションの1つが、工場や物流拠点を自国や近隣国へ戻すリショアリングやニアショアリングなのです。
たとえば米国企業では、有力なサプライチェーン拠点の候補としてメキシコを挙げています
(注) 。ローランドベルガー社のシニアパートナーであるBarry Nealらによると、メキシコの人件費は、これまで有力な生産拠点であった中国よりも30%程度安いとされています。また、物流コストも鉄道を活用できるため安く、そうした社会的なインフラも整備されてきているのがメリットとされています。
注)
Barry Neal, Richard Gehlmann, James Reckitt, Louis Rolland. “Location, Location, Location: Key Steps in Reshoring Your Supply Chain”. Journal of Business Forecasting, Winter 2023-2024, pp.128-34.
国内回帰で押さえておくべき「3つのポイント」
このように、今改めてサプライチェーンデザインを見直すべきタイミングに来ていると考えています。最後にBarryらが整理している、リショアリング・ニアショアリングを検討する際の3つのポイントを押さえておきましょう。
1.サプライチェーンの現状を分析する
現在の調達、生産、物流、販売における制約条件を整理します。ここで、自社のバリューチェーンを分析し、競争力の源泉も確認しておきます。これはS&OP(Sales and Operations Planning)のアジェンダとしてふさわしい検討事項であり、
本コラム でも解説したシナリオ分析にもチャレンジできると良いです。
2.新しいサプライチェーンデザインに必要な要素を整理する
自社の商品ポートフォリオを分析し、戦略上重要なセグメントを見極めます。特にその調達、生産条件の可視化が必須になります。さらにこれらの中長期的な
需要予測 、売上計画を立案し、必要なキャパシティを算出します。ここでは単に過去データから需要を予測するだけでなく、成長戦略を踏まえた意思入れも重要です。この理想像と現状のギャップから、目指すサプライチェーンデザインに必要な要素を整理していきます。
3.具体的なサプライチェーン戦略とマイルストーンの設定
目指すサプライチェーンデザインにおける生産、物流拠点を整理します。ここで、財務指標への影響を整理し(ファイナンスモデル)、投資対効果も見極めます。つまり、これはサプライチェーンのデジタルツインを構築するのと同じであり、そこでオペレーションとファイナンス、2つの軸でのシミュレーションを行うということだと筆者は解釈しています。
SCMのこれからの進化にはデータサイエンスの活用が必須だと筆者は考えています。具体的には、サプライチェーンのデジタルツインによるシミュレーションであり、それで経営層の意思決定の質とスピードを高めることです。
このプロセスが過去から知られるS&OPです。しかし各業界、各社の現実のサプライチェーンをサイバー空間で精緻に再現することは簡単ではありません。大きな絵としてサプライチェーンのデジタルツインを描きつつ、需要予測や供給計画に機械学習や最適化などの先端技術を自社に合わせてアレンジしながら、少しずつ導入していくのが近道だと考えています。
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