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インフレ懸念が予想外に高まっていることから、各国の株価が下落している。市場が敏感になっているのは、単純に物価上昇による悪影響を気にしたからではない。金利の過度な上昇によるマネーの縮小という大転換を恐れているからである。もし全世界的なマネーの縮小が本格化した場合、その影響は長期化する可能性がある。
世界の株価は下落基調に
米国のダウ平均株価は年初以来、下落基調が続いている。一時は株価が回復する兆しも見せていたが、4月に入って下落傾向がさらに顕著となった。週ベースのダウ平均株価は5月20日時点で8週連続の下落となっており、これは90年ぶりの出来事である。日米の市場は基本的に連動しているので、日本株もほぼ同じような状況だ。
株価が冴えない最大の理由は、各国でインフレ懸念が高まっていることだが、単純に物価が上昇するだけであれば、株価にそれほど大きな影響は与えない。一般的に物価上昇が進むのは景気が良い時であり、そのような状況であれば企業業績も拡大するので、株価も基本的に上がっていく。
問題なのは、景気の拡大ペースを物価上昇ペースが上回った時である。景気の拡大が物価上昇に追い付かないと、実質賃金が下落するので消費者の購買力が低下する。これによって一部の商品は売れ行きが悪くなるので、当該企業の株価は伸び悩む結果となる。
しかしながら、こうした動きも消費者の購買行動の変化によるものなので、相場全体の逆風になるとは限らない。だが現時点においても、ネット企業を中心とした成長株は、すでに暴落に近い値動きとなっている。消費者の購買行動の変化だけでは、ここまでの逆風について説明できない。インフレ懸念が、成長株を中心に株価に大きなインパクトを与えている最大の理由は、物価上昇が想定外に進むと、金利が急上昇する可能性が高まってくるからである。
これまでの経緯を振り返ると、日本を除く世界の株式市場は約30年にわたって上昇を続けてきた。90年代以降、世界経済はIT化とグローバル化が進み、企業業績が急拡大した。新興国の経済も急成長しており、これが世界の株価上昇の原動力となった。1990年前半に3,000ドル台だったダウ平均株価は30年で10倍以上に上昇したが、世界経済のIT化とグローバル化だけでは、ここまでの株価上昇について説明するのは難しい。
これほどまでに株価が上がった背景には、貨幣的な要因があると考えるのが妥当であり、もっと具体的に言えば米国による大量のマネー供給がその源泉であることはほぼ間違いない。
大量のマネーが市場から消える
世界の金融市場にどれだけのマネーが出回っているのかを示す指標の1つにワールドダラーと呼ばれるものがある。これは、米国の中央銀行に相当するFRB(連邦準備理事会)のマネタリーベースと、各国の中央銀行が外貨準備として保有する米ドルを合算したものである。
ワールドダラーは、世界経済のグローバル化を背景に、順調な伸びを示していたが、その伸びが特に激しくなったのはリーマンショック以降である。1990年に4,000億ドル程度だったワールドダラーは、リーマンショック直前の2008年には約5倍の2兆ドルまで膨れあがった。
ところが米国をはじめとする各国の中央銀行はリーマンショックに対処するため、大量のマネーを市場に供給する量的緩和策を実施。リーマンショック後、ワールドダラーは一気に7兆ドルまで増加し、コロナ危機の影響もあって2020年には9兆ドルを突破した。長期的に見ると、ダウ平均株価の動きはワールドダラーの動きとほぼ連動しており、両者の相関性は極めて高い。
昨年後半までの米国経済は、物価と同時に賃金も上昇しており、健全な成長であるとの見方が多かった。ところが今年に入って、物価の上昇ペースが賃金上昇ペースを上回るようになり、FRBはインフレについて警戒感を強めている。
FRBのパウエル議長は、2022年5月から金融緩和の正常化(量的縮小)をスタートすると宣言しており、実際、5月以降、市場からのマネーの本格的な回収が始まった。もし現時点で想定されている縮小ペース(月額950億ドル)でマネーが回収されると、わずか2年足らずで2兆ドル以上のマネーが市場から消えることになる。株価とワールドダラーが連動するのだとすると、これは株価の大きな下落要因と言って良いだろう。
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