- 2025/01/22 掲載
USスチール買収阻止「政治的な」思惑とは、成否のカギは日鉄・橋本CEOの「ある行動」(3/3)
連載:米国の動向から読み解くビジネス羅針盤
実は「否定的ではない」米世論が成功のカギ
バイデン前大統領とトランプ新大統領は、買収計画に強く反対している。だが、買収阻止命令に対する日本側の強い反発に驚いたバイデン前政権のCFIUSは、トランプ新政権で再審査を可能にする「譲歩」を行った。一方で、米国では党派を問わず、また行政や立法、司法の枠を超えて、経済ナショナリズムの高まりを見せている。米国経済の自立を阻害する可能性のある、外国資本による支配やグローバル市場の変動に対し、保護主義的な政策を採用するようになっているのだ。
たとえば、中国共産党の影響下にあると疑われるTikTokに対し、米国資本への身売りを強制する法律が米議会で成立したことが挙げられる。それを米連邦最高裁判所が国家安全保障上の理由から是認すると見られることも、そうした潮流の一部だ。今回のUSスチール買収阻止も、米国の経済ナショナリズムの象徴的なものであろう
経済ナショナリズムの高まりの中、米国への製造回帰、米国にとって有利な貿易、米国人労働者の保護は超党派の既定路線となっている。日本企業による米国企業の買収も、以前のようなグローバル事業展開や利潤最大化の視点のみで捉えるのではなく、いかに経済ナショナリズムの文脈で政治家の手柄や得点稼ぎに貢献できるかを考える必要がある。
大きな潮流に逆らって買収を成功させるために、日本製鉄は何ができるだろうか。留意すべきなのは、経済ナショナリズムが勢いを得る一方で、アンケート調査の結果に見られるように、米世論は日本製鉄のUSスチール買収計画に否定的でもないことだ。与えられた半年の時間で、日本製鉄が米世論を味方につけるため、できることはまだある。
米国在住の筆者から見て、買収計画に反対が起こった際の日本製鉄の反応は、悪手であった。「買収はwin-winだ」と主張するばかりでは、米有権者の心に響かないからだ。
買収のディールが発表された直後から、労働組合をはじめ、政治家や論客たちからは、「我々は日本製鉄のことをよく知らない」との声が聞かれた。一方、その後、日本製鉄の幹部がUSスチールの労働者と話し合いを持つなど、地元レベルでは事態が改善された。
日本製鉄・橋本CEOに「足りない」ある行動
しかし、なお足りないものがあるのではないだろうか。それは、経営者の「パフォーマンス」だ。日本製鉄がUSスチールの労働者から一定の支持を受けながら、バイデン前大統領の決断を覆せなかった背景には、ナマの交流と人間味の発信の不足から来る不信感がある。今回の大統領選で勝利したトランプ氏は、マクドナルドでエプロンを着用してバイト体験をしたり、ごみ収集車に乗り込んだりして、労働者層の心をつかむことに成功した。もちろん、トランプ氏は大富豪であり、実際には労働者層の人々の生活を理解はしていないだろう。だが、たとえパフォーマンスであっても、人々は彼を身近に感じたのである。
日本製鉄の橋本英二会長兼CEOは1月7日の会見で、「トランプ氏は製造業をもっと強くしたい、労働者にもう一度豊かな暮らしと明るい未来を提供したいと言っており、弊社の買収提案はまさにその趣旨に沿っている。それを説明することで理解を得られると思っている」という趣旨の発言をした。正論やロジックを使えば説得できるとの信念だろう。
だが、トランプ氏を含めて人間は感情で判断する部分も多い。日本製鉄のアプローチには、その「人間味」が欠けているように見える。橋本氏は、USスチール本社があるペンシルベニア州ピッツバーグの製鉄所で作業服を着て従業員と働き、一緒にランチを食べて彼らの家族の話や関心事に耳を傾けるくらいのパフォーマンスをしても良いのではないか。
こちらも人間、あちらも人間である。通じる部分はあるはずだ。そうした交流の様子や経営者の人間味を米メディアに取材させ、報道してもらえば状況は有利に傾く可能性もある。
そうなれば、トランプ氏も日本製鉄に同情的な世論を完全には無視できなくなる。彼が最も気にするのは、有権者の思いや感情であるからだ。
トランプ新大統領は買収阻止を明言しており、翻意はあり得ないともされる。それでも、日本製鉄が人心掌握をしておけば、経済ナショナリズムに効果的に対抗できるのではないだろうか。
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