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  • 2019/11/28 掲載

日銀 FinTechセンター長 副島豊氏に聞く、ネオ・マネーの登場と変わりゆく決済インフラ

FinTech Journal創刊記念インタビュー

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日本銀行は2016年4月、FinTechセンターを設置した。キャッシュレス決済をはじめ、フィンテックが金融サービスの向上や持続的成長に貢献するような役割を果たすのが目的だ。同センター長を務める副島 豊氏に、お金の新たな形態「ネオ・マネー」とフィンテックが「決済インフラ」にもたらしたインパクトについて話を聞いた。
聞き手:編集部 松尾慎司、山田竜司、構成:阿部欽一、写真:大参久人

聞き手:編集部 松尾慎司、山田竜司、構成:阿部欽一、写真:大参久人

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日本銀行決済機構局 FinTechセンター長 副島 豊 氏

フィンテックとマネーシステム・決済システム

 まず、フィンテックがマネーシステムや決済システムにもたらしつつある影響について、3つの視点からお話を始めたいと思います。

 1つ目は、現金と預金という伝統的なマネー以外に、マネーの機能を持つ「新しいマネー(ネオ・マネー)」が登場したことです。プリペイドされたお金の対価として発行されたポイントは、店頭やECでの購入のみならず、他人に送金できたり、現金として引き出すこともできます。このように預金マネーに類似した機能を持ったさまざまなタイプのマネーが登場してきています。

 お金の役割には、「決済に使える」「価値の保存ができる」「価値を測ることができる」の3つがあります。この3機能を持つものをお金と呼ぶ、というように再帰的にお金を定義することもできます。

 3機能のうち、「決済に使える」「価値の保存ができる」という機能を従来とは異なるかたちで備えた新しいお金が登場しています。私は個人的にそれを「疑似マネー」あるいは「新しいマネー(ネオ・マネー)」と呼んでいます。

 たとえば、プリペイドして得られたポイントや、買い物、ポイントバックサービスで付与されたポイントを使って買い物することができますし、通信代の支払いや後払いサービスの決済といった債務の清算にも利用できます。

 もちろん、将来使うために未来の購買力としてとっておくこともできます。従来、こうした機能は、現金や預金という伝統的なマネーによって提供され、それを支えるインフラが構築されてきました。ところが、近年、ポイントをはじめとした多様なマネーが登場してきたことによって、それを支えるインフラにも変化が生じています。

 プリペイド型のマネーにおいては、対価として発行されたポイントやトークン(価値を表象するもの)をプールしたシステムが一種のクリアリングハウスのように働きます。

 店舗でポイントを使って購入した際に、プリペイドされたお金が資金決済インフラ上ですぐ振り替えられるわけではなく、たとえば月に1度、まとめて店舗の銀行口座に入金されます。購入のタイミングで移転するのはポイントであり、これを管理するシステムの中で受け手のポイント残高に移る、もしくは受け手の債権に転換されるわけです。

 同様に、あるユーザーから別のユーザーにポイントを使って送金した場合、受け手が現金として引き出す、あるいは預金口座に引き出したりしない限り、預金口座にあるお金は動かずに、バーチャルなアカウントの中の「トークン」だけが付け替えられます。

 これは、原理的には預金口座を使った同一銀行内でのクリアリングサービス、いわゆる「振替」と同じです。

譲渡可能な債権はマネーになりうる

 こうした仕組みと似たものは大昔から存在していました。最近読んだ『21世紀の貨幣論』という書籍に、ヤップ島でのマネーシステムに関する記述がありました。ヤップ島の石貨、巨大な石のお金は、日常的な支払いには使われません。

 では、日々の決済をどうしていたのか。たとえば、農作物を相手方に渡した際、対価となるマネーや別の財をもらうことはせず、モノやサービスの受け渡しに伴って発生した債権債務の関係を記録していたそうです。

 紙はなかったようなので、木に刻むとか、石に印をつけるとか、紐で結び目を作るといった何らかの記録法を取っていた、あるいは互いの記憶に頼っていたのかもしれません。その詳細は書籍には示されていませんでしたが、平たく言うと、貸し借りを記録・記憶していたわけです。

 こうした債権債務の管理システムが存在すると、新たな債務を過去の債権と相殺したり、あるいは自分が所有する債権を誰かに譲渡することも可能になります。将来の購買に備えて債権を保有しておくこともできます。

 このお話のポイントは、「譲渡可能な債権はマネーになりうる」という点と、このシステムが機能するには「制度への信認(トラスト)が広く形成されていなければならない」という点です。

 そう考えると、現金や預金債権、あるいはネオ・マネーも含めて、マネーの本質というのは何も変わっておらず、変わったのはシステムを実装する技術の進歩だと考えることができそうです。この技術進歩が、より便利で効率的なマネーを産み出しているのだと思います。

 そうした観点から、ネオ・マネー、とりわけプリペイド型のネオ・マネーをみると、バーチャルなトークンを発行・管理するシステムを構築することで、伝統的な決済インフラを利用する頻度を下げて、即時性を高めたり決済コストを低減させたりする仕組みだとみなすことができそうです。


通貨が持つ「価値を測る」機能を実現する難しさ

 2つ目の変化は、既存の法定通貨とは別のUnit of account、価値を測る単位を作ってしまおうという動きです。これは、マネーの根源的な機能であり、まったく異なるマネーを新しく創り出すことになります。

 ビットコインをはじめとする仮想通貨はそれに相当するのですが、ビットコインは台帳記録の正当性を確保するシステムは持っていても、価値の安定をもたらすような仕組みは有していません。

 マイニングにかかったコストが価値を裏打ちするという議論を見かけたことがありますが、価値は投入コストでは担保されません。

 ちなみに、預金というマネーでは、その発行者である民間銀行が規制監督されており、また、預金保険や金融システムの安定を図るさまざまな仕組みを整えることで、マネーのトラストを確保しています。

 不換紙幣である現金は、一対一対応する裏付け資産を持ちませんが、国家の通貨政策がサステナブルに運用されているというトラストによって、価値の安定化が図られ、Unit of accountの機能を獲得しています。

 それに失敗した国家がハイパーインフレーションに苦しむという事例は、歴史的にも現在も存在しています。通貨価値に関する信認を得るのは、慎重に設計された制度やシステム、そのもとでの関係者の多大な尽力を要します。

 ビットコインほか多くの仮想通貨は、法定通貨(あるいは財サービスの価値)に対する相対価値の変動が非常に大きく、価値の安定的な保存が困難で、それゆえ価値単位として使い勝手が悪く、決済手段としても普及しない状態にあります。

 こうした事情などがあって、仮想通貨という名前から暗号資産という呼ばれ方をするようになりました。通貨ではないとみなされたわけです。

 その一方で、発行に際して法定通貨に基づく裏付け資産を保有するといった工夫により、価値の安定化を図ったステーブルコインが登場してきました。

 先に述べたネオ・マネーは、法定通貨との互換性・等価性といった仕組みを整えることによって、法定通貨を単位として使っています。たとえば、1ポイントを1円に相当させて、その等価性を保証する何らかの仕組みが整えられています。

 もちろん、使用場面や対象に制限があるため、現金とまったく同じではなく、ニア・マネー、つまりマネーらしさ(マネーネス)が現金に相当近づいてきているが、同一ではないという限界はあります。

 要は、ニア・マネー、疑似マネーとしてのネオ・マネーは、マネーの3大機能のうち、交換手段、価値保蔵手段としての便利さを現金や預金マネーに近づける、場合によってはもっと便利にするということはできても、Unit of accountの機能は、法定通貨をベースとするマネーシステムに間借りしているわけです。

 この点は、法定通貨に基づく担保などを活用して価値の安定化を図っている典型的なステーブルコインにおいても同じです。

 ただし、新しいマネーやそれを支えるシステムが、広範に利用され、安全かつ安定的に機能し、社会・経済・金融システムの安定や健全性も阻害しないような仕組みを作るのは容易ではありません。その難しさがどのようなものかは、Facebookが提案したリブラを巡って噴出しているさまざまな論点をみればわかると思います。

【次ページ】一部国で進む決済インフラ構造の再検討
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