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- 2021/07/19 掲載
「分散型ID」はなぜ必要か? マイナンバーで安全性とプライバシーを両立する
連載:野口悠紀雄のデジタルイノベーションの本質
現在の銀行口座管理は不完全
2020年8月、「ドコモ口座事件」と呼ばれる資金流出事件が起きた。この事件に関しては、ドコモ口座の開設手続きが甘すぎたことが批判された。たしかに、それは問題だ。
だが、銀行口座から不正に引き出せたことも大きな問題だと思う。
この事件では、犯人は、まずフィッシング詐欺でパスワードを入手した。次に、このパスワードを固定して口座番号の総あたり攻撃をすることによって、正しい組み合わせを見いだしたと考えられる(これは、「リバースブルートフォース攻撃」と呼ばれるものだ)。
現在のようなIDとパスワードの組み合わせによる口座管理は、この方法で破られることが分かった。それに対応するため、ワンタイムパスワードなどが導入されているが、イタチゴッコになる可能性が強い。
北欧諸国では安全で使いやすい仕組み
北欧諸国では、IDとパスワードの組みあわせよりは進んだ仕組みが導入されている。スウェーデンの仕組みは、個人識別番号(PIN:日本の「マイナンバー」に相当する)と、BankID(日本の「マイナンバーカード」に相当する)を組み合わせたものだ。
PINは、国税庁が全市民に付番する。個人の本人確認やさまざまな情報の管理に使われている。BankIDは、PINと氏名、電子証明書(認証用・署名用)を統合したものだ。
BankIDは、パスポート、運転免許証などに匹敵する電子身分証明書だ。2005年に、インターネットバンキングにアクセスする際の共通のデジタルIDとしての利用が開始された。2012年にはモバイルP2P決済サービス「スウィッシュ(Swish)」の認証手段にBankIDが使われ、一気に利用が広がった。
送金したい相手の携帯電話番号を入力し、BankIDで本人認証することによって、瞬時に相手方の銀行口座に送金できる。
なお、デンマークにも似た仕組みがある。
電子署名と電子認証による口座管理
上記のシステムは、電子署名と電子認証を用いるものだ。このうち「電子署名」は、公開鍵暗号技術の応用の1つと言える。個人Aは、ペアになった公開鍵と秘密鍵を持つ。公開鍵は公開され、誰でも知ることができる。Bが、A名義の暗号メッセージをAの公開鍵を用いて解読できれば、そのメッセージはAの秘密鍵で暗号化されたものであることが分る。したがって、Aが送ったメッセージだと確認できる。
問題は、「Aの公開鍵」の所有者が、本当にAかどうかの証明だ。このため、Aが自分の公開鍵を、信頼できる機関に預け、その機関が証明を与える。これを「電子認証」という。電子認証を行う機関を「認証機関(認証局)」という。
日本でマイナンバーカードを銀行口座管理に使えるか?
電子署名と電子認証を行うシステムとして、日本にはマイナンバーカードがある。現在の仕組みに変えて、北欧諸国と同じように、銀行ログインはマイナンバーカードだけで行なう方式にすることが、技術的には可能だ(なお、日本でも、口座開設の際にマイナンバーカードで本人確認を行うことは、今でも可能)。日本では、マイナンバーをすべての銀行口座に紐づけすることはできない。なぜなら、マイナンバーの利用範囲は社会保障、税、災害対策に限定されているからだ。
もちろん、法律を改定すれば、マイナンバーの利用範囲を広げることができるが、それに対しては、強い反対があるだろう。そうすると、銀行の口座はマイナンバーに紐付けられることになり、税務調査が容易になるからだ。
税務署は、現在でも職権によって口座の内容を調べることができる。ただし、「どの口座を調べるか」という問題がある。ところが、銀行口座がマイナンバーに紐付けられていれば、名寄せができる。だから、どの口座を調べたらよいかが分かる。
なお同じことは、すべての銀行口座についてマイナンバーの紐付けを義務付ければ生じる。その提案はなされているが、反対が強いため、現在では任意だ。
【次ページ】国民コントロールの手段に用いられる危険
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