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米フィンテック大手のペイパルが、2022年後半以降のリリースを予告していたデジタルウォレット「スーパーアプリ」を、大幅に前倒しの上で、9月に世に送り出した。従来の決済・送金・暗号資産の取引に加え、預金口座という銀行機能を持たせたのが特徴だ。なぜ、ペイパルはこのタイミングでスーパーアプリのリリースを早めたのだろうか。背景には、競合グーグルにおける「お家騒動」という敵失のチャンスに加え、スクエアなどライバルフィンテックとの競争の激化が見え隠れしている。
ともかく「出し急いだ」印象のペイパル
ペイパルの「スーパーアプリ」は、個人間送金・決済・暗号資産デジタルウォレットなど従来のペイパルアプリが実装していた機能に加え、銀行普通口座、給与の自動口座振り込みや各種料金の自動引き落とし、さらに提携先の小売やサービス企業から優待を受けられるショッピングツールを新たに提供するものだ。つまり、既存のペイパルアプリに銀行機能とショッピング機能を持たせたものである。
普通口座は、ペイパル自身が提供するのではなく、金融機関のSynchrony Bankとの提携により年利率0.40%と、米国平均の0.06%と比較して有利な利息がつく。ただし、デジタルバンキング競合のChimeやMarcusの0.50%よりは低い。いずれにせよ、従来の送金や決済に、預金や料金引き落とし機能が加わったことで、およそ考えられる主要なフィンテック機能がひとつのアプリに集約されたことになり、類似のアプリを持たないライバル企業に大きな差をつけたことになる。
一方で、今回実現したスーパーアプリは、ペイパルがこれまでの「決済の裏方」から「決済の中心」へと飛躍するための決定的役割を果たす、ターニングポイント的な位置付けであり、すべてを刷新するフレッシュなイメージでリリースされると筆者は考えていた。事実、同社の発表資料にはスーパーアプリの新たなインターフェイスの写真も掲載されている。
しかし、9月21日付で発表されたロールアウトにもかかわらず、手許のiPhoneにインストールしたペイパルアプリではその後のアップデートを経ても、公表されたような新たなインターフェイスは採用されておらず、発表が先走りしているように見える。
ペイパルアプリは、いずれインターフェイスが刷新され、名実ともに充実した完成形に移行すると筆者は予想している。だが、なぜペイパルはこのタイミングで、未完成なロールアウトもいとわず、来年後半の当初予定を大幅に前倒しにしてまでスーパーアプリを世に送り出すことにこだわったのだろうか。そこには、最大のライバルであるグーグルの「敵失」に乗じて、リードを確保する狙いがありそうだ。
グーグルのスーパーアプリ構想「Plex」とその挫折
ペイパルのスーパーアプリにおける主要なライバルはグーグルとスクエアである。その内、グーグルは大手シティグループやスタンフォード大学連邦信用組合(SFCU)など11行と提携し、2021年4~6月期にスーパーアプリをリリースすると、昨年末に発表していた。
このスーパーアプリはPlexと名付けられ、普通・当座預金の口座開設、デビットカードの発行、Google Pay決済、個人間の送金、利用データ分析に基づくサービス・商品提案、人工知能(AI)予算ツールの提供、利用ポイント加算などが単一アプリで利用できる予定であった。個人間(P2P)の送金機能のGoogle Walletが統合されるほか、「食事の注文」「ガソリン給油」のボタンが設けられ、それぞれ10万軒のレストランや3万のガソリンスタンドで注文・給油と支払いがPlex上で完結するとの触れ込みであった。
そして、Plex特有の機能として、付属の家計管理のパーソナル・ファイナンシャル・マネジメント(PFM)機能を利用することで、スマホで撮影した領収書やGmailアカウントに送られたレシートが自動的に読み込まれ、カテゴリー別に家計簿にまとめられることになっていた。グーグルは、Plexでペイパルに先行し、新しいカタチのBanking as a Service(BaaS)、すなわち「サービスとしての銀行」を提供すると見られていた。
ところが、Plexは予定の4~6月期にリリースされず、10月になって計画の中断が発表された。
【次ページ】グーグル銀行はなぜ挫折した?「お家騒動」の顛末