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日本政府は2021年6月18日、「グリーン成長戦略」を策定した。同戦略は、2020年10月に菅内閣総理大臣が宣言した「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けた産業政策に位置づけられる。その取り組みの1つとして、環境省と経済産業省が連携して、二酸化炭素(CO2)の排出を減らすための「カーボンプライシング(CP)」の本格的な制度設計の検討を進めている。今回は、グリーン成長戦略の内容を踏まえて、カーボンプライシングの概要を解説する。
「カーボンプライシング(CP)」とは何か?
カーボンプライシングとは、排出されるCO2(二酸化炭素:カーボン)に価格付け(プライシング)を行い、CO2を排出した企業などにお金を負担してもらう温暖化対策の仕組みだ。
世界銀行が2021年5月25日に取りまとめた「世界のカーボンプライシングの実施状況」の報告書によると、2021年4月現在、カーボンプライシングを導入している国・地域は合計で64に上っている。
それらの国・地域は、過去10年で3倍以上に増加しており、カーボンプライスによって全世界の温室効果ガスの21.5%がカバーされているという。
「カーボンプライシング(CP)」導入の工程とは
政府では、カーボンプライシングによる市場メカニズムを用いる経済的手法は、産業の競争力強化やイノベーション、投資促進につながる成長戦略の1つとして捉えている。2021年6月に公表した成長戦略で示したカーボンプライシングに関する工程表は、以下の通りだ。
また、2021年秋頃までに「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)ガイダンス」の業種追加や事例拡充を実施し、「グリーン投資ガイダンスにトランジション・ファイナンス」を盛り込んでシナリオ分析の高度化を図る。
さらに、2021年開催予定の次のTCFDサミットや「第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)」において世界に向けた発信することを予定している。
国内の「カーボンプライシング4類型」とは
カーボンプライシングの具体的な要素としては、国内では以下の4種に分類される。
- 炭素税
- 国内排出量取引
- クレジット取引
- 炭素国境調整措置
(1)炭素税
炭素税は、燃料や電気の利用などのCO2を排出した企業などに対して、その排出量に比例した課税を行い、炭素に価格をつける仕組みだ。炭素税では、輸入段階など上流から課税でき、最適な資源配分が可能だ。また、価格が一律に定まるため、事業活動への影響などについて予見可能性が高いといった利点もある。さらに税収によって安定的な財源確保にもつながる。
一方、CO2の排出量のコントロールができないため、どこまでCO2の排出量の削減につながるかは不透明な部分もある。また、国内のエネルギーコストはすでに高いため、炭素税の負担が国際競争力の低下につながる恐れもある。
国内では、2012年に「地球温暖化対策のための税(温対税)」の名称で導入されている。石炭や石油など化石燃料の消費量に応じて課税している。環境省の「カーボンプライシングに関する小委員会」が5月7日に示した、2019年度の温対税に温暖化ガス排出削減効果の試算結果によると、CO2排出量1トン当たり289円がかかるという。税収は年間二千数百億円程度で、再生可能エネルギーの導入支援や省エネ対策などに使われている。
日本の温対税の税率は、欧州各国と比べても低い。炭素税の制度設計では、温帯税の税率を高めるのか、炭素税として新しく税制度を設けるかという検討課題がある。
(2)排出量取引
排出量取引では、政府が企業ごとにあらかじめCO2の排出量の上限(キャップ)を設定し、制度対象となる排出主体が、必要に応じて市場で排出権を取引する制度だ。排出権を市場の中で融通するため、効率的な排出権の再分配が可能となり、CO2排出の抑制につながる取り組みとして注目度が高い。
同制度では、企業が排出上限を超過した場合に罰則を科す。また、達成した企業にお金を払って枠を買い取らせたりするといったように、超過する企業と下回る企業との間で排出量を売買する。炭素の価格は、排出量の需要と供給によって決まる。
排出枠取引は、炭素税よりも複雑な仕組みを取る。企業がCO2の削減に積極的に取り組めば、排出権を売ることで利益を出すことも可能だ。それぞれの排出主体は、自身の排出削減コストに応じて、
- (1)自身で排出削減を行う
- (2)余剰排出枠を保有する他の制度対象者から排出枠を購入する
- (3)制度によっては、オフセットクレジットを活用する
などの対応を選択できる。
欧州では、すでに排出量取引は実施されている、。発電や石油精製、製鉄などを中心に、上限を超過した場合は1トン当たり100ユーロの罰金を科すことで、排出抑制に一定の成果を上げている。また、日本国内でも東京都や埼玉県などの一部の地域で導入されている。
一方、排出量取引にもデメリットが考えられる。排出量の需要と供給によって排出権の価格が変動するため、ビジネスの収益性の予見をすることが難しい。主導する政府の立場では運用・制度設計が複雑となるため、行政の執行コストが高くつく可能性もある。
また、企業ごとの排出枠の上限を公平に設定することも難しい。韓国では排出量割当を巡り、40件以上の国への訴訟が発生している。排出量の多い業界への負荷による懸念も指摘されているのだ。
(3)クレジット取引
クレジット取引は、CO2削減価値を証書化し、炭素削減価値を取引する形態を取る。政府は「非化石証書取引」「Jクレジット(二国間クレジット制度)」などを運用している。また、民間セクターでもクレジット取引を実施中だ。
国際的には、民間主導でのクレジット売買市場の拡大の動きが加速している。日本でもクレジット取引に対する企業ニーズが高まりつつある。こういった状況を踏まえ、政府は「クレジット取引に係る制度」を見直し、市場ベースでのカーボンプライシングの促進を支援する。
たとえば、非化石証書取引では、FIT制度の適応有無、需要家のニーズ、市場取引運営などの観点で、「FIT証明書」「非FIT非化石証書(再エネ指定あり)」「非FIT非化石証書(再エネ指定なし)」の3つの種類で証書取引市場を実施している。
FIT制度とは、一般家庭や事業者が再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が買い取ることを国が約束する再生可能エネルギーの「固定価格買取制度(Feed-in Tariff)」を指す。
J-クレジットとは、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理などによる温室効果ガスの排出削減・吸収量をクレジットとして認証する制度だ。中小企業などの省エネ・低炭素投資などを促進し、クレジットの活用によって国内の資金循環を生み出すことで、経済と環境の好循環を促すことが期待されている。
(4)炭素国境調整措置
炭素国境調整措置とは、環境対策が十分ではなく、CO2の価格が低い国で作られた製品を輸入する際に、CO2の価格差を事業者に負担してもらう仕組みだ。多排出産業を中心に、温暖化対策に消極的な国との貿易における国際的な競争上の公平性を図る狙いがある。これにより、CO2の価格が想定的に低い他国への生産拠点の流出の抑制や、取り組みが遅れている国に温暖化対策を促す効果が期待されている。
すでに欧州での検討が進んでおり、日本でも検討が始められている。欧州で2023年までに導入する方針で、米国でもバイデン政権が公約の一つとして掲げている。
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