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物価上昇の勢いが4月からさらに増している中でも、日本はいまだに賃金の上がる気配が見えない。そもそも日本の賃金は1990年代からほとんど上がっていないのだ。この原因として「バブルの崩壊」という考え方があるが、本当にそうなのだろうか。これについて分析してみると、製造業と非製造業でその原因が大きく異なっていることが分かった。
「バブル崩壊」が本当に原因なのか?
日本の賃金は、1990年代の中ごろまでは順調に伸びていた。
財務総合政策研究所が行った法人企業統計調査の従業員1人あたり平均賃金(年収)を見ると、1960年度に24万円であったものが、高度経済成長の期間に目覚ましく上昇し、1980年度には263万円になった。そして、1997年度には449万円にまで伸長した。
しかし、そこで天井にぶつかり、それ以降はほとんど横ばいで現在に至っている。2020年度では467万円だ。
このこと自体はよく知られている。ただ、こうした現象がなぜ生じたかについての理由は、必ずしも明らかにされていない。
しばしば言われるのは、バブルの崩壊が原因だ、という考えだ。たしかにバブル崩壊が始まったのは、株価については1990年であり、地価については1991年なので、賃金の停滞が始まったのとほぼ同じころだ。
しかし、バブルの崩壊と賃金がどのように関連しているのかについての、説得的な説明はない。
以下ではこの問題についての分析を行う。なお、この分析では、法人企業統計調査のデータ(金融機関を除く)を用いる。この対象は法人だけなので、賃金関連統計などとは、計数が異なる。ただし、日本経済の最も重要な部分をカバーしている。
賃金の増減に関わる「付加価値」とは
分析で重要な役割を果たすのは、「付加価値」という概念だ。これは、売上高から原価を引いたもので、会計学では「粗利益」と呼ばれている。
付加価値は、賃金・報酬と企業の利益などに分配される。分配率(付加価値に占める賃金・報酬の比率)は、原理的には生産関数のパラメータによって決まり、ほぼ一定だ。実際のデータでも、そのことが確かめられる。
したがって、従業員1人あたりの付加価値が増えれば賃金が上昇し、それが増えなければ賃金が上昇しないということになる。
従業員1人あたりの付加価値は、従業員1人あたりの売上高と、売上高に占める付加価値の比率の積で表すことができる。
製造業と非製造業を比較、大きな違いは「従業員数」
しかしこうした状況は製造業と非製造業とでかなり違うので、これらを区別することが必要だ。
まず製造業は、従業員数が1993年度まで増加を続けた。1960年度に743万人であったものが、1980年度には1121万人となり、1994年度には1281万人となった(図表1)。
しかし、そこがピークで、1994年度以降は、2020年度の874万人にいたるまで減少を続けている。
1993~1994年ごろは、「就職氷河期の始まり」と言われた時期である。日本企業はそれまで新規採用を増やし続けてきたのが、このころ、急激な新規採用の絞り込みを始めたのだ。
これは、1990年代に、中国工業化によって日本の製造業が深刻な打撃を受けたことの影響だ。それに対処するため、バブル崩壊をきっかけとして、日本の製造業は「人減らし」政策に転換し始めたのである。
ところが、非製造業の動きは、極めて対照的だ。ほぼ全期間を通じて雇用を増やし続けているのである。
その結果、1960年代では製造業より少なかった非製造業の従業員数は、2020年度で製造業の3.5倍となっている。
非製造業がこのように雇用を増やしたため、製造業の人減らしにもかかわらず、失業率の上昇を抑えることができた。ただし、増加した雇用のかなりは、非正規だったと考えられる。
【次ページ】まとめ:賃金が上がらない「決定的な原因」は何か