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- 2021/09/02 掲載
JDD代表 河合 祐子氏が語る「DX慎重論」、なぜ“流行語”では本質をつかめないのか
コロナ禍で「変化対応」の差が浮き彫りに
──Japan Digital Design(以下、JDD)は、三菱UFJフィナンシャル・グループが、新しい金融体験、新しい金融サービスを提供するために立ち上げた組織をスピンオフさせた企業ですが、その代表のお立場で、コロナ禍での銀行ビジネスの現状についてどう見ておられますか。河合 祐子氏(以下、河合氏):銀行が置かれている環境は、コロナ禍だからといって今さら大きく変わったわけではありません。緩やかな環境変化が10~20年程度かけて起こっているというのが実情です。たとえば日本では人口減少社会に突入していますが、銀行はサービス業なのでお客さまの数が減れば当然苦しくなります。もう1つ、低金利というのも、コロナ禍が発生する前からのことです。
そのようなさまざまな環境変化があり、対応しなくてはならないことは銀行業界の人ならみんな分かっていることです。実際に対応も始まっており、その中の1つがデジタル化だということです。デジタル化が変化のすべてではなく、ワン・オブ・ゼムなのです。
そういう認識であったところへ、コロナ禍がやってきて、「オンライン化」をお客さまに受け入れていただきやすくなりました。現在は、「デジタル化の方針を採っていた組織は動きを加速することができたし、そうでなかったところは慌てている」という状態ではないかと考えます。
──あえて、コロナ禍で変わった点や、課題が浮き出てきた点あるとすればどんなことですか?
河合氏:「対面がしにくくなった」ということに尽きます。それはほかのサービス産業と同じではないでしょうか。金融サービスについて考えると、個人のお客さまと法人のお客さまで対面の位置付けが違いますので分けて考えています。
まず個人のお客さまからお話をすると、「困る場面は少なかった」ということが多いようです。唯一変わったのがATMの利用率だと思います。「現金を引き出しに行かなければいけない」「現金を手渡さなければいけない」「受け取らなければいけない」といった行動に対しての感度は変化しており、オンライン決済が増える。代替手段がクレジットカードなのか、ネット振り込みなのか、QR決済なのかの精査は必要ですが、明らかに個人のお客さまの行動は変わったと思います。
対面がより重要な意味を持っていたのは、法人のお客さまだと思います。法人に向けては、大きな融資のお話であれ、M&Aであれ、いろいろな場面で対面が常にありました。これがコロナ禍でできなくなった。
コロナ前にも、個人のお客さまは支店に来られる頻度が減ったという観測がありました。加えて法人のお客さまもオンラインに移行するとなると、支店のあり方を見直す余地があるのではないかと考えるのも自然な発想だと思います。
法人顧客向けのサービス提供の変化は、組織によって違うように感じますが、単純な例でいうと、オンラインで講演会(ウェビナー)をしたり、Web上でビジネスマッチング商談会を開いたりといった「オンラインミーティング」が増えました。
お客さまの需要を把握するという観点からオンラインが対面と違うのは、その場でデータが取れる点です。Webビジネスマッチングに集客すれば、マッチングデータが全部残ります。どのようなお客さまがどのブースに興味を持ったか、そのお客さまがそこで何秒話していたかといったことが、すべてデータとして取得できます。
そのようにして収集したデータについて、「お客さまのために生かそうとさらに一歩進んで考える」「これまでにお客さまからいただいていたデータ情報と合わせいく」といった具合に、データを顧客起点の体験設計に生かす手を考える展開は多かれ少なかれどこの銀行でも起きていると思いますし、我々のグループ会社である三菱UFJ銀行でも熱心に取り組んでいます。
ある意味当たり前ですが、 銀行でも顧客関係管理(CRM)要素の重要性が増すということです。今までも考えておくべきことでしたが、オンライン活動が増えれば新しいデータが取得できるようになるので、さらに話は進めやすくなります。
フィンテックが「新しくない」 ワケ
──個人のお客様の行動や法人営業のデジタル化など「大きく変わった」点について言及いただきました。河合氏:このインタビューでも何度か出てきていますが、私は「変わった」という言葉の使い方に注意した方がいいと考えています。デジタルに関してはコロナ禍でがらっと変わったわけではなく、「ちゃんと考えていたところが加速した」だけではないでしょうか。
私は、「変わった」という表現は誤解を生むと思うので、「何が変わりましたか?」と聞かれるのが苦手です。唐突に何かが新しく生まれてきたのではなく「考えていたところは考えていたし、取り組んでいたところは取り組んでいた」──。コロナ禍はそれを加速させるきっかけを作っただけです。
私が日本銀行のFinTechセンター長だった2017~2018年ごろは、フィンテックという言葉が、非常に流行していました。あるとき、私が人生のメンターだと思っている人が「河合さん、フィンテックって何が新しい? 銀行ってずっとテクノロジー使っているから。言葉の使い方がおかしくない?」と言ったのです。確かにその通りだなと。
フィンテックという言葉が出てきて「何かが変わったという気がしているだけである点」と「実際に変わった点」はきちんと見極めねばなりません。テクノロジーのかたまりであるATMは1950年代からあり、国際送金を行うためのプラットフォームを提供しているSWIFTも40年以上の歴史があります。
今は、流行り言葉がフィンテックからDX(デジタルトランスフォーメーション)に変わっただけではないでしょうか。「変わった、変わった」というと、自分も何かを変えなくてはいけない、と変化を目的にする人が出てきてしまう。物事の本質はもっと違うところにあって、人口減や、低金利、低成長率といった変化に対応するときの施策が、たまたまフィンテックという名前だったり、DXという名前だったりするだけの話です。
──実際にはGAFAのようなメガプラットフォーマーの出現があって、これまでのビジネスモデルが脅かされているという現実はあり、銀行も変わらなければいけないという認識は存在するようですが、銀行や金融業界にはどんなDXが必要でしょうか。
河合氏:私は、「DXという言葉は必要ではない」と思っています。正確に表現するなら、DXそのものを目的にすることは間違いだということです。銀行は自分のビジネスモデルをどうしたいのかということを考えるべきであって、DXそのものを目的に置く銀行は失敗する、と考えています。
アマゾン(Amazon)はシステムを作ることが目的だったのではなく、お客さま1人ひとりが望むものを非常に速いスピードで届けることが価値なのです。今、金融機関ができていないことで、GAFAのファイナンス機能ができていることは何で、なぜそれはお客さまに受け入れられているのか。そのような点を考えることから始めてみてはいかがでしょうか。
“キーワード”は、使いたい人は使えばいいでしょう。しかし、会社の経営者がそれに頼ってはいけないのではないでしょうか。お客さまにどういうサービスを提供したいか、日本の金融ペインポイント(顧客需要)はどこにあるかを考えた結果が「DX」「スーパーアプリ」かもしれないし、そうではないかもしれません。
──課題から考えるという意味だと、日本の金融環境の課題1つに、都市と地方で環境の差が大きいことがあるのではないでしょうか。メガバンクの支店数や、キャッシュレス決済の利用できる場所の多さなどのことです。年配者の決済もデジタルデバイドが存在していると感じています。金融機関にしてみると収集できるデータが限られてしまうのではないでしょうか。
河合氏:それ(年配者のデジタルデバイド)があったとしても、データが取得できないというのは金融機関や銀行の理屈であって、利用者としてはどうでもいいでしょう。ペインポイントを考えるなら利用者側の視点で考えなければダメだと思います。
2014~2015年ごろに米国でフィンテックが話題に上ったのは、まさに利用者側のペインポイントが大きかったからです。大手金融機関が提供する金融商品は、しっかり利用者の方を向いていない。特に、サブプライム/リーマン・ショック後は、がさっとお金を回収してしまったので、それで苦労した利用者がたくさんいました。そういう人たちのペインを解消するためにフィンテックが入ってきた。ですから、利用者の側から考えないとトレンドをつかめないです。
──たとえば「両親が年をとったので、もしものとき、金融機関の本人確認でものすごく困りそうだ」とか、「人間関係を円滑にするために保険に入りすぎている」といった点でしょうか。
河合氏:それこそがペインポイントです。本人認証の問題、これも口座を開設するとき、口座を維持しているとき、口座をクローズするとき、いろいろなパターンがあって、こういうペインポイントが出てくれば、技術でサポートできる点はあります。
ペインポイントを特定して初めてデジタルという言葉が出てきます。「今は画像認識の技術がこれだけ出てきているので、それが本人認証に使えます」「指紋認証もあります」といったことです。まずペインポイントが明らかにして、どうやって設計するかを検討する。そのような「発想の順番」が必要です。
【次ページ】年長者だって本気になれば伸びる デジタルデバイドは思いこみ
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